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第183話 境界線を超える予感 -6-

再び白翁殿に呼ばれて行ってみると、影渡かげわたりの目撃情報が数件上がっているという報告だった。


「夜明け前に滝に続く山道で見かけた」や「川辺で空間に何か渦のようなものを作る仕草を見た」といった曖昧なものも含まれていたが、一つ気になるのは、そのどれもが「水辺」に近い場所で起きているという点だった。


状況と場所を聞き取りながら、手帳にそれを書き入れていく。これらの場所には後で立ち寄ってみるつもりだ。本当に影渡かげわたりがいたのかは、残された妖力を感じて判断するしかない。

影渡かげわたりが複数回姿を現した場所から、何か共通点というか調査の進め方がわかるかもしれないと地図を広げて見てみたものの、水辺の近くでの目撃情報が多いこと以外、有用な手掛かりは浮かんでこなかった。


幸い、六条が関係しているという話は出なかったので、こちらからも特に進言はしていない。


影渡かげわたりがなぜ姿を隠しているのか、さっぱり見当もつきません。」


正直にそう言った俺に、白翁殿も同じように眉をひそめてなにやら少し唸った後で、


影渡かげわたりが我らから姿を隠して単独で何かしらやっているというのであれば、それは個人的なことかもしれんので、こちらとしては問題がない以上放っておいても良いとは思うが・・・」


そこまで言うと、腕を組んでまた少し唸り声を漏らす。


「これまでの200年でそのようなことはなかったでのう。嫌な予感がするのう・・・」


流石に勘がいい。

これは早急に影渡かげわたりを見つけ出す必要がある。話を聞くか、黙って調べるかはその後の話だ。


「早急に目撃情報を元に行方を追います。」


そう言った俺は、一礼して席を立とうとした。すると、白翁殿は、そんな俺を見つめながら、こんなことを聞いてきた。


「時に蒼月。見合いをしたそうじゃな。」


立ち上がりかけていた俺は、再び座り直す。

まったくこういう話は回るのが早い。誰が言ったのかは重要ではない。俺の脳裏に浮かんだ数人の内の誰かであることは確実だと思われるからだ。


「ええ・・・まあ、すでに断りましたが。」


「ほう。その理由を聞いても良いかな?」


理由などただ一つだ。


「身を固めるつもりはないからです。」


最近はたまに琴音との未来をつい想像してしまう。しかし、相手の気持ちがわからぬことには、そのような希望を強く持つのは愚かなことだ。

それでも、彼女の笑顔や頑張る姿を見るたびに、その想いがふと胸の奥で膨らむ自分には気づいている。


「そうか・・・まあ、おまえの未来だ。好きにするが良い。ただし・・・」


そこで言葉を切った白翁殿は、俺の目の奥を覗くように真っ直ぐと視線を合わせると、


「おまえがまた誰かと共に歩もうという気持ちになった時は、ぜひこの年寄りにも紹介してくれぬか。そんな日が来るのを楽しみに生きていくでの。」


そう言って、ニヤリと意味ありげに笑った。


「はは・・・そんなことがなくとも白翁殿は毎日楽しそうに見えますけどね。」


どうせ色々と気づいているのだろう。気恥ずかしさからそんな皮肉をこぼすと、俺は再び立ち上がり、一礼して白翁殿の屋敷を後にした。



屋敷の外に出ると、まだ日は落ちていない。

今から帰れば琴音の鍛錬をする時間があるかもしれない。出掛けに随分と妖術の練習を楽しみにしていた様子だったから、早く帰ったら見てやれるなとは思っていた。


番所に少しだけ顔を出し、何も問題がなければそのまま屋敷に帰ろう。そう思って、少し足早に番所へと向かったのだが・・・


広間に入ると、翔夜と誰かが抱擁していた。


(翔夜のやつ、懲りないな・・・)


最近は琴音に気がいっていたのか、このような場面に遭遇することはなかったが、以前はたまに留守番中に女子おなごと仲睦まじく過ごしていることがあった。

それゆえ、「琴音とは結局どうなってるんだ?」と思いながら、広間の入り口で翔夜が俺に気づくのを待っていた。


だが、次の瞬間、こちらに背を向けている女子おなごの着物の柄に見覚えがあることに気が付いた。


(どこかで見た・・・か?)


記憶を辿るその刹那、


(琴音・・・?)


その事実に驚いて、身体が自然と一歩後退りをし、砂が擦れる音がした。すると、その音で気が付いたのか、女子おなごと抱擁したままの翔夜が顔を上げた。

俺と目が合った翔夜は、一瞬だけ驚いたように目を見開いたものの、すぐにやや挑戦的にも見える視線で俺を見た。


その視線はまるで「渡さない」とでも言っているような強い意志を感じたし、俺は俺で、その視線をもって、そこにいる女子おなごが琴音であるという確信を持った。

無言で視線を合わせたまま数秒の後、俺はくるりと振り返り、そのまま番所を後にした。


それから・・・混乱する感情を持て余した俺は、まっすぐ屋敷には帰らず、そのまま氷華の元へと向かった。


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