第17話 耳の長い長老 -3-
長老の静かな眼差しに安心感を覚えながら、ゆっくりと話し始める。
白い狐と赤い鳥居のこと。白と紫の渦に吸い込まれてこの世界の森の中に放り出されたこと。
森の中で猫又に会い、街を目指すように言われたこと。とはいえ、道中は妖怪たちから遠巻きに見られて、街の入り口には着いたものの、その先の行き先もわからずどうしたら良いか困っていたこと。
そんな時にいたずらたぬきの椿丸くんに出会い、長老の屋敷を目指すといいというアドバイスをもらったこと。
最初は一緒に連れてきてくれるはずだったものの、途中で椿丸くんがお遣いを忘れていたことに気づきいなくなってしまったこと。
その後二又の分かれ道で選ぶ道を間違えてしまい、墓場で獣に襲われ危うく死にそうになったこと。
そして、それを蒼月さんに助けてもらい、イチノマチまで連れてきてもらい、最終的に長老の屋敷の場所を教えてもらったこと。
話しながら、改めて自分がどれだけ恐怖と不安にさらされていたかを実感する。声が震えそうになるのを必死に抑えながら、玄関口で簡単に説明した内容も含め、これまでの出来事や感じたことを一つ一つ丁寧に語る。
長老の反応を見ながら、私は少しずつ心が軽くなるのを感じた。話を聞いてもらうだけで、こんなにも気持ちが楽になるものなのかと驚く。
私が話している間、話を聞いてくれている長老の静かな頷きや微笑みが、私に安心感を与えてくれた。
途中で椿丸くんのお遣いの話になった時だけは、苦い顔をして「またあやつは・・・」と呆れたようなため息をついたけれど。
その時の長老の表情を見て、少しだけ笑いがこみ上げてくる。
彼もまた、周りの妖怪たちと同じように、日々の出来事に頭を悩ませているのだろう。そんな日常の一端を垣間見ることで、私もこの世界の一部になったような気がしてくる。
そうして長老の屋敷にたどり着いたところまでを語り終えると、
「なるほど、なるほど…」
長老は深く頷き、しばし沈思黙考した後、静かに口を開いた。
「琴音殿、あなたがこの世界に迷い込んだのは、明らかに必然なようですな。ただ、今はまだ、どうしたら良いということを伝えられる段階ではない。」
やっぱり意味があったんだ。
一体どんな意味がというのはもちろん気になるのだけれど、今はそれよりも、それに続いた長老の言葉が気になった。
「今はまだ・・・?」
思わずそう口にした私に、長老は穏やかにこう言った。
「何事にも適した時期というものがあるのですよ。まあ、すぐには人間界に帰ることは難しいであろうから、しばらくはうちの離れで生活してみてはいかがかな。」
すぐには帰れない。
改めてその事実を突きつけられて正直ショックではあるものの、身を寄せる場所がないということだけは回避できた。
長老のありがたい申し出に心が少し軽くなり、私は感謝の気持ちでいっぱいになった。
「ありがとうございます、長老様。よろしくお願いします。」
まるで師匠に頭を下げるかのように、土下座をしたまま深々と頭を下げる。
「まあまあ、顔はあげなさい。それに、長老様という呼び方はここでは誰もせんからこそばゆい。長老とそのまま呼んでくれんか?」
「はい!ありがとうございます、長老!」
確かに私の問題も一部ではあるけれど解決したな、と「俺ら、困ったことがあると、みんな長老んとこ行くからさ。」という椿丸くんの言葉を思い出す。
こうして、私はしばらくあやかしの世界でお世話になることになった。
心の中にはまだ不安が残っているけれど、同時に何かワクワクすることが起きそうな予感もしていた。
そんな私の心の内を知ってか知らずか、
「だが、この世界について少しばかり知っておいてもらわねばならないことがあるのでな・・・」
さっきまでの温和な表情から一瞬にして真剣な顔つきに変わった長老は、
「まずは離れに荷物を置き、その服装をどうにかせねばならん。」
と、持っていた杖を振る。
すると、杖からなのか空間からなのかは分からないけれど、シャラランという神社の鈴によく似た音が鳴り、
「白翁様、お呼びでございますか?」
すらりと背が高く着物がよく似合う美女が、優雅な動きで襖を開けて広間に入ってきた。




