第177話 秘密の開示 -18-
再び琴音と妖具屋に来ている。
目を輝かせてあれこれ楽しそうに見ている琴音が愛らしい。
今朝、白翁殿に昨日の幽月湖での出来事を報告しに行った際、琴音に九重の妖力について気づかれたことを話した。
結論としては、琴音には真実を伝えることとし、代わりに口外できぬよう「秘匿の契り」を交わすのが良いだろうということになった。
琴音自身に口外無用と念を押したところで、うっかり口走ったり、何者かによって術で引き出される懸念は消えない。
なので、やりすぎかもしれぬが、用心に越したことはないと、この方法を取ることにした。琴音が気づいてしまった情報は、そのくらいしてでも守らねばならないものなのだ。
琴音が移動しながら様々手にとって見ているのを視界の中に入れながら、俺は俺で琴音に必要そうなものを探している。
琴音は、守り水晶を持っている限り、防御の面では完璧と言っていい。
しかし、攻撃の術がないため、そこは弱点になる。静寂と癒しの結界で吸収した妖術を使って攻撃することは可能だが、都合よく使えるものがいつも手元にあった方が良い。
そう思って、ここに連れてきた。
腕輪、指輪、簪、そして扇子。他にもまだあるが、とりあえずこの辺りで試してみることにして、琴音のそばまで行くと、
「蒼月さん、色々あって楽しいですね〜!」
と満面の笑みを浮かべている。琴音は俺が手に持つ小物を興味深そうに眺めているが、その説明は後ですることにして、一旦店主に声をかけ、「鏡の間」へと入らせてもらう。
「わ・・・ここは、一体・・・?」
鏡の間とは、火、地、風、水などといった自然界の元素のうち、自分はどれに適性を持っているのかを調べることができる鏡のある部屋のことだ。
大抵は種族により特定の元素への適性が強かったりするのだが、中にはそうでないものもいるため、子供の頃に、この「元素の鏡」を使って適性を調べることが多い。
琴音は人間ゆえ反応しない可能性の方が高い。しかし、気づいていない潜在的な能力があるかもしれないという話を以前小鞠殿ともしていることもあって、試したいと思ったのだ。
それを簡単に説明し、琴音を鏡の前に立たせる。守り水晶や雷光石の干渉は避けたいので、首飾りや石は身から外させた。
準備ができたのを見て、鏡にかかっている布を取り去る。
琴音の全身が鏡に映り、鏡全体が白く光る。
(・・・反応した?)
それから、ぼんやりと薄い青に光った。
「蒼月さん・・・?」
琴音は助けを求めるように俺を見るが、空色は俺も経験がない。そこで、首飾りを身につけてもう一度鏡の前に立たせてみる。すると、今度は強めの空色に光った。
(空色とはいかに・・・)
ちょうどその時店主がどうだ?と顔を出したので見てもらうと、
「あれ?お嬢ちゃん、人間じゃなかったのかい?」
と不思議そうな顔をした後で、
「これは、氷と水、両方の元素の適性を持つ者に現れる色だよ。ここ百年くらいでこういう複合種が増えてるんだよね。」
と言った。
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妖具屋から真っ直ぐ帰宅した俺たちは、そのまま琴音の部屋へと向かう。
結局琴音が選んだ小物は「扇子」だった。
俺の正面で正座をして期待に満ちた顔で俺を見る琴音。早く妖術を試してみたいのだろうとは思いつつ、先にしなくてはならないことがあるため、しばしお預けだ。
「妖術について話す前に・・・昨日の話の続きをしてもよいか?」
そう切り出した俺に、琴音がハッとした顔をして姿勢を正す。それを肯定と受け取った俺は、言葉を続ける。
「すまないが、静寂と癒しの結界を張ってくれるか?」
秘密の話をする場合、静寂の結界は必須だ。琴音が神妙な顔でうなずいて、静寂と癒しの結界で俺たちを包んだのを確認する。
「まず、これから話すのは極秘事項になる。それゆえ、話す前におまえと『秘匿の契り』を交わす必要があるが・・・承諾するか?」
この契りは、術をかけた者が解くまでは、その内容に関わることを決して口外できないようになる。
その堅牢性は術をかけるものの妖力に比例する。すなわち、俺との契りを無理やり破棄するためには、最低でも俺以上の妖力を持つ者による解除でないと叶わず、かつ、契りを承諾した者(つまり、琴音)が解くことを認めないと解けない。
こうして琴音に秘匿の契りについて説明し、承諾を得た俺は、術の準備に取り掛かった。
琴音の正面に座ったまま、軽く握った右手からゆっくりと人差し指だけを立てる。
「この秘密、決して漏らしてはならぬ・・・」
指の先がぼんやりと淡く光った。その人差し指の側面を、まずは自分の唇に当てる。それから、その指をそっと琴音の唇に寄せ、反対側の側面で琴音の唇に触れる。
ほんの一瞬、琴音が目を見開いた。微かな緊張が空気を満たし、俺の指先から温かな妖力を流し込むような感覚が広がる。
「秘匿の契り。」
そのささやきと共に、淡い光が琴音の唇の上で弾ける。そして、俺の身体から伸びた淡い鎖が彼女の全身を守るように絡まり、二人の間に新たな誓約が生まれたことを告げるかのように一瞬強く光った。
「これで、契約が整った。では、九重について、話そう。」
そうして俺は、真剣な面持ちで俺を見つめ続ける琴音に、俺と九重についての秘密を語り始めた。
「二百年前、俺は大戦争で命を落としかけた巫女を救うために、封印された九重と契約を結んだ。それにより妖力が非常に強まると共に、九重と常に妖力が繋がっていることにより、この世界から出ることができなくなった。」
その言葉を聞いた琴音の瞳が揺れた。信じてくれるのだろうか・・・その一瞬の疑念が胸をよぎる。だが、琴音はその場でそっとうなずき、ただ静かに俺を見つめた。
少しの妖力であれば俺だけの妖力で済むが、ある程度大きな力となると、九重の妖力が混ざってくる。
琴音の輝夜石に九重の名前が記されたのは、そのせいだろう。
そうだ。俺は、九重と常時繋がっている。
俺は、妖力だけをみると、蒼月でもあり、九重でもあるのだ。




