第174話 秘密の開示 -15-
時報せさんのアラームで目が覚めると、瞼がとても重かった。
(・・・あれ?なんで瞼が重いんだ?)
重い瞼を開きながら、昨日のことを思い出す。
「あ!蒼月さん!」
そうして、比較的すぐに幽月湖のことを思い出して飛び起きた。
まず、なぜここにいるのか、どうやって帰ってきたのかの記憶が一切ない。
もちろん着替えずに寝ているから、着物がシワだらけだ。
帯だけは外してくれたのか、畳の上にきちんと畳んで置いてある。
(これはきっと蒼月さんが運んでくれたんだろうな・・・)
自己嫌悪に陥りながら、まずは妖具屋を出てからのことを順に思い出していく。
そうして昨日の出来事はほぼ思い出したけれど、やはり途中から記憶がないのは、幽月湖で寝落ちしてしまったからだという結論に辿り着いた。
(私は子供か・・・・!?)
多少のお酒が入っていたこともあるだろう。泣き疲れたこともあるだろう。蒼月さんが無事だったことへの安堵感もあるだろう。
だからと言って、蒼月さんにもたれかかったまま寝落ちするなど、恥ずかしさの極み!
(あああ〜・・・)
お布団の中で、自分の行いを振り返って悶絶する。
それでも朝の鍛錬は容赦なくやってくるので、まずはそれをこなし、朝餉の場で蒼月さんに会ったら、すぐにお礼と謝罪をしようと気持ちを切り替えた。
でも、まずは着替えだ・・・。
しわしわの着物を脱ぐと、その拍子に何かが畳の上に落ちた。
「ああ、巾着袋と・・・」
昨日蒼月さんから受け取ったまま、巾着に入れずに襟元に差し込んだのだろう。輝夜石がコロンと転がり落ちたのだ。
(失くさなくてよかった〜・・・)
畳の上から輝夜石を拾い、欠けたりしていないかを確かめる。その時、なんとなくの癖で石を握って目を閉じると、脳裏に浮かんでくるキャビネットの一つが光っていることに気が付いた。
(あれ?最近、静寂と癒しの結界で、何か妖術受けたっけ・・・?)
お爺さん一味の事件の後、静寂と癒しの結界を結界としての形で張ったのは昨日が久しぶりだ。
なぜ光っているのかがわからなくて、思わずその光に意識を集中してみた。
すると・・・
「え・・・?」
そこに書かれていた名前を見て、心臓がドクンと跳ねる。
「なんで・・・?」
その理由がわからなくて、鼓動がどんどん早くなる。
なぜそんなに動揺しているのかというと、そこに書かれた名前は、私が知っている名前だったからだ。
知っている名前だった・・・けれど、そこに書かれていることがあまりにも不自然で・・・もっと言えば、ありえない名前だったからだ。
(そもそも、昨日結界張っている間、誰からも攻撃なんて受けてないんだけど・・・?)
そう。この石に妖術が記録されるのは、静寂と癒しの結界で妖術を受けた時だけだ。
いや、違う・・・。
正しくは、妖術を結界で吸収した時だけだ。
「え・・・?」
自分で整理したその考えに、再び心臓が大きな音を立てた。
「そんなわけ・・・」
足がよろけて、長襦袢を引っ掛けて転びそうになる。ぺたんと畳の上に座り込み、もう一度、輝夜石を覗いて見たものの、表示されている名前は変わらない。
(どうしてこんなことが・・・?)
冷静に考えてみても、そんな理由は1つしかない。
(でも・・・なんで?)
そう。妖術が記録されたことはわかった。けれど、なぜこの名前が記されているかがさっぱりわからないのだ。
するとその時、不意に足音が部屋に近づいてきて、外から声をかけられた。
「起きているか?」
その声を聞いて、さらに鼓動が早くなる。
「はい、どうぞ・・・」
掠れた声で、そう答える。
障子の向こうから朝の柔らかな光が差し込み、室内の静けさに溶け込んでいる。そんな中、蒼月さんは障子を静かに開けたものの、すぐにギョッとした顔で目を逸らした。
「・・・っ。おい!」
そう言われて初めて、長襦袢のままでいたことを思い出した。まあ、私個人としては肌着はさらに下に着ているので、あまり気にならないのだけれど・・・
「あ・・・すいません・・・でも、お気になさらずに・・・」
素直にそう答えたものの、蒼月さんは気になるのか、私に背を向けて話を続けた。
「気にするなというのがおかしい。それはそうと・・・」
コホンと軽く咳払いをして何かを話そうとする蒼月さんに、私はどうしても確認したいことがあった。
いつもであれば、蒼月さんの話を先に聞いていたと思う。
だけど、今日だけはどうしても今聞きたい。
「すみません、蒼月さん。先に聞いてもいいですか?」
私の雰囲気に異変を感じたのだろう。背を向けていた蒼月さんが振り返り、私の目をじっと見た。
「昨日・・・蒼月さんの妖力が溢れそうになっていたのを、私の静寂と癒しの結界が吸収したのを・・・覚えてますか?」
その言葉に、蒼月さんはゆっくりとうなずいた。
「そうすると、輝夜石にその妖力や妖術の持ち主の名前とともに保管されることは・・・覚えていますか?」
その問いかけに、蒼月さんはそれがどうした?と言うようにうなずいた。
「ああ。」
その反応に、ますます私は混乱した。昨日のお礼を言うのも忘れ、謝罪をするのも忘れ、私がどうしても聞きたかったこと。
それは・・・
「輝夜石に新しく妖術・・・正確には妖力が保管されていたんです。でも・・・持ち主の名前が、ありえない名前で・・・」
それを聞いて、蒼月さんが一瞬ぴくりと反応したような気がした。だけど、私はそれに構わずに言葉を続ける。
「どうして、蒼月さんから吸収した妖力の持ち主が、『九重』って記載されているのでしょうか・・・?」
私が静かにそう問いかけると、蒼月さんの視線が一瞬揺らぐ。普段は決して見せない動揺が、その瞳に浮かんでいた。
それから、蒼月さんはわずかに息を飲んだ後、その口元が言葉を紡ごうとするかのように一瞬動く。しかし結局、何も言わないまま沈黙だけが流れた。
そんな蒼月さんの反応が、私の胸にさらなる疑念を生む。
『九重』・・・ここ数日、私たちの中で最大の関心ごととなっていたその存在。それが、まさかこんな形で私たちの目の前に現れるなんて・・・
その名前が刻まれたことが示す真実は、一体何なのだろう?
そして、その真実を知るとき、私たちの関係は、今までとは違うものに変わってしまうのだろうか・・・。
そもそも、今、私の目の前にいるこの人は、本当に蒼月さんなのだろうか・・・?
その問いが胸をかすめるたび、彼の静かな沈黙が、まるで否定の答えを暗示しているかのように思えてしまう。
沈黙の中、蒼月さんの瞳はまだ、どこか遠くを見つめるように揺れていた。
まるで、私にはまだ知り得ない過去の記憶の中に、答えを探しているかのように・・・。
静けさの中に早朝の鳥の鳴き声が響く中、『九重』という存在が、その名前だけで、これだけ私たちの心を揺さぶる存在であることだけは、よくわかった。




