第173話 秘密の開示 -14-
まただ・・・
最近、ある一定以上の妖力を使った時の制御が難しくなってきていることを自覚している。
そして、理由はなんとなくわかっている。
俺に覆い被さって泣きじゃくる琴音の頭を撫でながら、このままではいつか暴走・自爆するかもしれないなどと物騒なことを考える。
というか、自爆より暴走した場合に俺を止められる者がいるのか・・・それがいちばんの心配事だ。
問題が山積みで気が滅入る。せめて琴音には笑っていてほしいのに、泣かせているのは俺自身に他ならない。
妖力が落ち着いてきた俺は、琴音を抱えながら身を起こす。
目を真っ赤にして俺を見上げる琴音に、もう一度謝罪をすると、琴音は目をゴシゴシとこすって俺をキッと睨みつけた。
「もう!もう!もう!」
その言葉を繰り返し、げんこつで俺の胸の辺りを押し続ける。殴る、ではなく、押すなのだ。
その仕草がたまらなくかわいく思えて、俺は思わずぎゅっと琴音を抱きしめた。
「本当にすまなかった・・・」
琴音は一瞬驚いたように固まったが、すぐにその腕の中でもがいて小さく叫んだ。
「もう・・・」
その声は泣き疲れたせいか、どこか掠れている。それでも、俺を責める気持ちと安心した気持ちが混ざっているのが伝わる。
「心配かけたな。ちょっと色々あって疲れてるんだろうな・・・こんなことはそうそうないのだが・・・」
それは嘘だ。どちらかといえば最近頻度が増してきている。しかし、それを琴音に言ってどうなるのか。
これは、俺自身の問題なのだから。
俺の胸の中で静かになった琴音の髪をそっと撫でる。触れるたびに、彼女の温もりが心に染みる。
「もう・・・無茶しないでください・・・」
琴音は俺の胸に顔を埋めたまま、小さな声でそうつぶやく。
「はは、もう大丈夫だ。それより、これ以上泣かせたら、俺が情けなくなる。」
そう言って軽く笑うと、琴音は「もう」とまた小さく呟き、今度はぎゅっと俺の着物の身頃を掴んで離そうとしなかった。
「・・・じゃあ、少しだけこうしててもいいですか?」
その問いに、俺は何も言わずにうなずいた。
それ以上言葉は必要なかった。
ただ、この一瞬が心地よく感じられた。
幽幻亭は早々に結界を張ったことにより特に被害も出なかったこともあり、何事もなかったかのように営業を続けていて、優雅な笙の音が時折虫の声と絶妙な調和をもたらしながら、静かに流れている。
遠目だが、囲炉裏の火が少し揺らぎ、誰かがその前で静かに呑んでいるのが見える。もしかすると騒ぎを見ても動じなかった常連客なのだろう。
(しかし・・・先ほどのあやかしは一体なんだったのか・・・)
抱きしめた琴音の体温が俺を安心させたのか、冷静な思考が戻ってくると、先ほどのことについて疑問が多々湧いてきた。
川坊主のように見えたが、元々川坊主はあそこまで凶暴ではない。どちらかというと、今日のあの興奮状態は普通ではなかった。
あの川坊主の目はただの動物的な衝動とは違っていた。水面に反射して見えた目には、怒りにも似た感情が宿っていたように思う。誰かが意図的に刺激したのか、それとも自然のバランスが崩れたのか・・・。
邪気を全て取り払い、水の底に再び帰るように沈めたものの、殺めた訳ではないので、また何かの拍子に表面に浮かび上がってくることがあるかもしれない。
ただ、ここ何年も幽月湖に川坊主が出現したという話は聞いていない。
どこかからやってきたのか・・・それとも何かに操られて暴徒と化したのか・・・
まあ、いい、それは明日以降にしよう。
ふと胸の中の琴音をみると、琴音の呼吸が穏やかになり、疲れたのか肩が少し落ちていることに気づく。
じっとみていると、なにやらスゥスゥという寝息が聞こえてきたのを聞いて、俺は思わず笑ってしまった。
(子供か・・・?)
心の中でそんな悪態をつきながらも、同時に愛おしい気持ちが溢れてくる。
(酒も呑んでいたしな・・・さて・・・どうしようか・・・)
結界は俺の身体の下にある。琴音は眠ってしまった。
抱えて跳んだら目を覚ましてしまうだろう。
「琴音。結界・・・解けるか?」
ダメもとで囁いてみると、
「んん・・・守りの結界・・・解け・・・よ・・・」
寝言のような囁きを漏らす。すると、俺の下にあった結界は、ゆっくりと空気に馴染むように消えていった。
(すごいな・・・笑)
明日、目を覚ましたら教えてやろう。寝言で結界を解いてたぞ、と。
それを伝えた時の琴音の反応が容易に想像できて面白い。絶対に顔を真っ赤にして両手で口元を隠しながら「え!寝言!恥ずかしい!」って言うに決まっている。
琴音を抱えながら一通り想像して一人でくすくすと笑っていることに気づき、今度は俺自身が恥ずかしくなった。
コホン・・・
小さく咳払いをして気持ちを正すと、琴音をゆっくりと抱き上げて幽玄亭に戻り、街までの駕籠を呼んだ。




