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第172話 秘密の開示 -13-

蒼月さんと食事を終えてお店を出たところで、蒼月さんの昔のお知り合い夫婦から「みことさん」という人と間違えられた。

その「みことさん」が何者かわからず、蒼月さんに尋ねようとした時に、湖からものすごく大きな音と悲鳴が聞こえてきた。


(なにごと!?)


驚いて湖を振り向こうとした瞬間、蒼月さんに両肩を掴まれた。視線を上げると、蒼月さんの目は鋭く、それでも落ち着いた声で言葉を紡いだ。


「俺は様子を見てくる。おまえはここで結界を張れ。そして、俺が戻るまで絶対に結界を解くな。」


その真剣な言葉に圧倒されながらも、なにかが起こる予感が背筋を走る。すると、蒼月さんは続けて言った。


「狐の事件の可能性が捨てきれない今、誰も信用できない。戻るまで誰も中に入れるな。何があってもだ。」


その言葉に頭が真っ白になりかけたけれど、私はうなずきながら咄嗟に懐から輝夜石かぐやいしを取り出して、


「では、戻ってきたときにこれを見せてください。それで本物の蒼月さんかどうか判断します。」


そう告げると、蒼月さんの表情が一瞬変わった。しかし次の瞬間には微笑み、私から石を受け取ると、


「賢いな。」


それだけ言って蒼月さんは幽幻亭ゆうげんていに向かって駆け出して行く。


私は湖畔から少しだけ離れたところまで駆けて行き、言われた通りに結界を張り、蒼月さんは振り返り、私が結界内にいることを確認すると、お店の中へと消えて行った。




音のない世界で景色だけが動いている。

湖面が不気味に揺れ、次第に中心から何かがせり上がってきた。姿を現したのは、水草に覆われた巨大な体躯を持つあやかしだった。月明かりに照らされたその目は濁った青で、滴る水滴がまるで毒液のように湖を染めていく。


(なに・・・あれ・・・)


幽幻亭ゆうげんていにいたお客さんたちはせいぜい15組くらいだったと記憶している。

その中の数組はすでに店から散り散りに逃げ出していたが、残りはまだ中にいるはずだ。


と、その瞬間、幽幻亭ゆうげんてい全体が結界に包まれたのが見えた。


(蒼月さんが結界張ったのかな・・・)


この騒ぎで湖畔の灯りは全て消え、幽幻亭ゆうげんていの灯りも弱々しく光るのみで、月明かりのみがこの状況を照らしている。


そんな中、じっと中心を見つめていると、幽幻亭ゆうげんていから飛び出し、湖畔を遠ざかる影があった。銀髪に変わっているけれど、あれは、蒼月さんだ。

おそらく、幽幻亭ゆうげんていに被害が及ばないように結界だけ張ってその場を離れたのだろう。


蒼月さんを追って湖から這い上がろうとするあやかしに向かって、蒼月さんは一息で距離を詰め、抜刀の構えを取った。月光に照らされた刀が一閃されると、水面が波紋を立てて輝き、あやかしの一部が裂ける。


しかし、あやかしも負けじと巨大な腕を振り上げ、水柱を作り出した。それが蒼月さんを飲み込むように降りかかる寸前、蒼月さんの刀が青い光を纏い、水柱を一刀両断するのが見えた。


(すごい・・・)


その戦いぶりに息を飲む私だが、胸の奥には不安が広がる。まだあやかしは完全に倒れていない。湖の底から新たな水流が湧き上がり、あやかしの体を再び包み込もうとしていた。


その瞬間、蒼月さんが刀を地面に突き刺し、その刹那、全ての動きが止まったかのように見えた。


そして次の瞬間、あやかしの体を貫くように水柱が逆流し、完全にその姿を湖底へと引きずり込んでいった。


少しの間身動きもせずにその光景を眺めていた私の目の前で、波が穏やかに揺れるだけの湖に戻っていく。そうして、ここに到着した時のように静かな湖面に戻ったのを見計らって、蒼月さんは刀を収め、幽幻亭ゆうげんていに向かって歩き出す。


しかし、その歩みはどこか重く、肩で息をしているのが遠目からでも分かった。


(蒼月さん、いつもと違う・・・?)


気のせいかもしれないけれど、蒼月さんの周囲の空気が熱を帯びているように見える。いや、見えるだけではない。彼が通ったあとに残る空気がかすかに揺らめいている。


途中で私の方をチラリと見たけれど、その視線は少しだけ焦点が定まっていないように思えた。でも、それを確認するすべもなく、そのまま蒼月さんの姿は幽幻亭ゆうげんていの中へと消えて行った。


(大丈夫なの・・・?)


今すぐに結界を解いて蒼月さんに駆け寄りたい。だけど、約束は約束だ。

心配でたまらない気持ちを抱えたまま、私は静かに見守ることしかできなかった。




少しして、幽幻亭ゆうげんていの結界が解かれると、中の灯りも元通りの明るさを取り戻し、それからすぐに蒼月さんが出てきた。


(やっぱりなんか、おかしいな・・・)


そうは思いつつも、蒼月さんが目の前にやってきて輝夜石かぐやいしを掲げたのを見て結界を解いた。


「はぁ・・・」


私に輝夜石かぐやいしを返すと、気が抜けたのか、蒼月さんはそのまま膝をがくりと折った。


「蒼月さん、大丈夫ですか!?」


そんな蒼月さんを抱えるように抱きしめると、明らかに身体が熱を帯びているのがわかる。

触れている部分が熱い。発熱かと額に手を当ててみるも、顔が熱いわけではなさそうで困惑する。


「すまない・・・ちょっと妖力の制御に手こずっただけだ。休めば落ち着く。」


本人はそう言うけれど、明らかに呼吸は荒いし、見間違いではなく、ゆらゆらと湯気が立ち上っているのが見える。


(どうしよう。どうしたらいいの?)


図書館の禁書の間での出来事に少し似ているが、あの時よりも状況は深刻そうに見える。


(あ、そうだ!)


うまくいくかはわからないけれど、蒼月さんを抱えたまま、その横に静寂しじまと癒しの結界でベッドを作り、そこに蒼月さんを寝かせる。

すると、蒼月さんの身体からパチパチと小さな火花が放たれる。

それが良いことなのか悪いことなのか判断に迷ったけれど、次第に呼吸が落ち着いていくのを見て、多分放電のような状態なのだろうと静観することにした。




5分ほど経っただろうか。呼吸が元に戻り、髪の色も黒に戻ったのを見てホッと安堵する。


「んん・・・」


目を閉じていた蒼月さんがゆっくりと目を開けて私を見上げる。


「あ、落ち着きましたか?」


胸元や腕を触ってみても、もう熱くない。ゆらゆらと立ち上っていた湯気も見えなくなっている。


「色々聞きたいことはあるんですけど・・・・」


無事でよかった・・・そう思ったら、気の緩みからか、意図せず涙がポロリとこぼれた。

それが安堵の涙だというのは重々わかっていたけれど、こぼれた涙は止まるどころかどんどんとあふれてくる。


そうしてついには横になったままの蒼月さんの胸に覆い被さるように、


「このまま死んじゃったらどうしようって!怖かった〜!」


わんわんと声をあげて泣いてしまった。すると、蒼月さんは私の頭にポンと手を置いて、


「心配かけたな。」


とぽつりと漏らす。その声に、私はまた涙が止まらなくなった。

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