第169話 秘密の開示 -10-
ここは、市ノ街で一番大きな妖具屋だ。
基本、俺には用のない場所ゆえ、中に入るのはかなり久しぶりなのだが・・・
(こんなに混んでいただろうか・・・)
見回りで店の前を通ることはあるゆえ、通常時の状態を知っている俺としては、今日は予想外に混んでいると言わざるを得ない。
(こんなに混雑していてはゆっくり選ぶことができないな・・・)
そう思って、日を改めようと思ったが、
「わあ・・・不思議なものがたくさんありますね。中、見てもいいですか?」
店内は色とりどりの妖具で埋め尽くされていた。棚に並ぶ輝く宝玉や、独特な文様の刻まれた簪。その一つに琴音が目を留めるのを、蒼月は横目で見ていた。
他にもめずらしいものがたくさん並んでいる。琴音はそれらに目を輝かせて店の中へと入っていった。
俺はというと、本人が気にならないのであればそれはそれで良いと判断し、後ろに続いて店に入る。
「あれ?蒼月さん。めずらしいですね。」
店の主人がそう言って近づいてきたので、この混雑の理由を尋ねると、どうやら炎ノ里の若者たちが団体で市ノ街に観光に来ていて、この店に立ち寄り中だと言う。
そんな中、急に店の中が騒がしくなり、あちこちで「人間だ」と言う声が上がる。
「え・・・ちょっと!」
それと同時に店の奥で琴音の声が聞こえ、そちらに目を向けると、おそらくその団体の者たちだろう・・・琴音がすっかり囲まれている。
「おぬし、どうやってこちらに来たのだ?」
「人間の女子を見るのは久しぶりだ!」
単なる野次馬で害はなさそうだが、注目の的となっている琴音自身は見るからに慌てていて、そんな琴音と目が合うと、パクパクと口を動かしてこちらに助けを求めているのが見えた。
そこで、助け舟を出そうと人混みを掻き分けながら琴音の元へ向かっていると、一人の男が琴音に話しかけているのが見えた。
人混みの雑音がひどく、何を話しているかまでは聞こえないが、ふと琴音に目を向けると、その男を見る彼女の顔が驚きの顔に変わった。
(なんだ?)
その後も会話を続けている様子を視界に入れつつ近づいていくと、琴音は心なしか照れた様子で頬を染めている。
そして、ようやく会話が聞こえる距離まで近づくと、
「お嬢さん、かわいいねえ。そうだ!僕と一緒に炎ノ里に来ない?」
妙な違和感とともにそんな声が聞こえてきて、思わずムッとするものの、相手は狐の面を後頭部に斜めにつけており、影となって顔が見えない。
(一体どういうことだ?)
人に害をなさないように進めていた足を少し早めて彼女に近づくと、そいつが琴音に手を伸ばすのが見えた。
「おい!」
そいつが琴音を抱き抱える前に、腕を伸ばして彼女の肩を抱き寄せ、しっかりと自分の胸の中に収めると、俺は初めて相手の正面に立った。
「・・・・・」
立ったのだが・・・
相手の顔を認識して、言葉を失う。相手は相手で俺の顔をじっと見て・・・こともあろうかニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。
「・・・・・」
なんなんだ!!!
わざとなのか、偶然なのか・・・呆れと苛立ちが同時に我が身を襲い、その次に襲ってきた脱力とともに、琴音を抱きしめていた腕の力がガクンと抜けた。
「はぁ・・・」
大きくため息をつくと、胸の中に収まっていた琴音がおずおずと顔を上げて俺を見上げて目が合う。
「蒼月・・・さん?」
真っ赤な顔で俺を見る琴音を見て、現在の状況を把握した俺も思わず釣られて鼓動が早くなってきた。慌てて身体を少し離すと、コホンと軽く咳払いをして目を逸らす。
人混みの喧騒でざわつく店の中にいるのに、静寂に包まれているような気にすらなってきて、ゆっくりと琴音に視線を戻すと、琴音も外していた視線をこちらに向け、再び目が合った。
そんな状況で、どんな言葉を発したらよいかまったく思いつかなくて、
「大丈夫か?」
そんな気の利かない言葉を絞り出したのだが、琴音は琴音でコクリとうなずくだけで、一向に状況が変わらない。すると、
「なんだよ、蒼月ー。久々なのにつれないなあ。」
そんな中で言葉を発したのは、今もってなお薄ら笑いを浮かべているこの男で、その言葉を聞いて、琴音が俺を見て言った。
「蒼月さん・・・この方は・・・もしかして・・・」
小さい頃から周りにずっと言われてきたことがある。
「なんだよ、無視するなよ。お兄様との久々の再会だぞ?」
そう、この男は俺の兄だ。そして、兄の軽口を聞いた瞬間、幼い頃の記憶が頭をよぎる。
姉と兄に振り回されていた日々、そして自分がどこか二人に対して距離を感じていたあの頃。心の奥に埋もれていた感情が、今ここでまた蘇りそうになる。
「やっぱり!すごく雰囲気というか、お顔が似てるな〜と思ったんです!もう、びっくりしちゃって!」
琴音が言う通り、俺と兄は・・・小さい頃から「まるで双子のようね」と言われるくらいに似ているのだ。
見かけで違うのは、髪型と・・・兄の目の下にある泣きぼくろ。それだけだ。背格好まで似ているからか、声も似ているから手に負えない。
ただし、性格はまったく違う。こいつはどちらかというと翔夜に近い。どこか人懐っこい雰囲気をまとっており、周囲の空気を一瞬で軽くする特異な才能を持っている。
琴音もその影響を受けてか、さっきまでの緊張感が和らいでいるようだった。
気がつけば俺たちの周りには軽く人だかりができていて、それを見た兄は、周りの者たちに向かってこう言った。
「はいはい、見せ物じゃないからな。早く選ばないと時間がなくなるぞ。ほら。」
どうやらこの者たちの引率をしているのが兄らしい。兄は若者たちが散り散りになっていくのを確認すると、再び俺たちに向き直った。
「母上に仕事で市ノ街に来ていると伝書を飛ばしたら、ちょうど蒼月がここに来るって聞いてね。会えてよかった。しかも、こんなにかわいい子まで連れちゃって。おまえも相変わらず隅におけないな。」
偶然すぎて怪しいにも程があるが、どこから指摘していけばいいかわからず、沈黙を続ける。
そんな中、琴音は早々に兄と打ち明けたようで、兄に簪を刺されている。その光景を見て苛立ちが募る。
羽衣をまとわされて肩に手が触れたのを見て、さらに苛立ちが高まる。
特に腹が立つのが、兄が時折俺をチラリと見ることだ。
(確信犯だろ。)
昔からこいつは、「俺のお気に入り」にすぐに手を出す癖がある。
絶対母から何か聞いて、わざと見せつけるように振る舞っているのだ。
俺と同じような顔の俺ではない男が琴音に触れているのが非常に不愉快だ。しかも、琴音もまんざらではなさそうなのがまた気に入らない。
もういい。こんな状況ではきちんと妖具を選ぶ事などできない。
そう判断した俺は、
「今日は帰るぞ。」
そう言って琴音の手をやや強引に引くと、
「母上によろしくな。」
兄にそう告げた俺は、
「あ、おい!蒼月!」
背後で何やら叫んでいる兄には無視を決め込み、俺と兄を困った顔で交互に見ている琴音を手を繋ぐように引きながら、妖具店を後にした。




