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第167話 秘密の開示 -8-

用事を終えて屋敷に戻る道中のことだ。屋敷に近づくにつれて、なんだか嫌な予感が湧き上がってきた。


(なんだ・・・?)


そして、その予感はすぐに的中する。

屋敷に到着し門をくぐり中に入ると、庭先に見慣れた駕籠かごが停まっている。さらに、その奥には庭を散策している見慣れた男が、こちらに気づいて微笑みながら会釈をしているのが見えた。


何をしているのか男に聞く必要なはい。俺は、足早に玄関に向かうと、戸を開いた。

すると、そこには予想通り、見知った人物が立っていた。


「母上!?」


玄関先に立つ母、そしてその正面で正座して頭を下げる琴音の姿を目にした瞬間、頭が一瞬真っ白になる。

琴音が置かれたこの状況、そして母が何を目的に来たのか・・・嫌な予感が、胸の奥にわずかに影を落とした。


母は、そんな俺を気にすることもなく、俺に会いに来ただけだと微笑む。


頬に当てられた母の手にそっと手を当てると、


「先日お会いしたばかりですが?」


と嗜めるように言いながら、その手を頬から外させる。そんな俺の仕草に母はふふふと微笑みながら、


「お見合いのその後の件について、あなたが伝書に返信をくれないから、直接話をしに来たんです。」


そう言って、一瞬だけ琴音をちらりと見た母は、


「ここで話しますか?それとも場所を変えますか?」


と、何か言いたげな顔で俺を見る。


(今のは絶対わざとだろう・・・)


先日母に会った時、琴音とはそういう関係ではないとはっきり言っているのだが、おそらく様子見も兼ねて尋ねてきた、というところだろう。


「この後出かけるので、少しだけですよ。上がってください。」


ここで変に追い返すよりは、直接話したほうが良いと判断した俺は、なぜ琴音が正座をして頭を下げていたのかなどは、後で直接本人に聞くことにして、


「すぐ済むゆえ、食堂で待っていてくれ。」


琴音にそう声をかけると、俺は母と一緒に居間へと移動した。





母を居間に通すと、


「あら。なんとも不思議なおもむきですこと。」


母は、やや人間界風にアレンジされた居間の様子を興味深そうに眺めながら、おずおずとソファ(と言うのだと教わった)に腰を下ろした。

すると、そこに、小鞠殿がお茶と甘味を持って現れた。


「麗華殿、甘味はお好きじゃろう?これは、人間界ではシフォンケーキというらしい。今日初めて作ってみたのじゃが、非常に美味だったのでぜひ食べてみてほしい。」


それだけ言うと小鞠殿は部屋を出ていってしまい、残された俺たちは無言で未知の甘味へと手を伸ばした。


「まあ・・・」


添えられた先割れの黒文字で一口食べた瞬間、母は微かに瞳を見開いた。そして、ゆっくりと噛み締めるように味わい、次第にその口元に満足げな笑みが浮かべた。


「初めての食感ですわね・・・ふんわりとしていながら、後を引くこの甘み・・・なんて美味しいのでしょう。」


その言葉に、つられて俺も黒文字を運ぶ。予想以上の軽さと柔らかさに、思わず眉を上げた。母の言う通り、この甘味は絶品だ。


ちなみに、俺の甘味好きは確実にこの人譲りだ。

母も相当気に入ったのだろう。その後、俺たちは無言で甘味を食べ進み、シフォンケーキという謎の甘味は、あっという間に皿の上から消え去った。


鼻に残る微かな香りを楽しみながら茶を飲んで一息つくと、母と視線がぶつかった。そして、その目には笑みが浮かんでいる。


「美味でしたね。」


そんな俺の一言に返すように、母もうなずいて微笑みを返す。

その瞬間、なんとも懐かしい気持ちが浮かび上がってきて、子供の頃はよく母と甘味を食べたことを思い出した。


「ふふ。夢中でいただいてしまいましたわ。」


そうして、少しだけ、本当に少しだけ昔に戻ったような懐かしい気持ちに浸っている中、話を切り出したのは母の方だった。


「時に蒼月・・・見合いの件ですけれども・・・」


「お断りしてください、と伝えたはずですが?」


「あの理由では、桜小路が納得しないのですよ・・・」


そうなのだ。先日、まだ身を固めるつもりがないことを理由に断りを入れてもらったものの、先方がそれでは納得せず、付き合いの継続を求めてきているのだ。


「他に何かお断りできる理由はないのですか?たとえば、心に決めた女子おなごがいるとか・・・」


そう言って俺をじっと見る母の瞳は、何か物言いたげな、それでいて、俺の心の奥を見透かすようなもので、鼓動が早まる。


この先も一緒にいたい相手・・・もちろんすぐに琴音が浮かぶ。しかし・・・


「いえ・・・特には・・・」


これは俺の一方的な想いだ。この段階で口外するのは得策ではない。平静を装ってそう答えたものの、


「先ほどの・・・琴音殿と言いましたか?あの人間の娘とは?素直で愛らしい良い子ではないですか。」


いきなり名指しで核心をつかれて動揺しそうになる。


「ですから・・・彼女はただの弟子で・・・」


俺をじっと見つめる視線がふっと緩んだ。

稲荷評議会の会長という立場で会う時以外(まあ、ほとんどないのだが)は、表情も口調も柔らかい我が母だが、なんというか、こんな表情を見るのはいつぶりだろうか。

子供の頃によく感じたことがある、包み込むような、すべてを許すような、そんなあたたかく寛容な空気を纏った母は、


「ふふ・・・琴音殿となら、あなたもまた、幸せになれるのではないですか?」


含みのある笑い声と共に、そう言って、微笑んだ。


母がなぜそんなことを言い出すのか、会ったばかりのはずの琴音をなぜそこまで気に入ったのか、俺には見当もつかない。

琴音と作る未来、それが幸せな未来であるというのは、こちらとしては望むところだ。


しかし、母の言葉になんと返したらよいか、皆目見当もつかない俺は、頭の中で母の言葉を反芻しながら、その微笑みの意味を問いかけるように、ゆっくりと視線を落とした。

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