第165話 秘密の開示 -6-
琴音が手を洗うと言って食堂を出た後、ふと小鞠殿の視線が自分に向けられていることに気がついた。
「ふ・・・調子が戻ってきたようじゃな。」
小鞠殿のその言葉の意味がよくわからず、怪訝な顔を向けると、
「いや、分からんならよい。ふふふ。」
そう言って、湯気の立つ汁物を俺たちの前に置いていく。横では焔が「きのこ汁〜」と何やら嬉しそうに歌っている。
するとそこに琴音が戻ってきて席に着くと、小鞠殿も席に着いて朝餉の時間が始まった。
皆で手を合わせて思い思い食事を始めてすぐのことだ。
視線を感じて顔を上げると、琴音が俺を見て何やら嬉しそうな顔をしている。
「どうした?」
あまりじっと見られるのも調子が狂うが、見られている理由がわからず聞き返すと、
「いえ。やっぱりみんな揃っての朝ごはんはいつも以上に美味しく感じるな、って思って。」
そう言って、焔とうなずき合う姿がまるで子供のようで、思わず笑みがこぼれる。そんな無邪気な様子に、俺は不意に胸が温かくなるのを感じた。
「確かにそうだな。」
素直にそう答えた俺に、小鞠殿がこう続けた。
「琴音殿はここにきてまだ二月ほどじゃが、もうすっかり家族のようじゃ。食事は人数が多く賑やかな方が楽しいゆえ、わらわも嬉しい限りぞ。」
小鞠殿はこの屋敷の主と言ってもいい存在だ。その小鞠殿にも家族のようだと認められる琴音が誇らしく、俺自身、単純に嬉しい。
また、俺にとってもここはとても思い入れの深い場所だ。
今までの記憶、思い出はもちろん大事だが、これからこの屋敷で起きていくことも同じように大事にしていきたい、と思った。
そんな穏やかな空気の中で食事を進めていたが、ふと琴音に伝えることがあったのを思い出した。
「そうだ。」
そうつぶやいて顔を上げると、琴音もその言葉に釣られて顔を上げる。
「夕方の鍛錬だが、昨日で剣術は終わりにして、今日からはおまえに妖術を教えようと思う。」
琴音には妖力はないものの、守り水晶のような補佐的なアイテムがあれば使えるらしいことはわかっている。
ゆえに、妖具屋に連れて行って相性のいい道具を選ぼうと思っているのだ。
「妖術・・・ですか?」
案の定、きょとんとした顔で俺に尋ねる琴音に、
「ああ、午後一度屋敷に戻ってくるゆえ、その後妖具屋に出かけよう。」
そう言うと、琴音は一瞬にして顔を輝かせた。
「妖術の基本を学ぶことは、おまえ自身を守る力を身につけるのに有用だ。剣術同様、会得しておいて損はない。」
そう付け加えると、琴音は一層興味を示したようだった。
そんなこともあり、和やかな空気で朝餉を終え、番所に出かけようと玄関で身支度をしている。
実は、この時間は俺にとっては特別な時間だ。
身支度といっても特別なことはなく、玄関にある姿見で着物や髪の乱れなどがないかを確認し、草履を履いて出かけるだけなのだが・・・
「蒼月さん、行ってらっしゃい!」
毎朝必ずこうして声をかけてくれる琴音が、俺の癒しとなっているのだ。
思い返せば、琴音がこの屋敷に来た翌日から、基本、毎日欠かさずこうして見送りをしてくれている。
ここ数日、こちらの勝手な事情で琴音を避けていた時も、だ。
最初は突然の行動に驚いた。
けれど、それが日を追うごとに日常となり、楽しみとなり、癒しとなり・・・
今、彼女からの「行ってらっしゃい」と「お帰りなさい」は、俺の毎日に欠かせないものとなっている。
これほど短い言葉に、こんなにも力をもらう日が来るとは思わなかった。
「行ってくる。」
笑顔の琴音にそう言うと、俺は晴れやかな気分で番所へと向かった。




