第148話 芽生える変化 -6-
母は、静寂の結界が張られたことを確認すると、再びゆっくりと口を開く。
「娘は・・・封印されている九重を救出するため、と申しておった。」
封印された九重を救出する?なにを言っているのかがわからず、じっとしたまま話に耳を傾ける。
「その理由は・・・」
そうして母が語り出したのは、驚くべき内容だった。
九重は今もなお暴走時の九尾の狐の姿のまま封印されており、それだけでなく、日々妖力を増している。
そして、その力を利用して稲荷評議会を乗っ取り、かつ、あやかし界を手中に収め、さらには人間界の征服をも企む輩がいる。
それを阻止するためにも、早急に九重を救出して妖力を落ち着かせる必要がある。
しかし、そんなことができる者はあやかし界にはおらず、このままでは九重が輩どもに利用されるだけでなく、この世界までめちゃくちゃにされてしまう。
途方に暮れた娘は様々な情報をかき集め、ようやく九重を救う助けになりそうな者が人間界にいることを突き止めた。
その人間を探すために、再び人間界への使役を願い出たのだという。
「・・・」
その話に色々と思うところがあり、なかなか言葉が出せずにいると、
「思うところがあるなら、言うてみい。」
母から言葉を促された。
「九重の妖力が増幅しているということが、なぜわかるのですか?」
その問いかけに、母は俺をじっと見たまま少しの間沈黙を保った。
「血のつながりがあれば、確証はなくとも感じるものなのですよ・・・母と子の絆というのは、そう言うものです。」
ゆっくりと、しかしはっきりとそう言った母の顔を見て、俺も一種の確信を得る。
その言葉に返す言葉をどうすべきか、再び沈黙が広がる空気の中で考えるも、すぐには答えが出てこない。
すると、母が先に次の言葉を紡いだ。
「九重が封印されている場所は、長老会しか知らぬはず・・・しかし、実際は我らも把握しておる。」
我ら、というのは稲荷評議会のことだろう。
「それゆえに・・・評議会の乗っ取りとこの世界の混乱を企んでいる者たちは、我ら一族、もしくは一族に関わりのある者であると考えるのが妥当であろう。」
母の言葉はある程度想像ができていた。
そして、我ら一族・・・というのが、本当に近い血縁者であれば、とっくの昔に粛清されているはず。そうでなく、今もなお画策を続けているということは、近い親族ではなく、別の家系ということなのだろう。
何百年かに一度くらいの割合で、評議会ではこのような「一族内の不穏な動き」が起こるのだ。
ただ、今回はそれが単なる「一族内の不穏な動き」ではなく、この世界を巻き込んだ話になりそうだということだ。
しかし・・・
「評議会を乗っ取ったくらいでは、この世界も人間界も好きなようにできないのでは?」
確かに稲荷評議会はあやかしの世界ではそれなりの地位を得ている組織であり、もちろん人間界との関わりも深い。
しかし、だからと言って、世界を好き勝手できるほどの武力も権力も持ち合わせてはいない。
彼らにできるのは、せいぜい稲荷神への使役を管理・命令したり、稲荷社を守護したりするくらいだ。
地位を得ているのは、尊き稲荷神からの信頼の元、使役を遣わす役目を担っているという点が評価・尊敬されているからだ。
すると、それを聞いた母は、困った顔をしてこう言った。
「それが・・・なにやら古代に封印された禍々しい存在の復活も同時に試みておるようで・・・」
御伽話のような言葉が飛び出してきて、思わず言葉を失う。
「禍々しい存在・・・?」
その言葉だけでは想像ができず思わずつぶやいた俺に、今度は姉が言葉を発した。
「死者の世界・・・九重の力を使い、その扉を開けようとしている・・・と聞いておる。」
死者の世界の扉を開ける・・・それは確かに禍々しい・・・
輩がそれでどのように世界を制することができると考えているのかは分からぬが、世界が混乱に陥るのは確実だ。
「なるほど・・・」
情報が多すぎて頭の中で整理しきれていないが、大筋は理解した。
あれこれと頭の中で考えを張り巡らせていると、母は真剣な面持ちで、
「それゆえ、その者たちよりも先に九重を救い出し、妖力を落ち着かせ、利用されないようにせねばならぬ。」
と言い、さらにこう続けた。
「評議会の乗っ取りを企む者たちへの仕置きは、その後じゃ。」
扇から覗く、ふふふと笑みを浮かべた母の口元は穏やかだが、その目は冷たく、まるで刃のように鋭い光を宿していた。
その眼差しの奥には、その華奢な姿からは想像もできないような強い力が秘められており、見る者すべてを圧倒するような美しさと威厳が漂っている。
俺は、その冷然とした美しさと迫力に射すくめられ、本日二度目の悪寒に襲われた。




