第145話 芽生える変化 -3-
四半刻ほど翔夜と手合わせをしてから広間に戻ると、月影と琴音が何やら楽しそうに話をしているのが見えた。翔夜はそれを見るや否や、
「琴音ちゃん、来てたの〜〜!?」
と嬉しそうに尻尾を振って琴音の元に走って行く。いや、尻尾は見えないが。
琴音は、自分から前へ前へと出て行くような性格ではないが、人の話をきちんと聞くことができるからか、老若男女問わず気に入られている。
番所にやってくる子どもたち、それを迎えにくる親たち、話し相手を求めて遊びに来る老人たち、誰も彼も琴音がいると嬉しそうに近づいて話をして行くのだ。
初めは人間ゆえに物珍しさもあるのかと思っていたが、街で見回りをしていると、
「琴音ちゃんは元気?」
「お嬢ちゃんにこれ持って行け。」
「次はいつ琴音ちゃんくるの?」
などと、街の人から声を掛けられたり差し入れをもらったりすることが増え、これは明らかに琴音の人格によるものだろうと認めざるを得ない。
楽しそうな3人を横目に奥の部屋に向かい、汗を拭って出かける支度を整えていると、急に悪寒に襲われた。
そして、そのあまりに嫌な予感は、すぐに現実となって目の前に現れた。
「蒼月さーん。お客さんですよーー。」
広間から翔夜が俺を呼ぶ声が響く。その頃にはもう、気配と匂いで誰が来ているかが分かっていた俺は、裏口から逃げ出したい衝動に駆られたものの、逃げても仕方がない・・・
「はぁ・・・」
と大きくため息をついた後、これまた大きく息を吸うと、ゆっくりと息を吐きながら、重い足取りで広間へと向かった。
奥の部屋から出たところで、堅苦しい姿の男が俺を見る。
「蒼月様、お久しぶりでございます。」
「ああ、久しぶりだな。元気だったか。今日はどうした。」
ありきたりのやり取りなんてすぐに終えて、本題に入ってほしい。
すると、男は胸元から封書を一枚取り出して俺に渡す。封書を受け取り封を切り手紙を開くと同時に、その男はこう言った。
「外に駕籠を待たせております。」
その言葉には反応せず手紙を読み進めると、案の定、気乗りのしない言葉が並んでいた。
要は、稲荷評議会の会長からの呼び出しだ。話があるから、遣わせた駕籠に乗ってこちらにくるように、と言うことらしい。
ちなみに、この手紙を持ってきたのは稲荷評議会の会長の補佐役だ。
「なにゆえ出向かねばならんのだ?」
ある程度手紙にも書かれてはいるのだが、せめてもの抵抗を見せるくらい許してほしい。
「そちらの手紙に記した内容で足りなければ、こう伝えろと申し付けられております。・・・九重の娘について知りたくはないか・・・と。」
その言葉に、それまで我々のやりとりをじっと見ていた琴音が私を見た。
(どこからその情報を得たのか・・・)
九重の調査をしていることはそれほど大々的に広めてはいないはずなのに・・・
時ノ廻での調査の時か、それともこの街での調査の時か・・・どちらにせよ、会長の人脈は俺の想像を遥かに超える広さだ。どこにでも耳となるものがいるのだろう。
その証拠に、会長は俺の周りで起きていることは大抵把握している。
そして、たまに、とあることを条件にして、こうして恩を売りにくるのだ。
「どうせタダで教える気はないのだろう?」
皮肉めいた口調でそう言うと、男はフフっと面白そうに笑った後で、
「そろそろ観念してはいかがですか?それとも・・・代わりとなる方でもいらっしゃるのですか?」
琴音にちらりと視線を向けた後、再び俺を見て楽しそうな顔をした。
「はぁ・・・」
どいつもこいつも俺が女子をそばに置いているのが珍しいからといって、色恋沙汰に結びつけすぎだ。
これ以上こいつにここであれこれ騒がれるのも、それはそれで鬱陶しいので、非常に不本意ではあるものの、おとなしくついて行くことにした。
「ちょっと急用ができたゆえ、書庫はまたの機会にしよう。ここで俺の帰りを待つか、どちらかに付き添ってもらって屋敷に帰るか、好きにしてくれ。」
琴音にそう伝えると、
「ちょっと出掛けてくる。」
月影と翔夜にも一言伝え、
「ほら、行くぞ。」
澄ました顔に戻って俺を見ている男を一瞥して、玄関へと向かった。




