第144話 芽生える変化 -2-
時ノ廻から戻った翌日、番所を再開した。
今日でそれから4日が経つが、市ノ街だけを見ると、特に異常もなく、穏やかに見える。
しかし、長老会から戻ってきた白翁殿に呼び出された時に聞いた市ノ街以外の街で起きている奇妙な現象については、まだこちらの事件との関連は不明なものの、やはり注意が必要そうに感じた。
琴音はますます鍛錬に力を入れているようで、どんどんとその能力を伸ばし、成長している。
刀の技はもう一通り教え終わり、あとは自ら励んで磨いていく段階に入っていると思われるので、そろそろ鍛錬の内容を別のものに切り替えようと考えている。
俺はというと、時ノ廻で得た情報を元に、引き続き九重について調べているものの、思ったほどの成果が出ていない。
九重のことを知るために、九重の子供を探しているのだが、これがなかなか見つからないのだ。
封印される直前に稲荷神への使役が決まっていたはずなので、今もまだ人間界にいるのか、それともこちらに戻ってきているのか・・・
稲荷神の使役となれるのは代々白狐の家系と決まっており、白狐は長いものだと1000年は生きる。一般的には使役の期間は人間界の時間の流れで100年〜300年程度だ。ゆえに、ずっと人間界にとどまっていたというのであれば、もう生きていない可能性もあるが、こちらの世界に戻ってきているのであれば、今も生きている可能性が高いのだ。
ただ、一つの使役を終えたあと、また別の稲荷社で使役を行う者もいるため、なんとも言えないところではある。
この行き詰まった調査を打開する方法がないわけではない。
稲荷神への使役を管理・命令したり、稲荷社を守護するための「稲荷評議会」というものがあるので、そこに問い合わせを行えばわかるはずだ。
というか、確実にわかるのだが・・・
「はぁ・・・」
どうしても評議会長と反りが合わない俺は、稲荷評議会への問い合わせについては腰が重い。
急を要することであれば私情を挟まず淡々と問合せをするのだが、今回の調査はどちらかというと個人的な調査ゆえ、できれば最終手段にしたい。
そんなこともあり、とりあえずできる限りのところまでは稲荷評議会に頼らず進めたく、再び書庫を訪れることにした。
そして、その話を朝餉の際にすると、琴音も着いてくるというので、こうして今、番所経由で書庫へと向かうべく、家からの道を歩いている。
「そういえば、今日は書庫で何を調べるんですか?」
ついさっきまで隣で鼻歌を歌っていた琴音が、急に俺を見上げて尋ねる。
少し前までは硬い面持ちで俺の後ろを歩いていたことを思い出し、随分と懐かれたものだなと笑ってしまう。
「九重の縁者がなかなか見つからなくてな・・・もう少し情報がないか調べようと思ってな。」
それだけ言うと、琴音は隣で「九重の縁者か〜」と何やら一人でブツブツとつぶやいている。
コロコロと表情が変わる琴音から目が離せない。
その後も他愛のないことを話しながら番所に到着すると、今日はすでに月影が来ていた。久々に手合わせをしたいと言うので、二人で番所の庭で手合わせをすることにすると、琴音は一人で番所の中へと入って行った。
月影と手合わせをするのはいつぶりだろうか。月影は普段の物腰の柔らかさからは想像できない力技を得意とするため、こうしてたまに手合わせをしてもらえるのは俺としてもありがたい。
「最近、蒼月さん、楽しそうですね。」
四半刻ほど手合わせをした後、二人で壁にもたれて腰を掛け、水を飲みながら休憩をしていると、突然月影がそう言った。
「そうか?調べることばかりでうんざりしているが?」
狐の事件のせいで見回りの時間を削って調査をすることが増えたこともあり、街全体をきちんと見れていないもどかしさと、それなのに思ったほどの成果がないことに、むしろややイラついているくらいだ。
「そういうところは蒼月さんらしいですけど・・・」
俺の回答が気に入らなかったのか、月影はやれやれと言った顔で俺を見る。
そんな月影の言わんとしていることがよく分からず、どういう意味だ?と聞き直そうとしたところに、翔夜がやってきた。
「おはようございまーす!って、何!ずるい!俺もたまには蒼月さんと手合わせしたい!!」
いつものことながら、騒々しいことこの上ない。
しかし、こいつはこの見かけの騒々しさとは裏腹に、非常に真面目で有能で、月影と同様、信頼できる男なのだ。
翔夜は騒ぎながら荷物を地べたに置くと、勝手に俺と手合わせすることに決めたのか、月影から木刀を奪い取り、
「お願いします!」
そう言って、壁にもたれて座ったままの俺の前に立った。




