第140話 時ノ廻(ときのめぐり)という街 -9-
蒼月さんはそんな私を見つつも、話を続けた。
「大戦争の時は、我々と人間の力の差は明らかだったからな。こちらは極力人間を殺めずに争いをおさめようと努めた。戦いといっても、こちらは遠隔で攻撃ができる者が多いし、何より結界を張ることができる。それに対し、人間側は遠隔と言えばせいぜい弓矢くらいで、あとは槍や薙刀、刀といった手持ちの武器ばかりだ。勝敗は元から見えている。」
確かに、戦いが盛んになったのは室町時代であることを考えると、平安時代の人間の戦い方なんて、あやかしたちにとっては赤子の手をひねるようなものだろう。
(あれ?でも・・・)
「でも、1年も続いたんですよね。それはどうしてですか?」
そんなに力の差があるならあっという間に制圧できるはずなのに。その疑問への答えは、少し予想外のものだった。
「ああ、人間側にかなり有能な男がいてな・・・そいつのおかげでかなり手こずった。」
へえ・・・そんな人間がいたなんて、驚きだ。
「こちらの妖術をことごとく抑え込んだり、奇抜な作戦で翻弄されたり・・・予測不能な男だったな。」
そこまで言った蒼月さんは、少し楽しそうにフフと何かを思い出して笑った。
そんな蒼月さんの反応にも驚いたけれど、それよりも、妖術を抑え込める人間がいることに驚いた。
「その人間って何者なんですか?」
聞いたところで知らない人だろうけれど、興味が勝ってつい聞いてしまう。すると、蒼月さんは楽しそうな顔のまま、こう言った。
「陰陽師 安倍晴明。」
その言葉を聞いて、謎はすっかり解けた。少しでも歴史に興味があるものであれば、いや、興味がなかったとしても、知らない人はいないだろう。
同じ時代だなとは思っていたけれど、まさかこの話の中に実際登場してくるとは思わなかったので、思わず驚いた顔で大きな声を出してしまう。
「ああ!なるほど!」
その言葉に、今度は蒼月さんが驚いた顔をした。
「なんだ。知っているのか?」
知っているも何も、その人はかなりの有名人です。
「はい。その人を祀った神社もあるし、学校でも習うし、なんなら漫画や映画にもなっています。」
興奮気味にそう答えた私が、漫画と映画についても補足で説明をすると、蒼月さんは少し懐かしそうな顔をした。
「懐かしいな。あやつにはかなり手こずらされた。」
いやあ・・・こんなところに、あの安倍晴明とリアルに接点がある人がいたなんて・・・
神社育ちの私にとっては少なからず縁も深く、小さい頃から幾度となくその名前を聞いてきた。
そんなこともあり、私はどちらかというと、ファンに近い心持ちなのだ。
「なんだ・・・?」
尊敬を通り越して羨望の眼差しで見ていたのだろう。蒼月さんが怪訝な顔で私にそう言った。
「いえ・・・すごい人と知り合いの人が目の前にいるというこの奇跡に感謝していたところです。」
「ふ・・・大袈裟だな。」
「いえ、本当に!私、安倍晴明が大好きで、晴明神社には何度もお参りに行っているくらいですから。」
「それは・・・」
物好きな女を見るような目で蒼月さんは私を見る。それから、何かいたずらを思いついたような顔をして、こんなことを言った。
「私の手元に、晴明直筆の手紙があるぞ。」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・!!!
「それ、見せてください!!」
思わず少し大きな声が出てしまい、お店の中の人の視線がグッとこちらに集まったのを感じる。
「あ・・・すみません。」
声を抑えて姿勢を正し、何事もなかったかのようにお茶をすすると、蒼月さんはクスクスと笑いながら、
「本当に好きなのだな。屋敷に帰ったら見せてやろう。」
そう言って、同じようにお茶を口に運んだ。
お茶を飲んで一息ついたところで、盛大に話を逸らしてしまったことに気がついた。
「あ・・・話を元に戻します・・・すみません。」
そう言って、1年の間、どのような攻防があったのかを尋ねる。
蒼月さん曰く、きっかけは些細な誤解からだったものの、さらにその小さな争いがきっかけで、人間側の権力者があやかしの力を欲しがるようになり、制圧して奴隷化しようと攻めてきた。
その時点では安倍晴明の参入はなく、あやかし側としては、人間を全滅させるのは非常に簡単だったものの、今まで良い関係を築いていたこともあり、その選択肢を選ぶことができず、最低限の犠牲だけで済むようにしながら攻防を続けていた。
そうこうしている間に安倍晴明が参入してきて、長引くことになった、と。
その話を聞いて、少し胸が痛くなった。
あやかし側はそんな争いの中でも、人間を可能な限り殺めたくないと思ってくれていたのだと。
そこでまた疑問が湧く。あやかしを己の権力増強のために使いたいと思った人間が、ちょっとやそっとのことで身を引くとは思えない。
そうなると、何がきっかけで争いに幕が引かれたのだろう。
「何がきっかけで大戦争が終わったんですか?」
その、本当にちょっとした疑問を口に出した瞬間、蒼月さんの顔色があからさまに変わる。
今まで見たことのないその悲痛な表情を目の前にして、私の胸がグッと詰まる。
聞いてはいけないことだったのかも・・・そう、後悔し始めたその時、
「巫女が・・・仲裁を申し出た巫女が・・・私を守ろうとして・・・・・・・命を落としかけたのだ。」
蒼月さんがゆっくりと、はっきりと、言った。




