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第139話 時ノ廻(ときのめぐり)という街 -8-

大戦争という言葉には聞き覚えがあった。


書庫の事件帖で、青い炎について調べていたときに出てきた言葉だ。

あの時は「戦争があったのか」くらいにしか考えていなかったけれど、蒼月さんが番所に関わるきっかけになったかもしれない出来事だと思うと、知りたい気持ちが湧いてくる。


「大戦争について、聞いてもいいですか?」


つい今しがた気になる表情を見せた蒼月さんに聞いていいことかどうか一瞬迷った。

けれど、今聞かなくてはいけない、今聞かなければずっと聞けない。なぜかそんな気がしてしまって、迷いながらも尋ねてしまった。


「ああ、構わん。ただ・・・それなりの厚さの書簡になるくらいの出来事だ。全てをここで語るのは難しいが、そこは勘弁願いたい。気になるなら、書庫にあるゆえ、読んでみるとよい。」


そうして、蒼月さんは大戦争について語り出した。


「大戦争というのは、200年前に人間とあやかしの間で起きた大規模な戦争のことだ。それまで我々と人間の関係は良好だったのだが、小さなことがきっかけで、双方に誤解が生じ、恐怖心が増幅したことにより始まったもので、結果として、両世界に大きな傷跡を残した。」


妖怪と人間が戦争になるという、ちょっと考えただけでも怖い出来事・・・


(あれ・・・?ちょっと、待って・・・?)


「200年前って言いました?それだと人間界は江戸時代という時代で・・・」


そんなに最近のことであれば、妖怪やお化けなんていない、という風潮にはならないはずだ。しかも、江戸時代のそんな出来事なら歴史の時間で触れられてもおかしくない。

訝しげな顔で聞いている私に、蒼月さんは「ああ・・・」と言って、こう付け加えた。


「もともとあやかしの世界と人間の世界はある一定の比率で時間が過ぎていたのだが、この大戦争をきっかけに、相互の時間の流れが不安定になってしまったのだ。」


そう言って、何かを思い出すように考えた後、蒼月さんはさらに付け加える。


「大戦争が起きたのは、人間界では確か・・・平安という時代だったと思う。」


平安時代!それはまさに安倍晴明あべのせいめいの時代ではないか。そう考えると、途端に信憑性が増してくる。


「人間界で1000年以上昔のことが、あやかし界では200年前となると、確かに時代の流れは同じではなさそうですね。」


腑に落ちた私が頷きながらそう言うと、蒼月さんは相変わらず難しそうな顔のまま言った。


「そうだな・・・ただ、不安定なのは今も変わらずゆえ、こちらの1日が人間界ではどのくらいかはわからぬ。」


それを聞いて、私の中には一縷の望みが湧いた。


「と言うことは・・・私、こちらに来てから、今日でちょうど50日が経つんですけど、もしかしたら人間界では1時間も経っていないかもしれないし、何年も経っているかもしれない、と言うことですよね?」


どちらが正しいかはわからない。しかし、もしも人間界に戻れたとして、さほど時間が経っていない可能性もまだ残っているということに、少しだけ気持ちが軽くなる。

まあ、単純計算では人間界の方が5倍の時間が経過していることになるので、少ししか時間が経っていない方は望みは薄いのかもしれないけれど・・・

でも、可能性はゼロじゃない。


「そうだな。」


蒼月さんのその言葉を聞きながら、私もお団子を口に運ぶ。お品書きにみたらし団子っぽいものを見つけたので、注文してみたのだけれど、想像通り、私の知っているみたらしの味に非常に似ていて嬉しい。

ちなみにこれは「陽蜜ようみつ団子」というもので、タレは明るい琥珀色で、ところどころ金粉のように輝く粒が混ざっている。

このお団子には「陽の力」が宿っているとされ、食べた後は身体がポカポカと温まり、少しだけ元気が出るような感覚に包まれる、と書かれていた。


「大戦争は1年ほど断続的に続き、多くのあやかしや人間が命を落とした。一番被害が大きかったのは市ノ街だが、ときめぐりを含め、周りの街への影響も大きかった。」


それを聞いても、私にはその様子が想像ができない状況だったので、蒼月さんに尋ねてみる。


「1年も続く戦争・・・あやかしと人間の戦争ってどんな感じなんですか?人間界だと銃や爆弾といった武器が使用されることがほとんどなのですが。」


しかし、その言葉に蒼月さんは首を傾げた。


「銃や爆弾・・・最近の人間界の武器か?人間界の話はたまに聞いてはいたが、そのあたりはあまり詳しくないのだ。」


そう言った蒼月さんに、銃や爆弾についてはあやかしの世界にそぐうように例を交えて説明をした。

すると、蒼月さんは想像ができたのか、少し苦い顔をした。


「自らの能力とは関係なく人を殺めたら、人を殺めたことの重みや実感は残るのか?」


そう言った蒼月さんの瞳が、ほんのわずかではあるものの、一瞬揺れたように見えた。おそらく、今でも思い出すのが辛いのだろう。

思ってもみない問いかけに、私は一瞬言葉を失った。平和な国で暮らしていることもあり、自分がその立場になったことがないこともあり、モラルとしてある程度は理解できるし、想像はできるものの、実際に人を殺めることの重みや実感というのがどういうものなのかまでは至らない。


蒼月さんの言葉を聞いて初めて、この人は常にそういうものと向き合いながら生活をしているのだと気がついたものの、


(人を殺めることの重みについて考えたことがない私が、果たして蒼月さんの思いを正しく理解できるのだろうか・・・)


そう考えたら、蒼月さんの問いかけに返せる言葉が見つからなかった。


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