第137話 時ノ廻(ときのめぐり)という街 -6-
過去に飛ばされた時と同じように、徐々に視界が白から色付いてきて、完全に視界が晴れると、今度は山の中ではなく、おそらく大通りのどこかだった。
人が過去から戻ってくる様子を見ても、この街の人は誰も気にしない。
「さてと・・・」
大通りだとは思うものの、周りに案内所の看板が見当たらないので、自分の現在地がわからない。
時間もわからないけれど、太陽の位置だけを見るに、まだお昼過ぎくらいな感じではある。
そこで、約束通り、まずは蒼月さんに伝書を送ることにした。
『ご存知とは思いますが、過去に飛ばされました。元の世界に戻ってきたのですが、自分がどこにいるのかわかりません。多分大通りではあると思うのですが・・・』
すると、ピョコンという音とともに、すぐに返事が返ってきた。
『無事帰ってきたとのこと、何より。周りに何か目印になりそうなものはあるか?』
そう言われて、あたりをもう一度見渡す。
すると、見慣れた意匠の看板が目に止まり、近寄って行ってみると、やはり思った通りのお店だったので、それを蒼月さんに返信する。
『お団子屋さんがあります!「時の団子屋」って書いてあります。』
入り口の外には他の団子屋さんと同じように縁台が置いてあるものの、そこに座って食べている人は誰もいない。
そっとお店の中を覗いてみると、香ばしい団子の焼ける匂いが漂い、中には家族連れや、友達同士らしきあやかしたちが談笑しながら団子を味わっており、外にいるので聞こえてはこないものの、席には賑やかな笑い声やおしゃべりが広がっていそうな雰囲気だ。焼き団子を運んでいる店員が忙しく動き回り、団子を焼く炉の前では職人が手際よく団子をひっくり返している。
(まあ、そうだよな。旋風に巻き込まれないよう、みんな中で食べるよね・・・)
そんなことを考えていると、蒼月さんから返事が届いた。
『わかった。迎えに行くので、とりあえず団子でも食べながら待っていろ。』
迎えに行く、という言葉にそわそわしつつ、『わかりました!』と返信してお店の中に入る。
ドアに吊るされた竹の筒が触れ合って、カランカランと言う心地よい音を奏でる。
「いらっしゃいませ〜!・・・って、人間のお嬢さんは、めずらしいねぇ。一人かい?」
女将さんなのか、店員さんなのかわからないけれど、元気な女の人がそう声をかけてくれた。
頭からぴょこんと出た丸い耳、短くふさっとしたしっぽ・・・多分たぬきのあやかしだろうと思われる。
「あ・・・待ち合わせなんです。もう一人は後から来ます。」
そう答えると、女の人は店内を見回して、
「どこでもいいので、空いてるところにお座りくださいな。」
と言ったので、私も彼女に続いて店内を見渡す。そこそこ人は入っているものの、空いている席も多い。
蒼月さんが到着した時に見やすい席がいいな、と思い、入り口からすぐに見えそうな席を選んで腰をかけると、先ほどとは違う女の人がお品書きを持ってきてくれた。
「人間さん見るの、久しぶりだわ〜。今日はこの街へは観光で?」
フレンドリーに話しかけてくれるので、こちらもついお喋りになってしまう。
こちらは尖った耳に長くふさふさとしたしっぽ・・・おそらく、狐のあやかしと思われる。
「あ、いえ、ちょっと師匠に連れられて調べ物に来たんですけど、はぐれてしまって・・・で、ここで待ち合わせなんです。」
「あら、そうなのね。今日は街に有名なお方が来ているそうだから、お嬢さんも会えるといいわねえ。私も今日はさっさと仕事を切り上げて、探しに行きたいわぁ・・・。」
(ん・・・?それは、もしや・・・)
心当たりが大いにあるのでどう反応しようか若干迷ったものの、
「はは・・・そうなんですか・・・」
と、流すにとどめるので精一杯だった。その後、お団子とお茶のセットを注文して、到着を待っていると、その「有名なお方」が現れた。
蒼月さんが入り口から入ってきた瞬間、明らかに店内がざわついた。それにもかかわらず、蒼月さんはそれには全く無反応で、私を見つけると、一直線にこちらに向かって歩いてくる。
(蒼月殿だ・・・)
(まさかこんなところでお目にかかれるとは・・・)
(ただの噂かと思っていたら、本当にいらしていたとは・・・)
お店の中がヒソヒソ声で溢れる。
それに加えて、近くの席の人たちもこちらを見ながらヒソヒソと話しているのが目に入り、無反応の蒼月さんとは全く逆に、私はどう反応したら良いかわからない。
先ほど席を案内してくれた女の人、お品書きを持ってきてくれた女の人は揃って呆然と立ち尽くして蒼月さんを見ている。
「待たせたな。」
そう言って、私の正面に座った蒼月さんは、
「もう団子は頼んだのか?」
と、今、周りで起きていることなんかまるでなかったかのような素振りでお品書きを手に取る。
「はい。先ほど・・・」
周りの視線が居心地の悪い雰囲気を醸し出しているのに、本人は気にすることなくお団子を選んでいる。そして、どれにするのか決まったのだろう。お品書きから顔を上げると、周りを見回して、呆然と立ち尽くす女の人に、注文を促した。
(マイペースすぎるな・・・笑)
そんな蒼月さんがおかしくて、我慢できずに笑いが込み上げてきてしまう。
くすくすと笑う私を不思議そうに見た蒼月さんは、
「何かおかしなことがあったか?」
と訝しげな顔をするから、
「いえ、さすがだな、と思いまして。」
そう言って、笑い続けていると、緊張した面持ちで、狐さんの方の女の人が注文を取りにやってきた。




