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第134話 時ノ廻(ときのめぐり)という街 -3-

ふと我に返り、プルプルと首を振る。


よくわからないけれど、彼女がいなくなってしまった今、どうすることもできないので、本棚に向き直る。


「蒼月さんって、市ノ街以外でも有名人なんだな・・・」


そんなことを呟きながら再び本の背表紙を眺めていると、突然隣に背の高い人が立った気配を感じて、ふと顔を上げる。

顔を上げた拍子に目が合ったのは、赤い顔に長い鼻の、いわゆる天狗だった。


「おぬし、ほんに蒼月殿の活躍を知らんのか?」


またもや突然の問いかけに、素直にうなずく。

すると、天狗はやれやれという顔を見せた後、隣の本棚から一冊の本を持ってきて私に渡した。


「これを読むがよい。」


かなり読み古されたボロボロの本の表紙には、『ときめぐり 事件帖』という文字が書かれている。


(また事件帖!)


何を読めば良いのか分からず、本を持ったまま戸惑っていると、


ぬえ退治、という章を読むがよい。」


天狗はそう言って、土間の小上がりを指さした。小上がりに視線を向けると、そこには腰掛けて本を読んでいる人たちがちらほらいる。


(これは・・・今読め、ってことだよね・・・)


一応天狗にはお礼を言い、本を持って小上がりに腰をかける。


とりあえずここまでは私に選択権は一切なかったけれど、前に「天狗はプライドが高いから怒らせないこと」と言われたことを思い出し、素直に従うことにした。


天狗は小さく頷きながら、「これを読めば、おぬしにも蒼月殿の偉大さがわかるであろう。ぬえ退治の真価を知るがよい。」


と一言添え、ついでに


「おぬしにも分けてやろう。この街の干し芋は美味いからの。」


と、紙に包まれた干し芋を私に押し付けると、じゃあの、と去っていった。


(この本には目次があるのね。)


表紙を開いた次のページに表紙があることを発見して、言われた通り「ぬえ退治」という章を探す。


「あ・・・あった!」


示されたページは53ページ。そのページを探してパラパラとめくっていく。


(なんか、本当にボロボロだな・・・綴じが解れているページが何枚もある・・・)


綴じの解れてしまったページを本から落とさないように慎重にめくっていくと、「ぬえ退治」という章が現れた。


── ぬえ退治 ──

幻流げんりゅう元年。

ときめぐりの村は当時、謎の怪音とともに霧が立ち込め、村人たちは夜も眠れぬ日々を過ごしていた。

霧の中に潜むものが村の秩序を乱し、時には家畜を襲い、村の外れで異様な姿を目撃するものも多かったが、依然なんの対策を行うこともできずにいた。


その姿は、猿の頭、たぬきの胴体、虎の四肢、蛇の尻尾を持つ奇怪な妖怪、ぬえ

ぬえはその強大な妖力から、街を荒らすだけでなく、時の流れをかき乱す存在として恐れられ、村ではぬえが現れる度に時空が不安定になると言われていた。


ある日、たまたま村に来ていた蒼月がその鳴き声を聞き、好奇心から森へと足を踏み入れた。

暗がりに潜むぬえと対峙した蒼月は、その異形の姿に一瞬怯むも、己の力を奮いぬえを退治することに成功する。


蒼月はその時、ぬえときめぐりの「時」を混乱させる存在であることも、村にとってどれほどの危険をもたらしていたかも知らなかった。

ただ、蒼月がその場でぬえを退治したことにより、乱れていた時の流れは安定し、村には再び静けさが戻った。


後に村人たちはこの出来事を「ぬえ退治」として語り継ぎ、蒼月は「時の守護者」として尊敬を集めるようになったという。




章を読み終わった私は、色々と混乱した。


(えーっと・・・幻流げんりゅうって年号、番所で習ったよね・・・?)


今が千世ちせ200年。その前が、確かこの幻流げんりゅうで、そのさらに前が永宙えいちゅう

元号はそれぞれ300年単位で新しくなると言っていたので、幻流げんりゅう元年というのは、今から約500年前ということだろう。


500年前・・・蒼月さん、一体何歳なんだろう・・・笑

この前、年寄り扱いされるから年齢は教えないと言っていたけれど、もう年寄りとか若いとか、そんな次元は超えている気がする。

月影さんは303歳だといっていた。蒼月さんより少なくとも200歳は年下だけど、月影さんはワイルド系だからか、正直、同じくらいか蒼月さんの方が若く見える。

まあ、あやかしによって成長の仕方はまちまちだと言っていたから、本当に年齢を基準にしても意味がないのだということがよくわかった。


そして、あの時月影さんが「伝説に名前が出てくるくらいだから〜」と言ったのは、これのことなのだろう。


昔から蒼月さんは強かったんだなと思ったら、自分のことでもないのに、なんだか誇らしい気持ちになってしまった。


こうして、本を開いたまま膝の上に置き、この誇らしい気持ちにしんみりと浸っていると、なんだか外が騒がしい気がして、ふと入り口に目を向ける。

すると、大通りを大勢が逃げるように走っていくのが見えた。


(どうしたんだろう?)


その様子を土間の小上がりに座ったまま見ていると、何人かが案内所の引き戸を開けて中に逃げ込んできた。


その瞬間、案内所の中に風が吹き込み、膝の上に置いた本が、突然吹き込んだ風にパラパラと音を立ててめくられ、思わず「あっ」と小さく声が漏れた。

慌てて本を押さえようとするも、綴じの解れてしまったページが何枚も風に舞い、私の焦る気持ちなんてお構いなしに次々と宙に浮かんでいく。


本を小上がりにおいて、慌ててひらひらと舞うページを追いかけるものの、その不規則な動きに苦戦して私も右へ左へと彷徨う形になる。


(あと1枚・・・!)


そうこうしながらもほとんどを回収して、最後の一枚・・・・というところで、ページを追いかけて案内所の外に出てしまった。


「きゃぁ!」


突然強い風に吹かれて、思わず悲鳴をあげる。


(強い風・・・?)


嫌な予感と共に、後ろから蒼月さんの声が聞こえた気がして、案内所の中を振り返る。

すると、広間の奥からこちらに駆け寄ってくる蒼月さんと目が合った。


その瞬間、思わず「蒼月さん・・・!」と叫んだけれど、その直後、旋風つむじかぜが私の身体を強く包み込み、ふわりと身体が浮き上がる。


それからすぐに視界は真っ白に覆われて、これからどこに飛ばされるのかという不安が私を襲った。

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