第132話 時ノ廻(ときのめぐり)という街 -1-
霧が立ち込め、ひんやりとした風が肌に触れる。
足元に広がる石畳には、どこか古めかしく、重厚な歴史の気配が漂っている。
ここが「時ノ廻」──過去への道が繋がる街だということを、空気が語りかけてくるようだ。
翌日、蒼月さんと時ノ廻に出向くべく、街の入り口へと向かった。
そう、この世界に初めて足を踏み入れた時に通ったあの場所だ。
境の渦と呼ばれるそれにはいろいろな色のものがあるけれど、時ノ廻に行くための渦は緑と白の渦巻きだった。
渦をくぐる瞬間はドキドキしたものの、くぐってしまえばあとはなんてことはなく、少しの間霧に包まれたかと思うと、視界は徐々に開け、石畳の道のすぐ先には、関所のような門が見える。
「あれはなんですか?」
「時ノ廻の関所だ。時ノ廻に入る者は、必ずこの関所を通らねばならぬ。」
「そうなんですね。・・・ん?でも、市ノ街には関所なんてないですよね?」
「ああ、関所があるのは時ノ廻だけだ。この街は他の街とは少し勝手が違うからな・・・」
そんな会話をしているうちに、関所の入り口に到着した。
関所というくらいだから、身分の証明みたいなものが求められるのかと思っていたけれど、特にそういうものはなく、門をくぐり抜けながら、紐が通された小さな石のようなものをもらうだけだった。
(これはなんなんだろう・・・?)
石畳の道を歩きながらもらった小さな石を眺めていると、蒼月さんがその石を取り上げ、私の左手首に結え付けた。
「これは無くさないよう、こうして手首に結えるようになっている。」
そう言って、自分も石を器用に手首に結え付ける。
「これは、なんなんですか?」
「過去に飛ばされた時に、元の時間軸に戻るために必要なものだ。」
(・・・ん?言葉は理解できたけど、意味がさっぱりわからない・・・)
「この街は、時折旋風が吹くのだが・・・・その風に巻き込まれると、過去に飛ばされることが多々あるのだ。」
(んんん?)
「えっと・・・過去って、あの・・・昔という意味の過去ですか?」
当たり前のことだと思いつつ、カコという別の意味を持つ言葉があるかもしれないと思い、改めて聞いてみる。
「そうだ。その過去だ。」
当たり前だろ?という顔で答える蒼月さんに、
「時ノ廻って・・・」
一体どういう街なんですか?と尋ねる前に、
「時ノ廻という街は、街の中に時間の歪みが存在し、過去と現在を行き来できる場所に拓けた街なのだ。」
私にとってここは十分ファンタジーな世界なのに、さらにファンタジーな要素が飛び出してきた。
「この街の住人の多くは、自分の意思で過去と現在を行き来できるのだが、我々のように街の外から来た人間にはそれはできない。しかし、街の中で時折発生する旋風に巻き込まれると、有無を言わせず過去に飛ばされてしまうことがある。そんな時、この石を握って、元の時間に戻りたいと願うと、この石が元の時間に連れ帰ってきてくれるというわけだ。」
(失くさないようにしなくては・・・)
「絶対に戻って来れるんですか・・・?」
「そうだな。この石を持っていて戻って来れなかったものはいないと聞いている。しかし・・・」
「しかし・・・?」
「当たり前だが、この石を失くしてしまった場合は・・・もう諦めてその世界で暮らすか・・・偶然にこの石を持った者と出会えれば、一緒に戻って来られる。」
恐ろしくて震える・・・
「色々と気をつけます・・・」
そう言いながら、石を結い付けている手首を、もう片方の手でぐっと抑える。
すると、それを見た蒼月さんは、
「まあ、少し怖がらせるような言い方をしてしまったが、要は、石があればきちんと戻って来れるゆえ、心配はいらぬ。それに、旋風が吹かない時もある。」
そう言って、クスリと笑う。
蒼月さんはそう言うけれど、私には、絶対に巻き込まれるに違いないという嫌な予感しかない。
「私、嫌な予感しかないです・・・」
素直にそう伝えると、
「まあ、過去に飛ばされたら石を使ってすぐ戻ってくれば良い。ちなみに、伝書は時間軸が違うと使えない。戻ってくる場所も街のどこかは分からないゆえ、戻ってきたら伝書をくれ。」
と、過去に飛ばされる前提で話が進む。
まあ、そうなったらそうなったで、蒼月さんの言う通り、石を使って戻ってくるしかないのだけれど・・・
今までだっていろんな事件に巻き込まれてきた。過去に飛ばされるくらい、どうってことない・・・と思わなければ正気でいられない。
対策は教えてもらったし、これ以上起きてもいないことを心配していても仕方ないので、もう一つの気になっていることを聞いてみることにした。
「ちなみに、今日はどうしてこの街に来たんですか?」
その問いに、急に真面目な顔に戻った蒼月さんは、
「九重の縁者を探しに来た。九重についていくつか聞きたいことがあってな・・・」
(あ、まただ・・・)
物憂げな表情を浮かべる蒼月さんを見て、胸がぎゅっと締め付けられる。
それから少しの間、お互い何も口にせず、ただ静かに前だけを見て歩いた。そして、関所から続く道の突き当たりに来ると、
「さあ、着いたぞ。ここが、時ノ廻の大通りだ。」
そう言われて、私は深く息を吸い込み、胸が高鳴るのを感じながら、街を見渡した。
時折、目の前の大通りを行き交うあやかしたちの姿が見える。なぜか、誰もがどこか急いでいるようにも見え、この街には独特の緊張感が漂っている。
大通りは今来た道と同じような石畳で、沿道の建物も石で作られているものがほとんどだ。おそらく、旋風に飛ばされないようにということなのだろう。
「ここが、時ノ廻・・・」
初めて来た街のはずなのに、懐かしさが不意に胸をよぎり、口元から思わずその言葉が漏れていた。
 




