第130話 書庫での発見 -10-
九重について書かれた事件は、「大封印の儀」が行われることになった妖力の暴走の詳細だった。
そして、私が感じたあの悲しみを裏付けるような、とても悲しい事件だった。
九重は元々、市ノ街では名の知れた美くしい白狐で、稲荷神に仕える白狐として、人間界のそこそこ霊力の高い稲荷社を守護していた。
その稲荷社は人々の厚い信仰を集め、九重もその信仰の力を借りて妖力が増していき、人間界とあやかしの世界をつなぐ重要な役割を果たしていた。しかし、その頃の人間界では、人間同士の争いが激化し、信仰心よりも利害や欲望が優先されるようになってしまった。
そして、ついにある日、九重が仕えていた稲荷社が人間の欲望と無知から巻き起こった争いの結果、もらい火による火災で焼失してしまう。
九重はこの出来事に大きなショックを受け、人間の無理解と自らの無力さを痛感した。自分が守るべき場所が一瞬で失われ、信仰の力も失われてしまったことが、九重の心に深い傷を残す。
また、稲荷社を燃やしてしまったことで人々は祟りを恐れ、以降、その土地には人が住み付かなくなってしまった。
その後、仕える稲荷社がなくなってしまったことにより、あやかし界に戻ってきた九重だったが、使役先がなくなってしまったのは九重の責ではないにも関わらず、同族から「出戻りは一族の恥だ」と責められ、虐待され、九重は、逃げるように知る人が誰もいない「時ノ廻」という街に移り住み、ひっそりと身を隠すように暮らしていた。
それから長い月日が経過し、伴侶を得て、子供も生まれ、表向きは平穏に暮らしているように見えた九重だが、子が成長するにつれ、子を自身と同じように稲荷社に仕える身としたいという気持ちが芽生える。
それにより、一度は忘れていた一族への恨み、人間に対する不信感が次第に募っていた。
そんな中、念願叶って子が人間界の稲荷社に仕えることが決まり、その諸々の支度のため市ノ街へと向かった九重は、そこで偶然、自分の一族が九重への嫉妬を理由に、人間をそそのかして近くで争いを起こすよう仕向けていたことを耳にする。
嫉妬していた者が、争いを収められなかったことを理由に九重を失脚させたかっただけだったのだが、予想外に争いの中で火がまわり、社が焼け落ちてしまった、と言っていたのを聞いてしまったのだ。
その出来事により、九重の怒りと悲しみが交錯し、ついには妖力が暴走し、九尾の狐の形態に変化してしまう。九重の妖力は制御できないほどに膨れ上がり、あやかしの世界でも大きな脅威となる存在となってしまう。
それに対抗すべく、あやかしの長老会が九重の封印を決断し、大規模な封印の儀式が行われた。
(かわいそう・・・)
読み進めるうちに、九重がどれだけ誇り高く生きてきたのかが痛いほど伝わってきた。自分が失ったものを取り戻すために必死だったのだろう。けれど、それらはくだらない嫉妬という感情によって、無情に打ち砕かれてしまった。
その悲しみ、悔しさ・・・私も何か大切なものを失ったら、同じように無力感に打ちひしがれるのだろうか。
(私は・・・彼女のように強くなれるだろうか?)
胸の奥がズキズキと痛む。まるで九重の感情が、自分の心にまで重なってくるようだ。
誇りを持って仕えていただろうに、一族の嫉妬が原因で、結果、社が焼け落ちてしまうなんて・・・
そして、さまざまなことを乗り越えて、せっかく旦那さんとお子さんと幸せに暮らしていたのに・・・
封印された後、旦那さんとお子さんはどうなったのだろう・・・
行ってきます、と出掛けて行ったまま帰って来なかった母を、お子さんはどう思ったのだろう。
なんともやるせない気持ちが胸の奥に広がる。
今、この九重は、封印されているわけだけれど、封印されている時というのはどんな気持ちなんだろう。
岩壁になっていた黒悠之守のことを思い出す。
九重も同じように解放されたい、家族のもとに帰りたい、と思っているのだろうか・・・
苦しくなって、はぁ、と小さく息をついた。
すると、それとほぼ同時に、コーーーーンという、甲高い声が聞こえた気がした。
その瞬間、私の身体がピクリと反応する。
(あれ?この結界の中は、外からの音は聞こえないはずなのに・・・)
その音が耳に残り、私の心臓が少し速くなっているのを感じる。
不安と同時に、何かが動き出したような感覚が私を捉えて離さない。九重にまつわる何かが・・・その予感が、私の胸に重くのしかかる。
音の出所はどこかと周りをキョロキョロと見回していると、それに気づいた蒼月さんが、不思議そうに私に尋ねる。
「どうかしたか?」
「いえ・・・今、何か聞こえませんでしたか?」
あえて何が、とは言わずに尋ねた私に、蒼月さんは、
「いや・・・何も聞こえなかったが?」
と、不思議そうな顔のまま、答えた。




