第129話 書庫での発見 -9-
パタン・・・
という音がしてふと振り返ると、蒼月さんが「市ノ街 事件帖」を閉じたところだった。
私と目が合った蒼月さんは、こちらに事件帖を差し出しながら、
「もう調べたいことは調べ終わったのか?」
と聞いた。
「はい。なので、外の喧騒を中から眺めてました。」
ふふっと笑いながらそう告げると、蒼月さんも結界の外を見渡して、
「音がないだけでこんなに気にならなくなるとは・・・外に出るとそれはもうものすごい騒々しさだぞ。」
普段を思い出したのか、はあ、と一つため息をついた。
「いつもそんな中で調べ物をしているんですか?」
ふと気になって尋ねる。すると、
「普段はある程度の騒々しさになったところで黙らせる。」
と真面目な顔で言うので、なんだか笑ってしまった。
そんな私の反応が意外だったのか、
「なにがおかしい?」
不思議そうな顔で私に尋ねる蒼月さんに、
「ある程度までは騒がせておいてあげてるのが優しいなあと思いまして。」
と言うと、
「最初から厳しすぎても効果がないからな。とはいえ、今日はいつもの比ではない騒々しさだろうけれどな。」
床一面に散らばった紙飛行機と紙屑を見て、やれやれと言う表情をする。
「私はもう一冊読みたいものがあるが、おまえはどうする?他の書簡を持ってくるか?」
そう聞かれて少し考えた後、
「不謹慎かもしれませんが・・・事件帖がちょっと面白かったので、もう少し色々読んでみたいです。」
と、先ほど蒼月さんが目の前に置いてくれた事件帖を手に取ると、
「わかった。それでは私は最後の書簡を読ませてもらう。」
そう言って、最後の本・・・「封印された九重」にそっと手をかざした。
すると、たちまち本から黒い炎がゆらめき上がる。その炎に向かって印を結んだ蒼月さんが何やら呪文を唱えると、黒い炎はゆらゆらと揺れながら小さくなっていき、そして本の中に吸い込まれて消えていった。
私の目はその光景に釘付けだった。蒼月さんの動きには迷いがなく、まるで手慣れた作業のように見える。こうやって何度も危険な書物に対処してきたのだろうかと思うと、尊敬の念が湧き上がる。
(やっぱり、蒼月さんはすごい・・・私も、もっと強くならなきゃ。)
改めてそう感じた瞬間、ほんの少しだけ自分が頼りなく思えてしまう。
「このように、呪詛のかかっているものは、まず呪詛を解いてから開かねばならぬのだ。」
だから、さっきは突然開こうとしてあんなことになったのかと、改めて反省する。
「そして、呪詛の解除は一定時間を経過すると無効になるゆえ、毎回注意が必要だ。」
なるほど・・・。
蒼月さんの冷静な説明に、私は静かにうなずいた。けれど、内心では、その冷静さと知識の深さに憧れを感じていた。
いつか私も、このような危険なものへの知識を増やし、また、危険なものに対して、迷いなく立ち向かえるようになりたい。
それだけ説明すると、蒼月さんは本を読み始めたので、それを確認した私も、事件帖を再び開くことにした。
一連の出来事を経て、私も九重というあやかしに興味が湧いてしまった。
さっき事件帖を見ていた時、九重が何者なのかに強く惹かれた。
これは単なる勘なのだけれど、封印された九尾の狐という存在が、どこか私自身の運命にも関わっているような気がしてならない。
もし九重が自分の意思に反して力を制御できなくなったのだとしたら、その原因はなんだったのだろう。
街を焼き尽くさんとするほどの力の暴走にも関わらず、なぜか私には悲しい気持ちが湧き上がってくるのだ。
蒼月さんが、九重に関する事件について少しの間読み耽っていたと言うことは、この事件帖にはまだ関連する事件が載っているということだ。
「九重というあやかしに関係する事件を。」
その言葉を聞いて、蒼月さんが顔を上げる。
「なんか、妙に気になってしまって・・・・」
聞かれてもいないのに、なぜかそう答えなくてはならない気がしてそう言うと、
「おまえは本当に勘がいいな。」
蒼月さんは、意味ありげな笑顔を見せる。
その笑顔は、いつものような優しさとは違い、どこか意味深で重みがあった。
彼は私の知らない何かを悟っているのだろうか。何かに気づきかけた私を前にして、彼はあえてその先を語らないような、そんな雰囲気を醸し出している。
「しっかり勉強しておけ。」
それからポツリとそれだけ言うと、蒼月さんは、自分の本へと視線を戻した。
 




