第128話 書庫での発見 -8-
蒼月さんに、私が見つけた3つの事件について報告すると、蒼月さんは深刻な表情に変わり、黙りこくってしまった。
少しの間、何かを考えるように口をつぐんでいた蒼月さんは、
「ちょっと見せてくれ。」
そう言って、「市ノ街 事件帖」を手に取った。
「九重に関係する事件。」
不意にそうつぶやいた蒼月さんをじっと見ていると、
「ああ、見たい題目を唱えると、該当するページを教えてくれるのだ。おまえ、知ってて使ってたんじゃないのか?」
本を開きながら、私にそう問いかける。
なるほど・・・だから、青い炎に関する記述のところだけ、ページの端が固くなっていたのか・・・。
「いえ、知りませんでした・・・単なる偶然です・・・」
なんというラッキーな偶然だろう。そうでなければ、本当に最初から延々と読まなくてはならないところだった。
そんな私を見て、蒼月さんはまたもやクスリと笑う。
「なんだかんだ、おまえは無意識に効率の良い方法を使っているな。何かしら、この世界と深い縁があるのかもしれないな・・・」
そう言った蒼月さんは、さっきまでの穏やかな顔から、何かを考え込むような、何かを思い出しているような、何かを懐かしんでいるような顔をした。
蒼月さんがそんな表情を見せる時は、言葉をかけてはいけない気がして、私はただ黙って彼の顔を見つめる。
ここにきて、二人の間の壁が少し低くなった気がしていたけれど、こういう時の蒼月さんは少し遠い存在に感じる。
なんでも話せるような仲ではないことはわかっている。
けれど、こういう時、彼の表情にはどこか隠された痛みが見える。そして、その痛みを私に隠しきれない蒼月さんに、私は密かに気づいている。
なぜ、そんな表情をするのか。
何が彼をこんなにも苦しめるのか。
もしも私が、その苦しみから蒼月さんを解き放つことができるのなら、どんなにいいだろうか。
私にはどうにもできないことばかりで、私まで苦しくなる。
だから、私は何も気づかないふりをする。
(いつか、話してくれるのかな・・・)
そのいつかがいつになるのか、本当に来るのかなんて、今の私にはわからない。
けれど、そんな関係になれたらいいな・・・
そう願って、私は今日もその表情を見なかったふりをした。それから、
「この世界とご縁があるって、全然想像もつかないですけどね!」
あえて元気な声で答えて微笑んで見せると、蒼月さんも穏やかな表情に戻り、事件帖に視線を戻した。
そんな蒼月さんを見て、ホッと胸を撫で下ろす。
しかし、私はというと、思いの外青い炎と黒悠之守についての情報がすぐに得られたため、手持ち無沙汰になってしまった。
蒼月さんは真剣に本を読んでいるので、邪魔をせずに時間を潰すにはどうすればいいかと、ふと結界の外を眺めてみた。
すると、
(えええええ!)
結界の周りを紙飛行機や丸められた紙屑が、まるで風に乗って遊ぶかのように舞っていた。
視界の端で灯りが揺れていることには気づいていたけれど、手元を照らす光が強くて、外の異変に全く気づいていなかった。
(なに、これ・・・)
音は結界によって遮られているので、静かで穏やかな空間の中、まるで遠くから無言で繰り広げられている小さな騒ぎを見ているようだった。
けれど、これは想像でしかないが、外の様子はきっとかなり賑やかで騒々しいはずだ。
(結界の中でよかった・・・)
思わず心の中で安堵して、紙飛行機が空中を舞い、紙屑が風に揺られる様子を観察する。
数えるほどだけれど、結界に埋もれているものもある。
(しばらく楽しめそうだな・・・)
なんてことない光景なのだけれど、そこに少しだけ好奇心が刺激され、私はその光景を眺めながら静かな時間を過ごすことにした。
結界の外の状況はカオスに見えるけれど、中にいれば安全だし、今はこの音のない騒ぎを楽しみながら心を落ち着けておこう。
そんなことを考えながら、私は結界の外で起こっているこの妙な騒ぎを、しばらく観察することにした。
 




