第126話 書庫での発見 -6-
明らかに疲れているだろう状態で、そう言って苦笑いをした蒼月さんを見て、胸が痛む。
自分の行動が招いた結果だという思いが押し寄せて、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
涙が溢れそうになるけれど、ここで泣いてしまったら、それはただの甘えだ。今、泣くことは蒼月さんにさらに負担をかけてしまう、そう思うと、泣くに泣けず、何とか必死で感情を押し込めた。
「どうした?」
と、私の顔を覗き込む蒼月さんに、
「いえ・・・なんでもありません。蒼月さんは・・・・大丈夫ですか?」
心臓がドキドキして、声が震えそうになるのを必死に抑えながら、小さな声で尋ねる。
もしも蒼月さんにこの動揺を悟られてしまったら、きっと「気にするな」と言われてしまうだろう。だから、どうしても感情を隠し通さなければならない。
「私は大丈夫だ。この程度のことはなんともない。気にするな。」
と言って、ふっと笑う。
(結局言わせてしまった・・・)
しかし、蒼月さんの言葉を聞いても、心の中の自己嫌悪は消えてくれない。自分のせいで、蒼月さんがこんなに苦しんでいるんだという思いが、ますます強くなっていく。
「気にするな、と言っているのにそんなに気になるのであれば・・・」
私の目をじっと見てゆっくりと話し始める蒼月さんから、目が離せない。一旦言葉を切った蒼月さんは、何も言わずにじっと私を見ていて、私はその視線に絡め取られたように、瞬きもできずに見つめ返す。
何を言われるのだろうかという緊張感が身体の中を駆け巡る。口の中が乾いてきて、ゴクリと息をのみたいのにのめずにいると、不意にニヤリと笑った蒼月さんは、
「屋敷に戻ったら、あの結界の上で昼寝をさせてくれ。」
そう言うと、
「と言うことで、調べ物に戻ろう。」
まるで何もなかったような顔をして、先ほどまで読んでいた本を開き直して、ページを追い始めた。
「はい!なんなら夜もそれで寝てください!」
お詫びならいくらでもというつもりで、いつでもどこでも貸し出します、という意味で言ったのに、それを聞いてゆっくりと顔を上げた蒼月さんは、
「・・・それで、おまえはどこで寝るのだ?一緒に寝るか?」
と少しイタズラっぽい顔をしてそんなことを言うものだから、その切り返しに戸惑って口ごもってしまう。それでも、
「わ、私は・・・・」
何か言わなきゃと口をぱくぱくしていると、
「冗談だ。おまえは本当に子供だな。」
と楽しそうに私を見た後で、
「こういう悪いあやかしに騙されないように気をつけろ。あと、昼寝だけで十分だ。」
何食わぬ顔でそう言うと、一人で赤くなっている私など気にも留めず、再び本に目を向けた。
そうして、心臓が高鳴るまま置き去りにされた私は、ゆっくりと深呼吸をする。
黒悠之守については一旦ひと通りの知識を得られたと思うけれど、やっぱり実感が湧かない。
(私が封印を解いたんだよね・・・)
そう自分に問いかけながら、頭の中でいろいろな情報を整理しようとする。しかし、黒悠之守の力が必要になる未来――それが何を意味しているのか、何が起こるのか、まだわからないことだらけだ。
ふと、隣で分厚い本を読む蒼月さんの静かな姿が目に入る。彼がどれだけの知識を持ち、どれだけの危機をこれまで乗り越えてきたのかを考えると、私はまだまだだと感じる。
「黒悠之守については一通り理解したので、次は青い炎について調べたいのですが・・・」
蒼月さんの邪魔をするのは忍びないけれど、勝手にあれこれ触ってさっきのようなことが起きるのも良くないので、申し訳ないとは思いつつ、一声かける。
すると、蒼月さんは顔を上げて一冊のかなり分厚い本を手にした。
「小雪殿によると、この中に青い炎の記述があるらしい。先ほどの本のような危険はないゆえ、先に読んでいいぞ。」
そう言って「市ノ街 事件帖」を私に渡す。
この本には、過去の市ノ街で起こった出来事が詳しく記されているらしい。青い炎に関する事件も、ここに書かれているという。手を伸ばしてその重厚な表紙に触れると、微かな緊張感が身体を包んだ。青い炎の謎――それは単なる妖力の暴走なのか、それとも何かもっと大きな陰謀が絡んでいるのか?
「何か引っかかることでもあるのか?」
私の沈黙を察したのか、蒼月さんが顔を上げた。その声に少し驚いて顔を上げると、彼の冷静な瞳が私を見ていた。
「いえ・・・ただ、この本に青い炎のことが書かれていると聞いて、ちょっと緊張してしまって・・・」
そう答えると、蒼月さんはふっと微笑んだ。
「慎重になるのは悪いことではない。しかし、恐れる必要はない。」
その一言に、心が少し軽くなる気がした。蒼月さんは頼もしい。でも、やっぱり私はまだその背中に追いつけていない。
「・・・ありがとうございます。では、読みます。」
私はもう一度深呼吸をしてから、慎重に「市ノ街 事件帖」を開いた。
 




