第122話 書庫での発見 -2-
大通りを北にまっすぐ進み、長老のお屋敷を横目にしばらく行ったところに書庫はあった。
市ノ街の書庫の入り口は、静かに佇む古びた木製の扉で、表面には風化した神秘的な文様が刻まれている。両脇には小さな狐の像が配置され、まるで訪れる者を見守っているかのようだ。
蒼月さんが扉を押すと、それは軋む音とともにゆっくりと開き、内部からは古書の香りが漂ってくる。
中に入ると、そこは、あやかしの世界にふさわしい幻想的な空間で、木造の美しい内装が際立っている。玄関で履き物を脱ぎ室内に上がると、正面には扉が開放された大きな広間があり、それとは別に右手の奥に続く廊下と、左手の奥に続く廊下がある。
蒼月さんが迷わず正面の広間に足を踏み入れたので、私もそれに続くと、広間の室内は柔らかな温かい光で包まれ、畳が敷かれた床には長い木製のテーブルと座布団が並べられており、窓際には板張りの床にいくつものテーブルと椅子が並んでいる。
壁には、天井近くまで届く巨大な書棚が設置されており、そこには、無数の古書や巻物がぎっしりと詰まっている。
いくつかの巻物は、風にそっと触れられたかのように自然にめくれていき、また元の場所に戻っていく。まるで書物自体が何かを語りかけているような、静かな気配が漂っている。柱や天井に施された彫刻も、視線を感じるかのように生き生きとしていて、まるでこの書庫そのものが、何かの意志を持っているかのような錯覚を覚える。
「結構広くて明るいですね。」
もっと閉ざされた空間を想像していたけれど、良い意味で予想を裏切られた。
窓から差し込む自然の光が、静寂の中に優しい雰囲気をもたらしており、まるで時間が止まっているかのような感覚に陥る。部屋の中には、異世界の住人であるかのような存在がちらほらと見られ、非常に神秘的な雰囲気を作り出している。
「そうだな。この一般書棚のある広間は比較的明るい。」
その物言いに若干の違和感を感じて蒼月さんを見ると、不意に、
「そういえば、何を調べたいんだ?」
と聞かれたので、私は持参した手帳を開いて、調べたいことを挙げていく。
すると、
「青い炎については、私も調べたいと思っていたところだ。あと、黒悠之守についての書簡は司書に聞くと良い。」
そう言って蒼月さんが指を指した先には、真っ白いワンピースを着た、真っ白い長い髪の少女がいた。
「それと・・・市ノ街の歴史やこの世界についてはまた別の日にしよう。おそらく青い炎と黒悠之守の件だけでもかなりの情報量になるだろうからな。」
勝手がわからないので、その言葉に素直にうなずく。
それを見た蒼月さんは、畳の上をスタスタと歩き、司書さんの元へと向かう。私も蒼月さんについて、広間の奥まで歩いていくと、途中で彼女の元へ向かう私たちに気づいた司書さんがこちらを見た。
透き通るような白い肌に薄いグレーの瞳をした司書さんの美しさに、思わずため息が溢れた。
彼女は、私たちを・・・いや、正確には蒼月さんを見て、にっこりと手を振る。蒼月さんも笑顔で軽く手を挙げてそれに応える。
そんな、番所にいる時とは雰囲気の違う蒼月さんを思わずじっくりと観察してしまう。
(番所にいるときはどちらかというと冷静沈着なイメージだけど、この司書さんには物腰柔らかいな・・・)
「蒼月。久しぶりじゃな。息災でなにより。」
(おっと・・・?この口調は・・・・)
どこかで聞き覚えのある話し方に、今度はお子さんですか?などと余計なことを言わないように口をつぐむ。
「小雪殿も相変わらず・・・」
「相変わらず・・・なんじゃ?」
蒼月さんにしてはめずらしい、そんな仲良さげなやり取りをじっと見守っていると、小雪さんと呼ばれた司書さんは、私にチラリと視線をよこした後で、
「ふ・・・おぬしは振れんのう。」
と意味ありげに笑った。言っていることの意味がよくわからず首を傾げていると、蒼月さんはそんな小雪さんに、
「何を馬鹿なことを。紹介しよう。弟子の琴音だ。」
こちらも一笑に付すように流した後で、私をさらりと紹介してくれた。
(私の名前、ちゃんと覚えてくれてたんだ・・・)
ずっと、蒼月さんに名前を呼ばれることがなくて、少し寂しいと思っていた。けれど、こうしてちゃんと名前を覚えていてくれたという事実に心が少し軽くなった気がする。何だか、蒼月さんの弟子として認められたような気がして、胸の中に小さな自信が芽生えた。
「初めまして。蒼月さんの弟子の琴音です。」
改めて自己紹介をして頭を下げると、小雪さんは今度はしっかりと私を見て、にっこりと微笑んだ後で、
「小雪と申す。よろしゅうな。しかし、蒼月が弟子を取るというのもまた稀有よのう。」
と言った。それを受けて、蒼月さんは苦い顔をしたものの、
「諸事情があってな・・・それはさておき、黒悠之守について書かれた文献を探しているのだが・・・」
こちらもまたさらりと流して、本の所在を聞いた。




