第121話 書庫での発見 -1-
翌日の朝食後、書庫に行くために蒼月さんと二人で家を出る。
「そういえば、番所は行かなくていいんですか?」
蒼月邸から大通りに出るには番所を経由することもあり、何気なく聞いただけなのだけれど、
「ああ・・・番所は明日まで閉じている。月影も翔夜も少し休ませたいからな。」
と、予想外の返事が返ってきた。
何よりも、番所に閉まっている日があることに驚いた。
でも、よく考えてみたら、お仕事ではなく善意からの奉仕なので、いつも開けていなければならないという義務もない。
「閉じていても必要な時は連絡が取れるようになっているから大丈夫だ。」
なるほど、最近の交番の無人時間帯のような仕組みになっているのか。どんな方法で連絡を取るのか、興味深い。
(あ、そういえば・・・)
「蒼月さん・・・今ので思い出したんですけど、伝書の使い方、教えてください。」
昨日は蒼月さんがお疲れだったこともあり、伝書の使い方を聞くのをすっかり忘れていたことを思い出した。
「ああ、そうだったな。では、歩きながら説明しよう。まずは受け取り方だ。」
そう言った蒼月さんは、一瞬だけ目を閉じた。それから目を開けて印を結ぶと、その指先にそっと息を吹きかける。すると、その瞬間、小さなの火の玉が浮かび、それはすぐにスゥッと消えた。
(あ、この前の千鶴さんと同じ。)
そう思った瞬間、今度は「ピョコン」という音と共に、私の目の前に小さな火の玉が現れた。
「それが今私が送った伝書だ。火の玉に触れると、伝言が頭の中で聞こえる。文字で見たければ文字にするように念じればよい。試してみろ。」
言われるままにそっと火の玉に触れると、頭の中で蒼月さんの声が響く。
「伝書に返信をする時は、まずは、誰に伝書を送るのかを唱える。それから、相手に送りたい文章を唱え、印を結んで指先に息を吹きかける。それだけだ。」
伝書で伝書の使い方を説明されるという画期的な方法に、思わずクスリと笑ってしまい、そんな私を蒼月さんはじっと見守っている。
目を閉じて蒼月さんに伝書を送ると心の中で唱えると、「わかりました。こうですか?」と短く唱え、目を開いて見様見真似で印を結んで指先にそっと息を吹きかける。
すると、先ほどの蒼月さんと同じように、小さなの火の玉が浮かび、すぐに消えた。
送れたかな?と蒼月さんを見ると、同じくらいのタイミングで蒼月さんの目の前に小さな火の玉が現れ、蒼月さんはそれに軽く触れ、私からの伝書を受け取った。
それから、
「そうだ。よくできたな。」
と子供を褒めるように微笑んだ。そんなちょっとしたことで、私は一気に嬉しくなってしまう。なんて単純なんだろう、と思いつつも、ほんの一瞬でも不安から解放される瞬間は大切にしたいと思った。
「あれ?でも・・・」
伝書を使っておいてなんだけど、そこで初めて、一つの疑問が湧いた。
『伝書って、妖力のない私でも使えるんですね。』
せっかくなので、伝書を使って蒼月さんにメッセージを送ると、目の前に浮かんだ火の玉を見てクスリと笑った蒼月さんは、そっと火の玉に触れる。
その後は、隣を歩きながらもお互い伝書で会話するという不思議な状況が続いた。
『契約する者同士のどちらか一方が妖力を持っていれば問題ない。』
『そうなんですね。』
『幼い子供など、ほとんど妖力がない者でも親と連絡が取れるようになっているのだろうな。』
『ふふ・・・じゃあ、私にとって蒼月さんはお父さんみたいなものですね。』
実際は「お父さんみたい」な存在なんかじゃないけれど、思わずそう送ってしまった。
すると、それまでテンポよく進んでいた伝書の交換が止まった。
(お父さん、なんて失礼だったかな?)
そう思って蒼月さんを見上げると、その視線に気づいた蒼月さんも私を見る。
「あ・・・すみません、お父さんだなんて・・・失礼でしたよね・・・?」
今度は言葉に出して謝ると、蒼月さんは何故か複雑そうな顔をした。そして、少しの間何かを考える様子で前を見つめた後で、
「いや・・・」
小さくそうつぶやくと、私を見て、
「おまえ、歳はいくつだ?」
突然予想外の質問を放った。その質問の意図に戸惑いながらも、
「26です。」
と答えると、それを聞いた蒼月さんは、苦笑いを浮かべて言った。
「父親・・・という年齢差ではないな。」
その言葉の奥に潜む蒼月さんの気持ちは、表情からは読み取れない。
「年寄り扱いされるので、私の年齢は教えんぞ。」
と笑いながら続ける蒼月さんは、そう言いつつも、少しだけ気にしているような様子が微笑ましくて、私もつられて笑ってしまった。
前に月影さんが自分より年上だと言っていて、その月影さんも300歳を超えていたので、それよりさらに上なのだろうということは想像がつく。
しかし、そんな蒼月さんに、
「年寄り扱いなんてしませんよ。蒼月さんはそうおっしゃいますけど、私から見たら若くてかっこいいお兄さんですから。」
思わずそう言ってしまい、本音ではあるものの、本人を目の前にしてかっこいいと宣言してしまったことに、なんだかやけに気恥ずかしくなった私は、
「伝書の使い方はしっかり覚えたので、書庫に急ぎましょう〜!」
蒼月さんがどういう顔をしているのかを見るのが怖くて、熱を帯びつつある顔を隠すように、大通りまでの道を早足で進んだ。




