第116話 不穏な予感 -4-
私と目が合った蒼月さんは、私の目を見て再びゆっくりと話し始める。
「そうだ。すべてにおまえが関わっている。」
改めて口に出されると、ますますなぜ私なのだろうという気持ちが強くなる。
「おまえ自身、何か気になることはあるか?」
そう聞かれて、私もゆっくりと口を開く。
「なぜ、私?というのはずっとありますが・・・一番気になっていることは・・・」
みんなの視線を受けながら、ずっと気になっていたことを口にする。
「墓場で鵺に襲われた事件です・・・あれは、私の中では単なる不運な事故だったのですが・・・もしそうじゃなくて仕組まれたものだというのであれば・・・それにはかなり無理があるんです。」
そう。
墓場の鵺事件は、私が「偶然」この世界に迷い込んで「すぐ」に起きた事件で、しかも、最後の分かれ道で「たまたま」選択肢を間違えてしまったために起きたことだと思っていた。
だけど、そうではなく、あの事件自体が仕組まれたものだと言われると・・・納得がいかないのだ。
あやかしの世界に迷い込んだのは紛れもなく偶然だと思う。なぜなら、あの日寄り道して帰ろうと思ったのは本当に気まぐれだし、分かれ道で墓場を選んでしまったのも、完全に偶然だ。もしかしたら椿丸くんと一緒に歩いていて、そもそも墓場には行かなかったかもしれないのだから。
その話をみんなに伝えると、その場にいた全員が難しい顔になった。
「確かにそうだな・・・」
(あ・・・)
何かを考える素振りでそう言った蒼月さんを見て、ふと思い出したことを尋ねてみる。
「そういえば・・・あの時蒼月さんに助けていただいたんですけど、蒼月さんはなぜあんなところにいたんですか?見回りですか?」
もうだめだ、と思った瞬間に現れて華麗に鵺を退治してくれた姿を思い出す。
「ああ、あれは・・・」
そう言って、何かを思い出すように宙を見上げた蒼月さんは、何か気になることも思い出したのか、眉を顰めて視線を私に戻した。
「前日に墓場で鵺の姿を見たという複数の投書があってな。凶暴化しているようだから一度見に行ってほしい、という内容のものもあったゆえ、見回りがてら足を運んでみたのだが・・・」
確かにそれだけじゃ偶然か必然か判断できない。
というか、まだ「偶然」や「必然」という言葉だけでは整理できない状況にある気がして、モヤモヤする。
そんな中、蒼月さんが再び私を見て言った。
「とにかく、しばらくおまえは一人で出歩くことを禁ずる。この家から外に出る時は、必ず私か焔と一緒に行動してくれ。我々が不在の時は、月影か翔夜に声をかけてほしい。」
その真剣な表情から、これは冗談ではなく切羽詰まった状況であることを意味しているのだと悟った。
確実に私は狙われているのだ。
幸か不幸か万が一の時には静寂と癒しの結界で身を守ることはできる。だけど、それ以上のことができないというのは、前回のことでわかっている。
もし私がまた攫われたとして、どうやって助けを求めたら良いのだろう・・・私には、居場所すら知らせることができない。
すると、小鞠さんがこの重い空気を破るようなあっけらかんとした声で言った。
「そういえば、蒼月は琴音殿と伝書の契約を交わしておるのかえ?」
(伝書の契約?)
その言葉の意味を理解する前に、蒼月さんがハッとした顔で小鞠さんを見た。
「ああ、確かに。小鞠殿、それは名案だな。」
意味がわからないまま目の前で会話が進んでいくのを見ていると、突然蒼月さんが私の左手を取った。
「え!?」
何が起きているのかわからないまま蒼月さんを見上げると、
「伝書の契約をしておけば、必要な時に相手と連絡が取れる。私との伝書契約に合意するか?」
理解が追いつかなくて、蒼月さんの顔と握られた手を交互に見ていると、小鞠さんがそんな私を見てクスリと笑った後で、説明をしてくれた。
「蒼月、おぬしは相変わらず言葉が足りんのう。琴音殿、先ほど千鶴殿が見せた伝書を覚えておるかえ?あのような伝書のやり取りをするためには、あらかじめ双方で伝書の送受信を許可するという合意のもとで契約を交わす必要があるのじゃ。それを、今蒼月がおぬしと結びたいと言っているわけじゃ。」
(えーと・・・つまり、私と蒼月さんの間でメッセージの送受信ができるようになる・・・ということ!?)
どうしよう。こんな状況なのに嬉しい。そんなこと言っている場合ではないのはわかっているけれど、単純に嬉しいのだから仕方がない。
でも、ニヤけるわけにはいかないので、表情を引き締めながら、小さい声で答える。
「あ、はい、じゃあ、同意します。」
それを聞いた蒼月さんは、私と彼の手のひらに指で何かをサラサラと書いていく。
一瞬文字が浮かんだ後、手のひらにそれが吸い込まれていくのを、不思議な気持ちで眺めていると、
「では、合意の印を。」
そう言って、私の手のひらに蒼月さんが署名をする。そして、私に蒼月さんの手のひらを差し出した。
「おまえの名前を署名してくれ。」
その言葉を受けて、人差し指で自分の名前を署名する。
すると、名前を書き終わった瞬間、私と蒼月さんの左手の手のひらがぽうっと淡く光り、その光はまたもや手のひらに吸い込まれるように消えていった。
それを見て、
「これでいつでもおまえとやりとりができるようになった。使い方は明日教えよう。」
そう言った蒼月さんは、少しホッとしたような顔をした。




