第111話 新たな絆の形成 -14-
道を間違えたと思っていたけれど、反物市は歩き出してすぐのところにあった。
「あれ?さっき通った時は絶対になかったよね・・・?」
首を傾げて独り言を言う私に、蒼月さんが言った。
「いや、山爺の幻惑の術で見えなかっただけだろう。」
も〜〜〜。おじいさんたらなんてことをするのか!
気を取り直して市に入り、一反木綿の織次郎さんを探す。
織次郎さんはあちこち飛び回っていることが多いので、空中を探した方が見つかりやすいことまではわかっている。
ほら、いた!
「織次郎さ〜〜ん!」
ブンブンと手を振って気づいてもらえるように名前を呼ぶ。
すると、私に気づいた織次郎さんが、ひゅるひゅる〜っと下に降りてきてくれた。
「おお、琴音ちゃんか。今日も元気に見回りかい?」
ふわふわと宙に浮かびながら、横にいる蒼月さんをチラリと見てからしらを切る。ここに来るまでのチェックポイントの全員、そうだった。
どうやら、私から署名を催促するまでは知らん顔をすることになっているらしい。
「ここに署名してください!織次郎さんで最後なの!これもらったら、もうじき日が暮れちゃうから、番所まで走って帰らなきゃなんです〜!」
そう言って、チェックポイントが書かれた紙を差し出す。
おかしなアクシデントはあったし、番所まで少し距離があるから、間に合うかどうか微妙だけど、まだ諦めない。
すると、織次郎さんはにっこり笑って
「そうかそうか。じゃあ、まずは署名じゃな。」
とサラサラっと署名をしてくれた後で、
「よおし、これで揃ったな。じゃあ、帰りはわしが送ってやろう。」
と言った。
織次郎さんの言っている意味がよくわからなくて反応に困っていると、
「わああ。」
ヒョイっと掬い上げるように私を背中に乗せた織次郎さんは、
「蒼月殿、お先にな〜!」
私と同じようにぽかんとしている蒼月さんにそう言うと、そのまま市の入り口を抜けて上空に舞い上がる。
市の入り口まで出てきた蒼月さんがこちらを見上げているのに気づいて手を振ると、蒼月さんはやれやれといった顔で苦笑いをした。
そして、ある程度の高さまで舞い上がった織次郎さんはというと、
「さあて、しっかり捕まっておれよ。」
と静かに言うと、そのまま番所までの空の旅を提供してくれた。
見下ろすと、市ノ街がまるでおもちゃのように広がっている。いつも歩いている場所が、こんなにも違って見えるなんて。
青空市や通りを一望できて、街全体が新しい世界に見える。
夜は蒼月さんや鷲雅さんに見せてもらったことがあるけれど、昼間の市ノ街を空から見たのは初めてで、とても物珍しかった。
織次郎さんが軽やかに空を舞うたびに、心が躍る。街の賑わいも、空から見ると小さく感じる。思った以上に広がる市ノ街に驚きつつ、風景を目に焼き付ける。
そんなこんなで空の旅は快適で、番所まではあっという間だった。
番所の門のところで私を下ろしてくれた織次郎さんに、深々と頭を下げてお礼をする。
「今日は本当はもっと時間があったはずだから色々見たかったんですけど・・・また今度行きますね!」
「うんうん、いつでも待っとるよ。」
そんな会話をして織次郎さんと別れた私は、日が暮れるまでに帰って来れたことに浮かれて軽い足取りで番所の門をくぐった。
(まあ、蒼月さんはまだ帰ってきていないだろうから、とりあえず月影さんあたりに日が暮れる前に帰ってきた証人になってもらお〜っと。)
そんなことを考えながら鼻歌混じりに広間に入っていくと、
「なんだ?随分とご機嫌だな。」
いないはずの蒼月さんがそこにいて、
「え!なんで!?」
(確かに蒼月さんは跳躍力がすごいから、不可能ではないとは思うけれど・・・あれって空を飛ぶより早かったっけ?)
呼吸一つ乱れぬ様子でお茶を飲んでいる蒼月さんに、思わず声を上げてしまった。




