第106話 新たな絆の形成 -9-
蒼月さんの指がこはぜに触れる。
一度は身を任せようと思ったものの、やっぱりだめだ。
「あ!・・・の!」
こはぜを外そうとしている蒼月さんの指を抑えるように触れる。
「あ・・・自分で・・・外せます・・・」
やっとのこと消え入りそうな小さな声でそう言うと、蒼月さんが私を見上げた。
「そうか。」
そう言って、特になんの疑問もなく手を離した蒼月さんを見て、自分ばかりが意識しているようで恥ずかしい。
ついでに言うと、家族以外の人が見ている前で足袋や靴下を脱いで素足を見せるのも、恥ずかしい。
恥ずかしいことばかりで顔が熱を帯びてくるのを感じつつ、この場合、なんの下心もなく、むしろ心配してくれているのであろう蒼月さんに変に思われないよう、あくまでも平静を務めて足袋を脱ぐ。
「あ・・・」
足袋を脱ぐと、親指と人差し指の間と、親指側、小指側共に鼻緒にあたる甲の部分が赤くなっていた。
血は出ていないものの、空気に触れてヒリヒリとした痛みが増すくらいには擦れている。
「ひゃ・・・」
蒼月さんのひんやりした手に足を持ち上げられて、思わず声が出てしまう。それなのに、
「痛むか?」
そう言って心配そうに見られると、なんだか罪悪感を感じてしまう。
「あ・・・いえ・・・ひんやりとしていて驚いただけです・・・」
それだけではないのだけれど、この状況ではそう言うしかない。
それを聞いた蒼月さんは、
「ああ、すまない。だが・・・見ないことにはどうにもできん・・・」
と言って赤くなっている部分を確認すると、前にサイコな妖狐と戦った時に自分の傷を治した時と同じように、右手を私の傷の部分を上からなぞるように当てて、その手から発する光を使って治療した。
「わ・・・あ・・・」
傷が目の前で治るのを見るのは初めてではないけれど、それが自分の身体に起きるとなると、改めて驚くのも当然だ。
さっきまで空気に触れてヒリヒリとしていた箇所も、今はまったく痛みを感じない。
すると、私の傷が消えたことを確認した蒼月さんは、
「鼻緒が固いのだろう。」
そう言って、私の草履の鼻緒をほぐしてくれる。
「これで少しは楽になるはずだ。」
そう言って草履を戻し、膝に乗せていた足をその上に戻してくれる蒼月さんに、なんと言っていいか分からず、ただ「ありがとうございます・・・」と小さな声で感謝を伝えるしかできない。
その場の沈黙が私には少し重い。彼の行動に感謝しながらも、私の中で芽生えつつある気持ちは、だんだんと抑えきれなくなってきている。
(こんなにも親切にしてもらうと、勘違いがどんどん膨らんでいきそうで怖い・・・)
心の中でそう思ってしまう自分が情けない。彼はただ心配してくれているだけだし、私にとっては師匠で、私は弟子に過ぎないはずなのに・・・。
「どうした?」
蒼月さんの声で、はっと我に返る。
何が言えるというのだろう。だって、こんな・・・当の本人が整理がつかないような気持ちなんて、伝えるわけにはいかない。
師匠と弟子という立場は、その境界線を超えることを許さない。ましてや片方からの一方的な気持ちなんて、相手にとっては迷惑でしかない。
「あ、いえ・・・何でも・・・ないです。」
そう言いながら、目の前の蒼月さんを見ると、彼はただ平然としている。私の心の中で起きている嵐に、気づく気配はまったくない。
「ではそろそろ参るか。まだ見回りも残っているしな。」
蒼月さんは立ち上がり、私に手を差し出した。
その仕草に、胸の鼓動がまた早くなる。
だけど、それは同時に私に大きな戸惑いを与える。
(手を取ってしまえば、私の心はより蒼月さんに近づいてしまう。だけど、このまま取らないなんて・・・蒼月さんからしたらただの弟子への親切心、それだけなのに・・・)
手を差し伸べられているというだけで、私の心はこんなにも揺れ動く。
(どうして、こんなにも怖いんだろう。どうして、こんなにも嬉しいんだろう。)
ほんの一瞬の間に、いろんな感情が押し寄せてきて、その手を取ることがためらわれた。
そんな間を読み取ったのか、彼の真っ直ぐな瞳は私を見つめながら、同時にどうした?という表情を見せている。
結局、その一瞬の動揺を経て、私はその手にそっと自分の手を重ねる。
(せっかく少し壁が低くなったこの関係を、壊したくない。ただの弟子として・・・私の気持ちが溢れないように気をつけよう。)
蒼月さんの手がこんなに近くにあるのに、蒼月さんの気持ちは遠い。そんな風に感じてしまう自分を少し臆病に感じて、同じくらい切ない気持ちになりながらも、私は心の中でそう誓った。




