第二性 0910
しいな ここみ 様 主催の『リライト企画』(企画期間:R5.10.15〜R5.12.31)の参加作品です。
オメガバース設定。
※オメガバース設定をご存知無い方には分かりにくい作品だと思います。
この作品を、煮るなり焼くなりしていただいて、作品を投稿してくださると嬉しいです♪
第二性の検査結果は口外しないように、とあらかじめ学校から説明される。
けれど、この国の大多数はベータである。
その為、ベータという、ごく普通の検査結果を口外したところで、誰も何とも思わないし、推定ベータが確定ベータになったところで特に不利益は生じない。
日本全国どこの中学でも、3年生に進級するとすぐに検査が行われる。県立第二中学校でもつい先日、第二性の検査が行われたばかりだった。
「ねぇ、どうだった?」
「それがさぁ、実はね……ふふっ。ベータに決まってんじゃん!」
「だよねぇ~」
これが検査結果返却後に交わされる、ごく一般的な会話である。口外するなと言われても、何も影響が無いのだから、皆、普通に口外するし、それを悪いとも思わない。
そのクラスに検査結果が返されたのは、帰りのホームルームでのこと。既に解散の号令は済んでおり、早い生徒はもう教室を出ている。生徒の姿はまばらになりつつある中、いつもなら、上城翠はすぐに部活に向かうのだが、この日はまだ席に座ったままでいた。印刷面を裏にして机に伏せた紙の端を、そっと指で摘み上げ、目をすがめ、下から覗き込むようにしてもう一度結果の記号を確認する。
検査結果 : Ω ――オメガ――
ガシッ、と背後から肩に腕を回され、背中にのしかかられた。
「よう翠、結果どうだった?」
声を掛けてきたのは下杉道明。家が近所の幼馴染で、同じクラス。同じ部活の仲間でもある。
「……別に、どうもしない」
ベータだと、しれっと答えてしまえればよいのだが、嘘をつくのが苦手な翠にはそれがなかなかに難しい。嘘にならない範囲で、言葉をぼやかすので精一杯だ。
「ふぅーん? あのさ、俺、アルファだった」
一方的に告げられた言葉への驚きは無く、あるのはただ納得。
「訊いてねぇーのに勝手に教えてくるなよ。でも、まぁ、良かったな」
「良かったかどうかは知んないけど、そんだけ? 他には? 何かこう、もうちょっと、他にさ、ほら、何か言うことあんじゃねぇの?」
「……いや、だって道明、見るからにアルファじゃん」
背丈、筋肉、運動神経、頭脳、顔、そして何故か声まで良いという、何から何までアルファ。30人が5クラス、約150人いる学年の中で、あらゆる事柄が突出している推定アルファは2名いたが、1名はここで確定アルファとなった。
それに対し、翠は平々凡々、ごく普通のベータのはずだった、つもりだった、そうとしか考えられなかった、それなのに……オメガ。オメガ、オメガ、タガメ、オメガ、オメガ……。オメガの中にタガメが交じる。オメガとタガメが頭の中の田んぼをぐるぐる回りだした翠は、深呼吸し、気持ちを180°切り替えることにした。
「よし、部活行こ」
「何言ってんの。つか翠、さっき何聞いてたの。修繕業者が急に来ることになったからって、今日体育館を使う予定だった部は、場所も無ぇから全部休みだっていう話、聞いてなかった? つぅーことで部は無いから、帰ろうぜ」
翠としては、部活でたっぷり汗をかいて気を紛らわせたかった。Ω、オメガ、おめぇーが?俺が、オメガ、Ω、Ω、Ω、タガメじゃないのよオメガは、はっはぁーん。切り替えたはずの気持ちが、更に180°回転して元に戻ってしまった。平常心ではいられず、昭和歌謡の替歌まで作成してしまった。
「翠?」
道明が心配そうに翠を見つめている。
「あぁ、ごめん。呆けてた。うん、帰ろう」
へらりと笑って誤魔化して、伏せたままの紙をぐしゃっと鞄に突っ込んで席を立つ。
いつもの調子で道明が肩を組んできた。
心臓がドキッと跳ねる。もし心臓が外付けだったら、心の波が荒ぶれる様子できっとこの混乱がバレバレだと思うので、心臓は内臓であるという人体の基本構造と、ここまで立派に育ててくれた両親に、教室の中心から感謝の念を送る。
オメガ……親に捨てられることもあると聞く。
ベータの両親が発狂しないことを願うばかりだ。
アルファの道明、オメガの翠。
道明のイケメンっぷりと出来過ぎ君っぷりから、翠には、第二性という壁が自分と道明の間にきっと生じるだろうことは分かっていた。
ただ翠の性が予想外だっただけで、どちらにせよ壁は存在する。
たいして考えていなかった自分のこれからを、大真面目に大急ぎで考えなければ人生手遅れになる、将来が詰む。第二性の面から再検討しなければならないだろう高校受験、大学進学。明日か明後日か一年後か三年後か、おそらく訪れるのであろう発情期に、ベータよりもきっと不利になるだろう就職。差し当たって、帰宅したら親に報告して相談して医者にかからなければならない。オメガであるなら、今後の生活には抑制剤が手放せなくなるだろう。発情期……それに、出産とか、未知過ぎて恐怖。親は何と言うだろうか? 悲しむだろうか、怒るだろうか。パニックになってしまうかもしれない。仮にワニワニパニックにまでは至らなくても、決して、翠のこの結果を喜ぶことはないだろう。
すぐ横の、機嫌良さそうなニコニコ顔の道明に、翠は舌打ちしたくなった。人の気も知らないで……とイラッとする気持ちがふつふつと湧いてくるが、知られても困るので我慢する他ない。
目が合うと、眩しいくらいの笑顔を見せる道明……カッコ良さが憎たらしい。
翠も、夢の中でのバイト経験で培った無料の笑みを返しておく。
こうして、道明と並んで歩けるのもあとほんの少しの間なのだろう。
今はまだ、この距離がいい。
第二性の壁に阻まれてしまうまでは、このままで。
中学卒業までか、第二性がバレるまでか、発情期が始まるまでか。
残された限りある時間を、翠は道明と共に歩こうと決めた。