一、悪い子になるから開放して!
清らかな乙女こそ、聖女?
美しい心を持ったヒロインが、聖女?
特別な力があれば、聖女?
……あなたは騙されてるんじゃないですか。くっ……聖女なんて笑わせますね。冗談じゃない。夢見過ぎじゃないか。まさか本気で信じてるの?
聖女だなんて、一体誰が決めたんですか!
絶対に認めませんもの!
【闇堕ちしそうな聖女の苦痛】
ふうん。今日は我が国の王城にてダンスパーティーがあるんですってね。そのとき、王子側が正式に私と結婚するって発表するんだって。莫迦みたい。
外の世界は憧れていたけど、怖いし。王子に会うために行くつもりなどありません。
そんなのを快諾するほど私は甘くないわ。
顔もしらない人間に捧げる身などありはしないもの。
私は貴族のひよっこ娘だ。長女で今は十六。家では紅一点、だから周囲に無駄に贔屓されて……果てに聖女として王子と結婚しなさいなどと、いい加減にしてもらいたいものだわ。
――聖女の称号は、稀なる魔法の才能、誰もが惹かれる美しさ、地位的にも能力的にも秀でている者に与えられる。この称号を弱冠七歳で掴まされたが為に、今も絶望が継続しているのです。私、こんなものいらないわ! もう嫌!
私はシャイン・ムーンローズ。毎朝莫迦兄達に、輝いてるね、とか言われるのは名前のせいね。懲り懲りです。
はぁーー誰かに一度くらいは嫌われたいなぁ。皆散々甘やかしてくるけど、本当に私の気持ちを分かってくれる人なんていない。結局独りなのよ。信用できる人間も、私に意見できる人間さえいないのだから。
私、道具とか財産とかは恵まれているし、お金には不自由はしないでしょう。でも、心から欲しいと願うものに出会えないまま。
私は今までずっと、本以外で外の世界を知らなかった。家族は私を家から出さないために、閉じ込め続けていた。
会いに来るのは限られたメイドと家族のみ。とても寂しかった。しかもメイドとの口利きも禁止されている。
家族のほうは、私を大切にしているつもりでしょうが、そんな愛情いらないの。
私はここから出たいと何度も皆を説得しようとしたけど、取り合ってなんかくれず、ただ時を待てと。
もう家の魔法百科も全て読んで会得したし、退屈しのぎもできやしない。悪のすすめの本とかないのかしらね。すごーく退屈。祈りで傷を癒やし、強烈な高等魔法も使えるけど………………家では魔力封じの腕輪を右手につけられ自力で外すことができない。故に私は無力。
あとはベッドでごろごろするか、ペンを握って暇つぶしするか。食事はこの自室で、独りで食べるしかなかった。その上窓はないし、唯一の扉は常に施錠されているし! 不愉快極まりないわ。私をいじめて楽しいの? 呆れて怒る気力も起きません。
頼れる存在がいれば……とか。自分で人生を選択したい……とか。独りで何度も泣きました。
…………友達が欲しい。この檻から抜け出したい。この悪夢から覚めたい。
そうずぅっーと思っていたけど、ついに開放される……望んだときがようやく巡ってきたと喜んだ先日。同時にもたらされたのは、驚くべき話でした。
「シャインよ、第一王子に嫁げ。反論は許さん。逆らえば」
「…………!!」
私は家内に隔離されていて、ようやく部屋から出るのを許され呼び出されたのは、父の執務室でした。
父は高価な机をどんと叩き、豪華な椅子を立ち上がりました。
その横に、首元にナイフを突きつけられたメイドがいました。怯えた表情で震えているのは、いつも私の元へ食事を運んでくれた優しい雰囲気のお姉さんでした。
これは脅し……私を従わせるための人質…………良心につけ込むなんて……。でも、今私にできるのは無言で頷くことだけ。私を孤独で弱く脆くしてから縛りつけ、今度は心まで奪うというのですか?
逃げたかった……でも歪んだ父の恐怖に打ち勝てず、ダンスパーティーを断ることもできませんでした。私は俯いて非力さを恥じるばかり……また大切なものを失いました。
悲しいと零せる涙も、今を変える勇気も。素直に喜べる気持ちも、笑みも…………全て奪われた。
ああ、本の世界からでもいい。救世主がいるなら、私をかっさらってちょうだい!