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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

峠の林檎

作者: Cedar


 死ぬ気で走った。あいつが死んでしまったかもしれない。


 冷たい雨が蜂の群れになって泣きっ面を洗う。路面一面の雪も全身を雨に打たれ泣いていたところを、私は何度も激しく踏みつけたり蹴飛ばしたりした。そいつらは血相を変えて飛び上がり、私の靴の隙間に潜り込み、両足を悴ませた。


 邪魔をするな。私は今、一秒でも速く走らなければならないのだ。


 いくつかの上り坂で息を切らし、無数の下り坂の度に転び、転がり、ガードレールに頭を殴られたりして止まった。突然ガードレールが膝を殴って、急カーブの存在を教えたことも沢山あった。


 このガードレールの向こう側は死であろう。崖か、川か、無数の枝で切り刻んだ後に突然何かしらの方法で人を殺す猟奇的な急斜面か。そんなことは分からない。雨が耳を塞いで、暗闇が目を塞ぐからだ。そしてそんなことはどうでもいい。もう私は私が死ぬことを気にかけている余裕もないのだ。身体が無くなって魂だけになった気がしたまま、永遠に走り続けた。


 光が見えた。無数の雨粒を映し出してその一つ一つを煌びやかに輝かせている優しい光だというのに、冷たい暗闇の中の熱く激しい光だというのに、永遠の暗闇を走り尽くした果てに見つけた光だというのに、私はあの光に雨一粒の希望も感じない。


 緩んだ歩をそれでも進めた。膝を殴られた。立ち止まると、光は私の鼻の先のあるものの存在を教えていた。


 光の健闘むなしく、私はそれの理解をなおざりにして向けるべき場所に視線を向けることを急いだ。しかしできない。それがあまりにも不思議なのだ。私の中の無意識が、それと眼球を釘付けにする。




 枝の先に吊るされた、林檎によく似た果実である。いや、果実ではない。無色透明で、空っぽで、冷たそうで、溶けそうで、壊れそうで、綺麗で、死んでいるようだった。




 雨水が表面を洗い流すと、それに合わせて光沢も蠢いた。死んだ林檎の体の隅々を、水も光も生き生きと、踊り尽くして落ちていく。触れたら人肌に負けて穴が空いてしまいそうだ。寸分でも揺らしてみたら突然姿を消して、硝子の断末魔が雨音に揉まれて消えてしまうだろう。ならいっそ掴んで一時でも私のものに。そんな願望は一時も叶わずに一瞬で玉砕するに決まっている。両手で優しく包み込めば、雨水と共に消えるだろう。


 突然眩しくなった。眼光の視線が林檎から私へと移り変わったのだ。ガードレールの向こう側、急斜面で仰向けになった獣の眼光だった。


 一度だけ心臓が胸板を殴る。黒のロードスター。もう片方の眼は光らない。四肢が夜空を無様に仰ぎ、全身を傷だらけにして潰れている。


 疲弊して震える脚でガードレールを乗り越えて、急斜面の殺意に逆らいながら近寄った。正面に立った。うつ伏せになった。亀裂まみれのフロントガラスを覗き込む。


 激しい鼓動が止まらない。浅い呼吸が止まらない。手足の痺れが止まらない。獣が私に応えるように室内灯を光らせて、見えた。




 フロントガラスに描かれた亀裂や血飛沫や雨水の蠢きが私の水晶体に投影される。そしてその向こう、その華奢な身体、その白紙のような肌の隅々に視線を走らせて感じた。







 絶対に死んでいる。







 獣も死んで、何も見えなくなった。




 私は転がっていた。無数の枝に全身を切り刻まれていた。







 夢は滅茶苦茶なものである。


 ある時、私には男根が生えていた。我が家の見なれた廊下で震撼を抑えながら後ずさる。しかし、親父は容赦なく私に詰め寄りながら、歩を進める度に上がる膝小僧を、私の露出した男根に何度も押し当てた。親父は少し圧を感じさせる顔で私の目を見続けていた。


 ある時、私は我が家の見慣れた庭で突っ立っていた。隣には実家に逃げたはずの母親が立っていた。目の前の見慣れた小さな車庫から見慣れたバイクに乗った親父が出てきて、そのまま道路に出てどこかへ行った。時間が経ったのか経っていないのか分からない感覚の中、突然バイクに乗った親父が車庫の前に現れていたことに気付いた。親父は真顔で私達と視線を合わせ、どこからか拳銃を取り出していた。ヘルメット越しの顬に銃口をコツンと当てて、表情を変えず、視線を変えず、引き金を引いた。


 ある時、私は高卒で就職し、新居で一人暮らしをしていたらしい。寝室は壁一面がガラス張りになっている。消灯後、就寝前のスマホを弄るルーティンに弄ばれていると、寝室の扉が開かれて鬼瓦のような顔の親父が姿を見せた。止まない説法による止まない恐怖に涙を堪える裏で、スマホの光が外に漏れない方法があったはずだと、考えを巡らせながら後悔していた。


 このように、夢の中では時、場所、人物、物、心理等に現実との改変が施される。夢の中の主観はそこに違和感を認識せず、疑問を持たずに振る舞うものだ。


 そして時、場所、人物、物、心理等が脈絡なく変遷する。夢の中の主観はその変遷に脈絡があると認識し、疑問を持たずに振る舞うものだ。


 しかし、先程の夢の中で私は私だった。あいつはあいつだった。一日一日を確実に踏みつけたり蹴飛ばしたりして、私とあいつは心を一つにして、そして心を変えずに生きていたように感じている。


 その夢の内容を全く思い出せない。どうせ私は某国民的キャラクターに突然変身しているだろうし、あいつは親父に突然変身しているだろう。瞬きをしたらババアとジジイになっていて、ブラックホールの活用法を議論しているに違いない。思い出した時、その滑稽ぶりが私の退屈を晴らすだろう。


 眠気が若干引いてようやく寝床と暫しの別れを告げた。最後の夏休みの直前、一学期終業式の朝である。私は佐藤佳凛(さとうかりん)。一般的な女子高生である。







 結局その日、私の退屈は晴れなかった。唯一雲間から見えた光は、あいつの背中から発せられていた。


 夏休みの直前に配布される書類の量は本当にいかれている。教師が最前列の机を左右に何度も往復し、我々は何度も腰を捻り後ろの席まで腕を伸ばす。これがいつまでも終わらないのだ。


 いつの間にかそいつは机に突っ伏していたが、流石に同情に値する。そのうえ最前列の中央に留置されているとなれば、もはや言葉として体現はできない。


 また教師が来た。そいつの目の前に立って、一直線に遠くを見つめる。その列の人数を確認し、左手の山盛りの書類から、人数分の書類を右手で採掘した。右手の書類を机上に転がった小さな頭に、ポンポン、と二回当てる。頭はムクムクと浮かび、どこからともなく現れた両腕が書類を掴むと、一枚だけ左手に収め、残りの書類を掴んだ右腕を私の目の前に突き出した。


 なんと綺麗な右腕だろう。白く、滑やかで、細い。女性的な弱さで形作られた腕ではあるが、腕を伝う血管と筋肉のわずかな膨らみが男性的な強さを少しだけ感じさせる。


 あの端麗な顔とセットで拝みたいところだが、机上とにらめっこを止める気配がない。学校中の女性を凌駕する輝きを放つことで万人の接触を拒む長い髪のカーテンが徹底的に顔を隠してしまっている。


 右手から書類を引き抜くと、指の内側関節周辺に住まうタコ達と目が合った。周辺の皮膚がうっすら赤く、タコ自身は凝固した小さな血液を持って身構えて、こいつらもまた接触を拒んでいた。


 ホームルームが終わった教室の中で突然夏休みが始まった。声が教室の中を複雑に飛び交う。そいつは声から逃げるように、足早に教室を去ろうとした。私はたまらなくなってそいつを声で振り向かせた。


「ねえ」

「何?」

「その手、大丈夫?」

「え?」

「指にタコできてるじゃん。大丈夫なの?」

「うん。大丈夫」

「すごい真っ赤だけど、どうしてなったのそれ」

「……あれだよ。ガンシューって知ってる? ゲーセンにあってさ、銃で画面撃つゲーム。あれやりすぎた」

「なんてゲーム?」

「……ブラストバスターズ。知らんでしょ」

「へぇ。私あれ好きだな。ペダル踏んで隠れたり出たりするやつ」

「……?……ああ、あれね」

「でも皮膚科行った方がいいよそれ。痛いでしょ」

「おん。行っとく。じゃあ帰るわ」

「うん。またね」


 私の声に一度躓いたそいつは必然的に沢山の声に絡まってしまった。そのほとんどが夏休み中の男子同士としての一般的な交友を持ちかけているが、その裏の魂胆と性欲が左右に震えて見え隠れしている。


 乳臭くてイカ臭い下衆達の相手をするきっかけを生んでしまったことを申し訳なく思ったが、それらの野望を躊躇なくあっという間に全て爽快に吹っ飛ばしていたので、そこまで負担は大きくなかったのかもしれない。


 そいつはいわゆる男の娘というやつで、七海剛従(ななみたけより)という名を持つ。







 外の燦々とした明るさを気にも留めず、私は寝床と感動の再会を果たした。その抱擁に身を任せながら枕を抱擁し、スマホと一体になって動画サイトを徘徊していると、車が砂利を踏み荒らす音が外の深々とした暗さを気づかせた。


 落ち着いて体を起こし、カーテンを閉めて、照明を点けて、スマホの電源を切って、机上に宿題を並べ、椅子に座って、ペンを持って、立ち向かった。


 重い足音が玄関を通過し、階段を上り、廊下の床板を軋ませながら近づいてくる。


 部屋の中にノックの音が響いた。中指の骨と扉の木が激しく二回共鳴し、脊髄が私の全身を強打する。


 扉が開いた。


 私は振り向かずに宿題に立ち向かって見せた。しかし、背後の視線がいつまでも剥がれない。背中が爛れ始めたようにすら感じた私は耐えきれなくなって、振り向いた。


 親父の顔だ。


 見せつけるように、ゆっくり、大きく、二回頷いた。静かに扉を閉めて、どこかへ行った。


 しばらく宿題に没頭していると、カーテンの隙間から藍色の窓が見えた。小さな鳥のさえずりが近くを横切り、大きな鐘の音が遠くで響いた。


 意識が宿題から少し遠ざかる。あっという間にカーテンの隙間が輝き出したが、カーテンを開けることも照明を消すこともしなかった。


 重い足音が階段を上り、廊下の床板を軋ませながら近づいてくる。


 部屋の中にノックの音が響いた。中指の骨と扉の木が激しく二回共鳴し、脊髄が私の全身を強打する。


 扉が開いた。


 私は振り向かずに宿題に立ち向かって見せた。


「じゃあお父さん一週間東京行ってるからな。腐るほどお金あるんだから、たまに外出て体動かすんだぞ。」


 その気は毛頭なかった。


 朝食を忘れたまま宿題を進めて、昼を回って流石に腹が減ったため適当に冷蔵庫の飯を食らい、午後からのパフォーマンスを上げるため昼寝を始めた。


 夏休みの宿題の六割が完了し、残すところあと四割である。







 スマホの画面は二十三時を示していた。


 明日は記念すべき最後の夏休みの最初の一日だというのに、なかなか寝付けず英気を養えない。


 いや、違う。


 終業式が終わり家に帰り夜になり寝床に倒れているわけではない。私は昼寝をしていた気がする。


 突然、脳が畳み掛けてきた。終業式が終わり帰宅しスマホに弄ばれ夜になり親父が帰ってきたので宿題を始め徹夜して朝親父が東京へ行っても宿題を続け昼飯を食って昼寝をしたら今に至るらしい。


 約九時間に及ぶ昼寝だ。そこから寝付けるわけがない。


 記念すべき最後の夏休みの最初の一日を誰もが誰かとはっちゃけて過ごすだろうが、私は宿題と睡眠で埋めてしまっていたのだ。


 仕方がないので宿題を再開しようとした時、私の体は今までにない反応を示した。日光を欲したのだ。ちょうど今、窓が黒いことを惜しんでいるのだ。


 それに対する困惑や心配と同時に、抑圧によるストレスのようなものと、今すぐどこかへぶつけたくなるような興奮を感じた。


 シャワーや軽い身支度を済ませて、なんとか最初の一日に家を飛び出した。


 しかし案の定、何もないのである。古い一日が死んで新しい一日が生まれる瞬間を目前にした街は、まるで死んでいるように眠ったまま私に何も見せてくれない。


 光が見えた。コンビニの光である。唯一の光に特大の希望を感じ、蛾になったかのように吸い込まれた。


 しかし、昼も夜もコンビニはコンビニだった。人が全く見当たらないこととやたら品が薄いこと以外、昼のコンビニと何も変わらないのである。


 寝起き且つシャワー上がりの体にカフェインと水分を流し込みたくなったので、氷がみっちり入ったカップを手に取った。


「いらっしゃいませー」


 裏から店員さんが出てきた。仮眠を邪魔したことを申し訳なく思いながら、カップをカウンターに置き、決済端末にスマホをかざした。


 なみなみと注がれたキンキンに冷えたコーヒーを片手にコンビニを出ると、夜空に光の粒がポツポツと点在していることに気づいた。夏の虫がうるさいことにも、異様に蒸し暑いことにも気づいて、たまらずストローと接吻した。コンビニの光に釣られる最中、私は相当に視野を狭めていたらしい。


 駐車場にはそれなりの台数の車が並んでいる。その中で強烈な存在感を放つ車があった。律儀に初心者マークを身につけた、黒くて小さいスポーツカーである。




 一度だけ心臓が胸板を殴る。




 デジャブに溺れて息ができない。




「うおっ。この時間にコンビニは意外」


 後ろの声に反応して上半身が捻れた。




 七海だ。




「意外って?」

「起きてる時は勉強だけして早寝早起きしてるイメージだった」

「そんなに真面目じゃないよ。でも実は宿題半分以上終わってるんだよね」

「えぇ!? 真面目じゃん」

「真面目じゃないよ。夏休み明けの学力テストあるでしょ。あれの勉強も夏休みの最後の一日しかやんないし。それまでずっとゲームしてると思う」

「一日であの宿題半分終わらせて、一日勉強するだけでいつもテスト一位なんだ……やっぱエグいわ……」

「誰も勉強してないだけだよ。七海君だって一時間勉強すれば二位だし、二日勉強すれば一位になれるよ」

「うわぁ。真面目な奴の思考回路だあ」

「そう?」

「テスト勉強どころか宿題終わらせられるのが奇跡だよ普通」

「真面目じゃないよ。私結構だらけてるよ」

「頭良いし、他の女子より結構大人しいじゃん。求人票の写真撮りまくってたりして。真面目に見られてるよ。逆にだらけてるとこ見てみたい」

「確かにうちのクラスの女子はテンション高くて絡みづらいわ。猿みたいで。七海君くらいのが丁度いい感じする」

「……」

「……」

「……」

「すごい車だね。高かったんじゃないの?」

「いやこれ……ちゃんと初心者マーク貼ってるし、免許も取ってるからね」

「私真面目じゃないから、チクリ魔じゃないよ。嫌いな奴だったら腹いせにチクッちゃうけど。私だって無免許運転するかもよ。お金も興味も無いからやんないけど」

「免許はホントに取ってる。ほらコレ」

「……真面目じゃん」

「車は派手だけど夜中普通に安全運転するだけかな。俺の趣味」

「へぇ。お店どこもやってないのに?」

「運転を楽しむっていうか」

「昼で良くない?」

「夜型なんだよ俺。夜は邪魔な車も少ないし」

「なんかタイヤの溝浅くない?」

「タイヤって消耗品なんだよ。結構走ってるとこうなる」

「高校三年の夏休みでしょ? もうこんなになるの?」

「安いタイヤなんだよ」

「ドラレコ? カメラつけてるんだ」

「……暗いのによく見えんな」

「そのタコ、クラッシュバスターズやりすぎたせいだっけ?」

「そうそう」

「バーストバスターズじゃなかったっけ?」

「間違えた。そうだった」

「残念! ビーストが正解でした。しかも今あの骨董品は現存しておりません!」

「……?」

「何も聞いてないのに、『普通に安全運転するだけ』って言ってたよね」

「……知ってんの? 怖いんだけど」

「七海君のことは知らない。でもニュースで見たことあるよ。峠の猿達っていうの。気になって鎌かけちゃった」

「えぇ……なんか怖すぎて引くわ……」

「ごめんね。……なんか暇だなあ」

「そろそろ帰って寝たら? 俺はこれからだけど」

「学校から帰って夜通し宿題やって、今日の昼に寝て、今起きてコンビニ来たとこだから寝れない。暇だからこれ乗せてよ」

「……誰にもチクらない?」

「私真面目じゃないから。嫌いな奴なら腹いせにチクるけど、そうじゃないならチクる行為自体がめんどいかな。楽しくてバレないことなら犯罪だってやっちゃうし、余程の得があるなら人殺しもやっちゃうかもよ」

「……そっか。分かった。面白いもん見せてやるよ」


 初めて見る車だが、慣れた素振りで助手席に座った。


 車の発進と同時に新しい一日が始まった。


『七海くんのことは知らない』


 と会話の中で発していたが、嘘である。


『知っている』


 と言っても嘘になる。


 知っている気がしたことが、私が火打ち鎌を手に取る理由になった。


 この車の行先で、きっと何かが分かるだろう。車が闇に溶けていく。




 車は山登りを始めていた。左右にうねる峠道を若干乱暴に駆け上がっていく。


 ガードレールの至る所に男が数人で固まって張り付いていた。峠の猿達である。黒髪や金髪、ボサボサの奴もいればワックスでバキッと固めた奴、黒縁眼鏡の奴と夜なのにサングラスかけてる奴、Tシャツ一枚の奴とギラギラの革ジャン着た暑そうな奴、中坊からおっさんまで、猿の風貌は様々だった。その猿全てが私たちに注目していた。


「この辺かな。そこのガードレールの向こう側に立ってて。しばらく待たせることになるかもしれないけど、後で迎えに行くから」


 車は緩いカーブの真っ只中で止まった。ここだけやけに道が広くて、猿がいない。カーブの内側の車線の向こうには、広めのスペースに二台の自販機が設けられている。


 車を降りて、カーブの外側を伝うガードレールを乗り越えた。ぞっとした。三歩、いや、二歩進めば急斜面が始まる。ここから二歩踏み出すと私は死ぬのだ。木にしがみついた。


「大丈夫?」

「こっわ。大丈夫」

「後で俺が一回ここ通ったら道路の中戻っていいから、それまで気をつけてね。その後絶対に迎えに行く。」

「分かった。待ってる」


 車は窓を閉めながら、あいつを連れて登山を再開してしまった。


 両手でガードレールに全体重をかけて天を仰ぐ。肺に空気を詰め込んで吐き出した。数多の車が呆れるほど汚しているはずなのに、空気はすっかり澄んでいた。


 満月という名を冠されるべきではないだろうが、歪な満月が眩しかった。木陰が無数に生えている。月明かりが眩しいというのは真実であった。


 星が天空に満遍なく点在していることにも気づいた。都会の光が星を消したというのは嘘であった。


 目を閉じて耳を澄ますと、木々のざわめきと川のせせらぎの爽やかさを、夏の虫と峠の猿があちこちで喚いて荒らしているのを感じた。足音が近づいてくるのも感じて、瞼が開いた。


「お嬢さん家帰んなよ。遅くまでここで何してんの」


 小太りの汚いおっさんが車道を歩いていた。


「……走り屋を見に来ました」

「うん。あのなぁ。そんなのここにはいねえぞ。走り屋だか何だか知らないけど早く帰んなさい」

「もうしばらくしたら帰ります」

「いやいや。あなたみたいなのがこんなとこでこんな遅くまでいちゃだめでしょう。とりあえずもう帰んなさい」

「放っといてくれませんか。しつこいと警察呼びますよ」

「分かった。俺もう行くから。あんた帰ってくれ頼むから」

「走り屋だけ見たら帰りますから」

「いねえんだって! ここにいてもなんも来ねえし警察呼んでもなんもねえから意味ねえよ!」

「警察呼びましょうか。セクハラでっちあげて走り屋もチクりますよ」

「んああもう!! なんなんだよ!!」

「走り屋だけ見たら帰りますから。通報も何もしないので。お願いです。放っといてください」

「分かったよもう! 放っとくから!」


 おっさんは背中を見せた後、すぐに出腹をもう一度見せて、口角を横に伸ばした。


「お嬢さん。実は俺ら賭け事やってんだよ。どっちの車が勝つかっての。やってかない?」


 唐突すぎて少し硬直したが、私は勝手に答えていた。


「やります」


 おっさんのスマホに表示されたQRコードをコミュニケーションアプリで読み取ると、おっさんがフレンドに追加され、私はとあるグループトークへ招待された。


「お嬢さん。それでギフト誰かに贈ったことある?」

「あります」

「それ俺個人にギフトで送ってくれれば賭けたことになるから。コメントにどっちに賭けるか書いてな。おすすめはロードスターでよお、あんたと同じような女子高生が乗ってんだよ。知り合いなんじゃねえの? いいか。高校生活はあっという間だぞ。パァッとデッカい思い出作んなさいよ」


 足早に去っていくおっさんの背中から視線を逸らし、トークルームを開いてみた。おっさんによる五分おきのオッズ発表の隙間で、今日の賭博はある種の盛況を見せていた。


「ルーラーです!! 今日のレースは、まさじーさんのR32VS双葉マーク女子高生のロードスターです!!」

「いちこめ」

「地獄で草」

「誰が賭けんのこれw」

「神業とサーカスをタダで同時に見に来てるだけなの草」

「最低幾らから賭けられますか」

「千円」

「女子高生やめろそのうち死人出る迷惑」

「ここで言っても意味無い」

「ルーラーです!! R32は一倍!! ロードスターは一倍!! 頼むから誰か賭けてください(笑)」

「草wwwwwwww」

「笑」

「なんで誰も賭けないんですか?」

「一倍だから」

「両方に賭けてくれないとルーラーに儲けが出ないから、片方に誰も賭けないレースはオッズ一倍でも半減されて戻ってくるシステム」

「サンクス」

「詐欺じゃん。クソルール乙」

「グループのノートとかルーラーのプロフィールちゃんと見ろ」

「ルーラーです!! R32一倍!! ロードスター九百倍!!」

「誰か千円くらい賭けてて草」

「ロードスターに千円賭けようずw」

「ルーラー可哀想で草」

「賭けんわwwwwwwww」


 グループのトーク履歴をしばらく遡ってみると、あいつのデビュー戦に辿り着いた。六月中旬に突如登場した双葉マークの女子高生。その衝撃に対する若干の期待がオッズで体現されていた。


 しかし、あいつの走りがそれらを派手に吹っ飛ばした。魅せるドリフトである。


 博識な猿の筆録によると、ドリフトは二種類に大別される。地味ながら速いドリフトと、遅いながら魅せるドリフトである。あいつは後者の極端な達人らしい。速さを競うこの世界であいつは孤立し、魅せる度におっさんの懐を乾かした。


 つまり、私は鴨にされたのだ。突如峠に現れた無知で好奇心旺盛な女子高生の財布こそ、砂漠と化した懐に雨をもたらす引き金になるであろうとおっさんは考えた。


 人の手の内に留まることは気味が悪いので退こうとしたが、嵐の予感で立ちすくんでしまった。


 今、私のスマホには約三十一万円ほどの大金が詰め込まれている。学業で好成績を収める度に弾んだお小遣い、社会勉強と暇つぶしのおまけで貰ったバイト代、他人同然の親戚の群れから毎年盛られるお年玉。私には使い切ることが出来なかった約十七年間分の数字だ。


 そして私はもうすぐ社会人になる。月給を束ねて、ボーナスを積んだら、三十万円など端金に違いない。


 そして何より、胸騒ぎがするのだ。雨どころか嵐を起こせる。私だって、何もかも吹っ飛ばせる人間になりたいのだ。


「ルーラーです!! すごいことになりました!! R32二百七十・九倍!! ロードスター一・〇〇一五倍!! ロードスター大人気です!! オッズ確定まであと五分です!!」

「マ?」

「うっせやろ」

「ざわ……ざわ……」

「エグいて(笑)」

「誰だか知らないけどお小遣いをありがとうw」

「なんだこれはたまげたなぁ」

「じーさん一・一倍くらいになりそう」

「なんこれ」

「ただの事件で草」

「間違えて賭けたんやろ」

「ルーラーです!! オッズ確定しました!! R32一・〇三倍!! ロードスター十四・六二倍!! もうすぐバトルが始まります!!」

「大荒れやんけ」

「思ったより稼げなかったわ」

「三万円ごちそうさまw」

「百万ぶちこんだんかw」

「これでじーさん負けたら草」

「あくしろよ」

「俺この戦いが終わったら童貞卒業するわ」

「誰か車になんか仕組んでそう」

「ルーラーです!! バトルが始まります!! カメラとマイクをミュートにしてビデオ通話に入ってください!! 車窓カメラの拡大表示をお忘れなく!!」




 男が右腕を天空に伸ばし、そのまま大袈裟に振り下ろした。


 二台の黒い車が唸りを上げて動き出し、それぞれが左右から男を躱して猛進する。


 スタート直後のストレートで既に力の差が露呈した。大きい方が小さい方を突き放していく。


 先行の大きい方に突然右カーブが迫ってきたが、茶飯事の如く対応を始めた。信じられない速さで綺麗に曲がっていく。車があんな速さでカーブを曲がれるなんて知らなかった。


 続く小さい方にもカーブが迫る。突然車が向きを変え、右側の壁と対面した。車は自分が向いている方向ではなく、左に向かって蟹走りを始めた。壁が切れて視界が開けると、車道が目の前に真っ直ぐ伸びた。遠くに大きな車の赤いランプが見える。小さな車の左への慣性が無くなっていく。進行方向が正面へと遷り変わった。


 凄すぎる。車があんな動きをするなんて信じられないし、私が見間違えたのかもしれないと思ったが違った。あいつは半分死んでいたのだ。そして誰も止められない。私も酔い始めていた。




 ストレートで徐々に差が開き、いくつかのカーブで一気に差が開き、いよいよ二台がここに来る。


 轟音がスマホのスピーカーから現実へと遷り変わっていく。


 現実で光が迫ってくる。


 怖い。


 木にしがみついた。


 顔を上げると、いつの間にか目の前にいたのだ。巨大な鉄の塊。瞬きをすると、既に去っていた。


 千キログラム超えの鉄塊が理解できない速さで通過したのだ。私は死んだのかもしれない。


 息付く間もなく次の光が迫る。小さな獣の眼光だ。次の瞬間、時間が止まった。眼光が曲がるべき方向の逆を向いたのだ。ミスった。事故だ。あいつが死ぬ。私も死ぬ。




 冷たい雨が降った気がした。




 突然、時間が動き出した。車の向きが一瞬で変わったのだ。曲がるべき方向どころか、眼光が自販機を照らしたのだ。バグだ。バグである。挙動がバグった。


 そのまま蟹走りが始まった。獣よ喉でも乾いたか、自販機に視線を輝かせて離さない。獣の雄叫びとタイヤの悲鳴が混ざり合う。音を上げても前輪だけは進むべき方向を向く。獣の尻が一瞬ガードレールに触れそうになる。排気口と後輪が私に牙を見せる。眼光が自販機から逸れていく。獣の左への慣性が無くなっていく。進行方向が正面へと遷り変わった。そのまま獣は去ってしまった。


 胸が苦しい。私は呼吸を忘れていたことに気づいた。私は魅せられてしまったのだ。




 時間が経っていた。呼吸が整ってようやく戻ってきた意識がスマホの画面に向かう。二台の差は止まることなく開き続けていた。


 先行の鉄塊に左カーブが迫る。鉄塊がわずかに左を向いた時だった。一瞬、画面が暴れた。鉄塊が勢いよく右に回り始める。四肢が初めて上げる悲鳴がスピーカーから響いた。ガードレールが右から左へ一気に流れる。そして止まった。


 鉄塊はカーブの真っ只中で、行き先を背にして佇んでしまった。そこに獣が迫る。


 小さな獣はカーブの入口にたどり着くと、また取り憑かれたようにタイヤを滑らせた。そしてあっという間に鉄塊を躱して去った。




 獣が戻ってきた。弄んだばかりか二度も奪い取った私の意識を返しに来たらしい。窓からあいつが顔を見せていた。


「おまたせ。下でギャラリーにゴネられて遅くなっちった。賄賂とかイカサマとか、なんか色々言われてさ。でも後から来た32のおっさんがガチギレして、『うるせえ!! 俺の負けだよ!! 歳とりゃミスって事故んだよ!! 帰れ!!』て言ってくれて。あと、あれハザード焚いてパッシングしてクラクション鳴らしてくれたんだけど、してくれなかったらワンチャン事故ってたかも。おっさんがホント聖人すぎた。なんか流石に人生初勝利の実感が湧かないなあこれは。……なんで泣いてんの?」

「……え?……怖かったからかな。すごいもん迫力が。死ぬかと思った」


 半分だけ嘘をつきながら涙を拭った。


「ごめん。無理に連れてきちゃって」

「全然大丈夫。来て良かった。かっこよかったよ。夢中になっちゃった。……なんか喉渇いちゃったな」


 ガードレールを勢いよく飛び越えて、自販機に早歩きで迫った。


 並んだ二台の自販機の片方はあまりに異質だった。酷く錆びていて古めかしい。そして細い。細すぎて横に五列しか商品を陳列できていない。


 商品は一種類で、三百五十ミリリットルの銀一色の缶のみ。なんと一缶五百円。


 これだ。これにしよう。


 しかし、どこにもスマホをかざせそうにない。その代わりに現金の投入口があった。レトロゲーム以外では初めて見た。


 現金に触れた手で飲食物を購入するのは気が引けるが、その心持ちに対しオーバーに驚いてみせるのが古人の自慰なのだ。私は別に気にしないぞ。


 五百円玉を勢いよく突っ込んだ。装置内を巡って、返却口から勢いよく姿を見せた。それを三回繰り返し、埒が明かないので百円玉を五枚入れる。年齢確認もないのかこれ。


 ゴトン。


「すげぇ。マジで買うとは」


 いつの間にか隣にいた。


「どんな味が気になってたんだよね。試しに買っちゃった」

「俺はまだコーラでいいや。現金持ってないし。あとなんか酔っ払って帰り事故りそう」


 ゴトン。


「祝杯も揃ったし、乾杯しようよ。私たちの初勝利に」

「おう。乾杯」


 私が抱擁していた樹木を獣の眼光が照らす。赤い蕾がいくつか見えた。


 勝者は一人の走り屋だけではなく、その隣にもう一人いる。そいつは相当に悪趣味で、阿鼻叫喚の巷と化したトークルームを遡り続けていた。


 しかし、ある一匹の猿の文面でスクロールが止まった。脳にこびりついてしまい、手元のアルコールでは流せそうもない。


「さっき下でロードスター乗りのJKの顔見てきたんだけど、俺たまにあの娘に手コキサロンで抜いてもらってるはww確か店は……」







「……失礼しまーす。ご指名あざーす。……は?……なんで?」

「……ねえ。やめようよ。出ようこの店」

「……無理」

「お金を工面するにもやり方があるでしょ?」

「額によってはそうはいかねんじゃないかな」

「でも……せめて仕事選ぼうよ」

「選んでこれしかなかった。ガソリンもタイヤも他にも色々と金を食うんだよ。それに……俺が生きてるだけで金が要る。何日か前に言ってたけど、お前真面目じゃないって? あれ嘘だろ。お前みたいな真面目な奴が夜更けにこんな店に来ちゃいけねえよ。帰んなよ」

「嫌だよ。あんただって嫌なくせに。その手、真っ赤じゃん。あんたはおっさんのイチモツじゃなくてハンドルを握らなくちゃダメ。強く握んの。痛がる暇も無いの。それ以上その手を壊したら、いつかあんたが突然壊れるよ」

「どうしたんだよ急に……やりたいことだけできるわけねえだろ……勝手なんだなお前って」

「今は死ぬ気で勝手しないと、死ぬほど後悔する気がする。むしろ死ぬ」


 スマホの画面を突きつけた。


「なにこれ……四十三……四百三十!? は!?」

「……どうする?」

「……これは……どういう?」

「いいよ全然。全部あげる」


 突然、扉が開いた。


「どうしましたあ?トラブルですかあ?」

「……店長。俺今日限りで辞めます」

「はあ!?……だから女の客は通さない方がいいって言ったのに……お嬢さん何やったの!? もしかして同級生!? ちょっと話聞くんで来てもら」

「すみません。営業妨害ですよね。警察に自首します」

「!?……いやいやいいので! お代もいいので……あなた達のこと学校に内緒にするからね? この件はお互いに内緒ってことで……」


 ラッキーだ。ヒントはこういう店であること、今どき現金しか使えないこと、高校生を雇ってることのみだが、上手くハマった。


 その隙に七海は荷造りを終わらせたらしい。早く店から出したくて、手を握って引っ張りながら走った。


「イテッ……俺の手汚いよ。あんまり触んない方が……」

「もうこれ以上汚さないし、放さない」

「なんか……すごいな今日のお前」

「お酒の力かな」

「また飲んだんだ」

「必要だったから。どんな手を使ってもこの手を掴みたくて。お酒で酔って自分に酔わなきゃ言いたいことが言えない。あんたと違ってチキンだよ私は」




 空は藍色と化していた。小さな鳥のさえずりが近くを横切り、大きな鐘の音が遠くで響いた。


 交通規則に回帰した車の動きは安全運転のつもりだろうが荒っぽく、店を見つけた時から未だ心臓が歪に動くのと相まって私は眠れなかった。


「女装始めたのって、ああいうところで働くためだったの? もったいないよ。すごい可愛いのに」

「いや、実はそういうわけじゃなかった。誰よりも可愛い女の子になってやる。って単に思っただけ。……家どこら辺?」

「今日は帰んなくていい。まだ親父帰ってこないし」

「お父さんのことオヤジって言うんだ」

「以外って思ったんでしょ」

「いや、全然。慣れた。むしろ超しっくりくる。じゃあどこ行く?」

「あんたが行くとこ。生きてるだけでお金が要るんでしょ。私から離れたら死んじゃうよ。それと明日の昼に皮膚科に連れてく」

「じゃあネカフェで寝る。いつも洗濯と乾燥終わるまでシャワー浴びて漫画読んだら出てたんだよな。お金勿体なくてさ。この車シート倒れないし硬くて寝づらくて。今日は久しぶりに寝れそう」

「そこって二人部屋ある?」

「え?……一緒に寝んの?」

「別にいいじゃん。お酒売ってる?」

「売ってるけどあれしかない。……なんだっけあれ。外人が日本の麻薬って言ってるやつ。強いのに飲みやすいとかでアル中量産してるとか……止めても飲みそう」

「飲みやすいんだ。ビールの匂い苦手だったから、それいいかも」







 温い。私は何かを抱いている。


 いい匂い。


 視神経から伝わる情報の整理が始まる。暗い。頭頂部が見えた。


 体全体の感触から考慮するに、これは人だ。どうすればいいだろう。昨晩の記憶を漁る。そうか。こいつ七海だ。咄嗟に一言が出た。


「おはよ」


 頭はムクムクと動き、顔を見せた。七海だ。私を見て声を出さない。進展を求めて私から問う。


「昨晩何があったんだっけ」

「……何が……?……何?……抱き枕がないと寝れないとか言って……いやその前に……手サロに凸って」

「抱き枕にして寝ただけ?」

「……?……寝ただけ……あぁ……流石にそんなことする奴じゃないって俺はわかってたよ。大丈夫」


 安心と羞恥に挟まれた。


 いやしかし、これがブラックアウトか。怖い。未成年ながら凄い経験をした。


 恐怖を中和するために、もっと安心が欲しい。そう思うと動けなくなった。


「……起きないの?」

「まだこうしてたい」

「長居すると高くなるよ」

「四百三十万あったらどれくらい居れる?」

「どんくらいだろ……死ぬまで?」







 寒い。身体中が濡れている。雨の音がする。冷たい雨が降っている。


 皮膚がビリビリする。骨がズキズキする。とにかく、全身が痛すぎる。


 体が動かない。


 呼吸が難しい。


 何も見えない。


 声が出ない。


 誰かの声が欲しい。




 死ぬ。










「起きて。また泣いてる」

「……死ぬまでとか言うからだよ。死ぬ夢見ちゃった」

「うぇ……ご……ごめん……そろそろポテト食べ放題終わっちゃうからさ……朝飯にしイデデデデデ!?」


 力いっぱい抱きしめた。


 肺いっぱいに匂いを嗅いだ。


「もう大丈夫。泣かない。ポテトどこ?」


 日光を完全に遮っているのと相まって、一面の白い壁が無機質に感じた。


 画面焼けした巨大なモニター。


 ハイスペックを謳っていそうな分厚いデスクトップPC。


 ゲーミングキーボード。


 ゲーミングマウス。


 その隣に空の缶が二個。テキーラ七杯を超える度数らしい。


 絶妙に寝づらい硬さのフルフラットシート。


 隅に放った小さなブランケット。


 脱ぎ散らかした靴の様は私らしくない。


 扉はオートロック式らしい。


 靴を履き、入室用のICカードを持って扉を開いた。




 店内は南国の高級ホテルを真似たようなモダンな内装だった。


 受付カウンターの向こう側に見える自動ドアから差す日光が眩しい。


 ドリンクバーは本棚コーナーの隙間に縫われた通路の先にあるらしい。トラブル待ったなし。そしてそれはただのドリンクバーではなかった。お椀があるのだ。お湯が出るマシンがある。ティーバッグ、乾燥レモン、お茶っ葉、中華スープの粉末、わかめスープの粉末、そして味噌等々が全て個包装で備えられている。


 ソフトクリームマシンもある。トッピングのチョコレートシロップとキャラメルシロップもある。


 大充実のドリンクバーコーナーの隣にもう一つコーナーが設けられていた。立て看板に「モーニング食べ放題!! 十時三十分まで!!」と記載がある。


 長机の上には、ビュッフェウォーマーの中で眩しく照らされたポテトと、籠の中で綺麗に並べられた食パンが置かれていた。しかし、今の私の胃では快く迎え入れることができない。トングでポテトを皿に少しだけ盛った。七海は山ほど盛った。


 ついでにソフトクリームの裏技を教えてくれた。ソフトクリーム専用の皿ではなく飲み物用のコップにみっちりと詰めると、おかわりの手間が省けるらしい。腹を壊しそうなので専用皿にしておいた。その代わり、飲み物用のコップになみなみとコーヒーを注いだ。


 その後はそれらをトレーに乗せて、数多の本棚の隙間を通過しなければならない。ネカフェを侮ってはならないのだ。


 何とか個室に帰還して、朝食で一息つくことができた。


「美味しいねこれ」

「確か外食のポテトで一番美味いらしいよ。テレビでやってた」

「あっ。これってテレビ見れる?」

「テレビ?……見れたっけか……アニメとかなら見放題なんだけど……」

「オススメ見せてよ。普段どんなの見てんの?」

「オススメかぁ……」


 焼けた画面に写ったのは古いアニメだ。作画は前時代的で、3DCGは未熟に見える。解像度もボケボケだ。




「もし今度のバトルで負けたら、走り屋やめてもらうから」


 堪忍袋の緒が切れたらしい。


 それは走り屋の日常を劇的に美化したアニメだった。


 主人公が彼女に金をねだるシーンから始まる。走り屋には金が要るのだ。再三再四と金を出してきたのだろうか、彼女が涙を浮かべている。


 この主人公、クズだ。




「でも私なら絶対ケチらないけどね。絶対」


 私は咄嗟にこんなことを言った。私も七海も困惑した。




 それから物語は進行し、敵側のヒューマンドラマを色濃く描いた後、主人公と相見える。


 相手は全国の峠を巡る遠征チームのエース。ハチロクという白黒の車に乗るらしい。


 対する主人公は、地元では名高いロードスター乗りである。


 ロードスターか。真っ赤だ。そして古めかしい形状に見える。私の知っているロードスターは、もっと今風と言うべき形状だろうか。車体が黒いと夜を舞台にしたアニメでは映えないだろうな。


 バトルが始まる。




「ねぇ。もしかしてロードスター選んだのって」

「うん。このバトルが熱くってさ。まあ結局これ負けちゃうんだけどね。免許取って親父にロードスター欲しいって言ったら、『いい趣味だ!! お父さんお金出してやるぞ!!』って言われてさ。アニオタとかは気持ち悪がるのに自分の好きな物には、いい趣味だ!! て言ってホントに買って。アニメからなのに。ウケるよな」




 その後ロードスターはハチロクの天才的なドラテクを猿真似し、間抜けな大クラッシュを犯す。


 そうか。こいつは物語の主人公ではなかったのだ。




 アニメを見て、シャワーを浴びて、不健康な料理で胃を埋めて、少し寝て、漫画を読んで、どうでもいいことを話して、結局二人は長居して、診療終了時間直前に皮膚科に滑り込むことになった。







 大層なガレージと大層な日本家屋が小さな土地で相席していた。


 ガレージのシャッターが開けっ放しだったので覗いてみたが、車は無い。その代わり、一本のアコースティックギターと一丁のアサルトライフルと三丁の拳銃、ではなくモデルガンが壁にかけられていて、ミリタリーフィギュアやミニカーが雑然と棚に並べられている。


 大量の工具や器具が整理されているのかされていないのかわからない塩梅で、いつでも車を一台迎えられるような配置をしていた。


 そこに目的の人物はいなかったらしく、七海は隣の家屋の音符が描かれた古めかしいボタンを押した。インターホンのようにも見えるが、カメラもマイクもスピーカーも無い。


 大層な引き戸の向こうから現れたのは、つなぎを着た五十路のおっさんだった。


「何!? 彼女できたのか!?」

「違ぇよ!! それより車なんだけどさ」


 そこから二人の会話は私の知らない言語で展開した。専門用語が次から次へと飛び交う。おっさんは相槌を打ちながら手元のスマホを操作していた。


 二人が楽しそうにしていること、謎の言語で置いてけぼりにされたこと、おまけに彼女未満呼ばわりときて、私はそこそこの嫉妬を覚えた。


「こんなになっちまったけどお前これ払えんのか?」


 おっさんがスマホの画面にQRコードを表示させて七海に見せた。


「わりぃ。調子乗ったかも」


 七海が私に微苦笑を見せた。


 私はスマホを取り出してQRコードを読み取ると、そこに表示された額に少し怯んだ。


「はぁ!? お前ヒモになったのか!?」

「違ぇよ!!……違わねえか」


 しかし、今の私であれば大した額ではないと言っても虚勢にはならない。躊躇が激しくなる前に支払いを確定した。


「ちょっと待ってちょっと待って彼女さん!! 返金するから!! 考え直して!!」

「大丈夫です。進めちゃってください」

「ということで俺車持ってくるけど、車庫のあそこに突っ込んでいい?」

「お……おう……いいけど……いいのかぁ?」


 七海が踵を返した後、おっさんは大人らしい不安心と抗いながらなんとか腑に落とそうと努力していたため、それを見込んで私は口を開いた。


「あの峠で賭け事やってるの、ご存知ですか?」

「あぁ、あのデブ主催の?よくサツに見つかんねえよな」

「実はあれで一回七海君が勝ちまして……」

「マジで!? アイツが!?」

「私、七海君に賭けてたんで今すごいお金あるんです」

「へぇ……アイツが……あの走りで?」

「……というより、相手が単独事故で負け判定になったみたいです。」

「あぁ、やっぱり。アイツの走りって不器用でさ、死に急いでるような気がするんだよな。危なっかしくて見てらんねえよ。」


 同感だ。それと同時に魅力的でもあるが。


「もうそろそろ高校卒業だろうに、いつまで続けんのかな。アイツ」

「……冬までは走ると思います。雨でも雪でもお構い無しに走りますよ。あいつは」

「女の勘ってヤツだな?」

「だからそれまでに、冬用のセッティングを用意しておいてくれませんか。あいつがどう振り回しても命だけは助かるような車にしてほしいんです。お金はまだまだあるので」

「おう。わかった。だが覚悟はしとけよ。人はいつどこでどんな風に死ぬかわかんねえからな」


 息が止まった。


 七海が逃げ道に目もくれず、背水に自ら片足を突っ込んでいるという実感が急に強くなった。


 曲解かもしれないが、それがおっさんの思うところであり、私に思わせたいことだったのだと思う。


「……車は人を殺すぞ。俺のダチにもいたんだよ。車に轢かれたヤツと轢いたヤツ。轢いたヤツとは連絡つかなくなっちまって。どうなったんだろうなぁ。追っかけちまったのかなぁ……」


 お互いに訪れた沈黙が余計に私を黙らせたが、寸刻の後におっさんが口を開いてそれを解こうとしてくれた。


「いきなり女装したよなアイツ。あれはビックリだった」


 初夏だった。


 過激化するダイバーシティを味方につけて、教室に存在することを難の一つもなく認められていた。そして衝撃だった。顔も体も声も女より可愛くて綺麗な女だったのだ。でも男らしい強さと優しさはそのままだった。


 始まったばかりの夏休みが濃密すぎたのだろうか、遥か昔の出来事のように感じる。


「女房にそっくりでビビったなぁ。そん時はもう女房いなかったんだけどさ。」


 体に出ないように、心の中だけで身構えた。私の親父と似た人間なのかもしれないと思ったが、違った。


「山菜採りが好きな女房でさ、天ぷらとか、酢味噌和えとか、炊き込みご飯も美味かったなあ。本当に幸せだった。けどさ」

「……?」

「熊に喰われて死んじまった」

「……」

「女房は獣に喰われるし、ダチが車で死んで、七海も車で死にそうときたら、俺こんなことしてる場合じゃねんだよな本当は。でもさぁ、辞められねんだよ。仕事はしたくなくなったし、結構金は入るし、なんやかんやあっても昔から車は好きなままだしさ。ダメだぞこんな大人になっちゃあ」

「……」


 かえって口が開かなくなってしまった。所詮は子供である。身近で誰かが亡くなった経験が皆無なわけで、その手の話には思慮が深くなりすぎてしまう。


 いや、そうではない気もする。何が何だかわからなくなって、恐らくそれが顔に出たのだろう。


「……わりぃな」


 おっさんは口角を強引に引き上げながら言った。その顔は凍てついた場を暖めるための作り笑いでもあり、調子に乗って喋りすぎることへの自嘲でもあった。


「……でも……いいと思いますよ。好きなことして生きるのは」

「……?……そっか。ありがとな」


 夏休み寸前に差し込まれた職場見学以来、それが人生を形成するうえでの絶対条件にすら思う。




 好きなことで、生きていく。




 昔、ある人物が一瞬で全世界に拡散した言葉だ。


 当時のそれはどうしようもなく弱い立場からの言葉だったと思う。大人たちは表立って、それにつられた子供たちも心のどこかで、表と裏、本性と理性が入れ替わる前、その理性の端の方で、戯言だ。と一蹴しただろう。


 時代が変わり、立場が変わり、それでもなお、変わる前のことは人々の記憶からは消えない。だからというべきだろうか、俳優、声優、スポーツ選手、動画配信者、漫画家、小説家、音楽家、アニメーター、イラストレーター、ゲームクリエイター、プロゲーマー、等々を志す者は私の同級生に誰一人として存在しない。誰も彼もがつまらなそうな将来を取捨選択する。誰かに問いかけたとして、


「私は別に無いんだよねぇ。やりたいこと。強いて言えば安定かなぁ」


 と返されるのが定型であるが、これが本当とは思えない。どうにも疑ってしまうのだ。


 そして質問に対する回答と一緒に質問が跳ね返ってくるのも定型で、


「かりんはさぁ、なんかやりたいことあんのぉ?」


 無かった。私には本当に無かったのだ。その時は。




 最後の夏休みは加速し続けた。あっという間の夏休みだった。


 あいつは走って、私は金を出して、ずっと一緒に過ごして、何度も闘いを見届けた。親父が帰ってからも、夜勤の日には隙間を見つけて家を出た。処方された薬であいつの手が綺麗になっていった。詰め込んだ金で車も強くなっていった。らしい。あいつは勝てなかった。







 車は緩いカーブの真っ只中で止まった。ここだけやけに道が広い。そして、今日はどこにも猿がいない。カーブの内側の車線の向こうには、広めのスペースに二台の自販機が設けられている。


「面白いもん見せてやるよ。そこのボタン長押ししてみ。」


 後ろから駆動音が響く。天井が後方へと退場を始めた。


 空だ。


 夏が終わる匂いが入り込んでくる。


 シートに全身を預けた。


 肺に空気を詰め込んで吐き出した。数多の車が呆れるほど汚してきたはずなのに、空気はすっかり澄んでいた。


 綺麗な満月が眩しかった。木陰が無数に生えている。月明かりが眩しいというのは真実であった。


 星が天空に満遍なく点在していることにも気づいた。都会の光が星を消したというのは嘘であった。


 目を閉じて耳を澄ますと、木々のざわめきと川のせせらぎの爽やかさに添えられた虫の声が切なく感じた。


 一本の樹木を獣の眼光が照らす。白い花が満開だった。


「……あのアニメのダメ男みたいだよな。俺。金ばっかり貰っちゃってさ。しかも勝てないし」

「あれは私たちのお金だよ。私が買って、あんたが勝って、そして生まれたお金だから、私たちが好きに使わないといけないの」

「お前はないの? やりたいこと」

「……なんだろね。私のやりたいこと……わかんないや。……貢ぐこと?好きなことして生きてるあんたをもっと見てたい。もっともっと活き活きと生かしてあげたいな。……っあ!! 宿題!!」

「えぇ!? したいこと宿題!? 結局マジメ女じゃねぇか!!」

「いやだって……あと二日で四割やんなきゃ」

「そいや俺……全然やってなかったなあ……」

「わかる。なんかあっという間の夏休みだったよね。アニメとかだとさ、最終日に家集合で宿題やるじゃん。家行っていい? てか帰らないの?」

「……俺ん家?……ネカフェでやろうよ」

「……そっか。いやぁしかし、今年の宿題はとんでもないよ。でも大丈夫。私がフォローしてあげるから」

「あぁりがてぇ。ホントに何から何まで。もうワガママ言えないね。……言えねぇなぁ……」

「月が綺麗だね」

「うん?……うん。綺麗」

「好きってことだよ」


 キスをした。







 夏休み直前、十八に満たない者も多い私たちは、その未だ幼稚な頭で将来を断定しなければならなかった。


 全求人票の束が教室の隅の棚に配置され、休み時間に生徒が寄ってたかって談笑する。そこが静まり返る隙間を何度も狙い、一枚ずつ、一枚ずつ、全てをスマホに収める。パシャ。ペラ。パシャ。ペラ。


「すっげぇ。ガチじゃん」

「流石だわぁ」

「なんかこわ」


 後ろから声が聞こえる。どういうわけか、陰口は当人に一番鮮明に届くものである。




「持ち帰れないって? そんなわけあるか。まあいいや。じゃあ先生に全部コピーしてもらうとか、写真撮ってくるとかはできるだろ? お父さんが見てあげるから」




 そう言われたのだから、仕方なかった。




「ここだよここ! 有名な会社だよここは! お父さん若い頃はここのパソコン使ってたよ! ほら給料もいいし! いいか? お前がこれまで積み上げてきた成績とか資格は武器だ! お前の大好きなゲームでも宝箱開けたら剣とか盾とか出たりするだろ? そして魔法とか覚えてスライム倒してレベルアップして強くなるんだよ! ゲームと一緒一緒!! 他人よりいい武器持ってんだから、他人よりいい会社に入れるぞ!! 良かったな!!」




 そう言われて、私の人生が確定した。







 夏休み寸前、初めて見る車だったので、慣れない素振りで助手席に座った。


 運転席には酷く枯れたおっさんが座っていたが、顔も名前も思い出せない。


 軽い挨拶や自己紹介を終わらせた後、一枚の紙を手渡された。


「はい……。じゃあえっと……それが今日のスケジュールになるんで、軽く目を通しといてください」




 九時からコンビニでコーヒーマシンの清掃と点検。

 十一時から一般家庭で猫の首輪の交換。

 十三時からとある事務所で空気清浄機の修理。

 十五時から別の事務所でトイレの便座の交換。

 十六時から太陽光発電所でソーラーパネルの点検。




 絶句した。なんだこれは。


 しかし容赦なく車は動き出した。


 私は今からこれらに同行しなければならないのだ。


 来年には私の飯の食い方になるのだ。


 時間が止まればいいと思った。


 突然エンジンブレーキがうねりを上げた。車内にアラートが響く。赤信号だ。それに足止めされている車のテールランプが近づく。おっさんの足元からペダルを蹴る音が聞こえて、車は激しく止まった。


 それでこの車のテールランプがようやく点いたのだろう。後ろからクラクションが聞こえた。


「……ふふ……眠い」


 笑いながら言い訳したので、愛想笑いで返した。年上相手に適時に反射的に愛想笑いする能力を私はどこかで培っていた。それが一日中、ことあるごとに発動する。その日はそれに憫笑も含めていた。




「開店前作業とかも……あるんだよ。それも県内どこでも行くから朝早くて、新聞配りかよって時も。深夜作業とかもあってさ、生活リズムがないようなもんだよこの会社」


「実は素人同然なんだよね俺ら。さっきみたいに手順書見ながら初見で四苦八苦するのがほとんどなのよ。最近IoTの進化がエグいでしょ? それに合わせてなんでもかんでも手を出すからうちの会社はホントにもう……窓の修理とかもあんのよ。なんの業者なんだか」


「ちゃんと会社選んだ方がいいよ。やっぱり自分の好きなことするのが一番いいよ。だって仕事に対する関心意欲態度が誰よりも高くなる訳だから、その仕事で誰よりも秀でた存在になれるから。やっぱ自分が希望してたとこに挑戦しないでそもそも選ばなかったり選べなかったりして別のとこ行くとさ、一生納得できないでしょ。絶対一生関心意欲態度上がんないから、人より劣るんだよね」


「十七かぁ……十七で仕事のこと考えないといけないのかぁ……。俺には無理だったなぁ。まあ人生はこれから長いから、自分の人生はちゃんと自分で選んだ方がいいよ。……俺はもう生きなくていいような気もするけどね。」




 おっさんの言葉だけがくっきりと残っている。それ以外、その日のことはよく覚えていない。







 夏休み直後、激しい頭痛で目が覚めた。もう少し続く気がした夏休みが突然終わり、始業式の朝が突然やってきた。


 唇を交えたあの日から、あの時から、あいつがあいつなのに別人のように感じる。自分が自分なのに別人のように感じる。私たちはどこにいるのだろう。時間が滅茶苦茶な動き方をして、私たちのこれからが全くわからない。







「亡くなったそうですよ」




 約一ヶ月ぶりに教室へ向かう途中、職員室から漏れた会話に鼓膜が触れた。運が悪かった。


「若いのに自宅で急死らしくて、死因とかは伏せられてました」

「それってさあ、自殺なんじゃないの?」

「まあなんとも言えないって感じですかね」

「誰だっけ? 職場見学一緒だった子がいるんでしょ?」

「佳凛さんです」

「佳凛かぁ……大丈夫かなあいつ……」

「ですねぇ……ちょっと後でヒアリングしてみます。それで追々様子見ながら対応してくって感じで……」




 その日の放課後、私は職員室に呼び出された。


 一世一代のイベントにクラスがざわめく。私の内面もざわめいていた。死にかけのおっさんに汚された心のケアだけではないかもしれない。今の私は夏に詰め込んだものが多すぎて、振れば何でも出てしまう。


 いいだろう。これで真面目ちゃんはおしまいだ。はなからそのつもりもないので、どうでもよかった。




「大丈夫ですか?」


 生徒指導室で開口一番、意味がわからないことを言われて閉口した。


「……ほら、夏休み前に職場見学行ったじゃないですか。どうです? やっていけそうですか?」


「はい。大丈夫です」


 大丈夫です。嘘でも本当でも口に出せばそこでおしまいだ。簡単に逃げることができた。




 その数日後、生徒指導室に親父を一人加えて、三人で長机を囲んだ。


 私の今までのこと、これからのことについて勝手に話が交わった後、私の眼前に、用紙、印鑑、ボールペンが差し出される。


 ついに私の番が来たのだ。


 ただの署名と、ただの捺印である。


 それはさっきまで同級生の誰もがやってのけたことだ。


 小学生でもできることだ。


 名前を書いて、判子を押すだけだ。


 それだけで、この部屋から逃げる事ができる


 簡単に逃げることができる。




 それができなかった。




「……お父様。お話したいことがございます。廊下まで来ていただけませんか」


 教師は石像になった私に触れず、立場上生まれるはずの物怖じを感じさせない物言いで親父を立たせた。


 それが、隣に立つ親父が、いつもより一層怖かった。


 二人分の重い足音、意味ありげに閉まる扉の音、聞き取れない教師の声。全部が怖かった。


「いやでもぉ、あくまで推測ですよね? 仮にもしそうだったとして、人には人の複雑な事情ってのがあると思うんですよ。その人特有のね。それに大きい会社だから福利厚生とかはしっかりしてるだろうし大丈夫だと思うんですけどね。支店も全国にたくさんあるし。それどこの支店の話か聞きました? やっぱりそういうのって人とか環境とかが大きな要因だと思うんですよ。で会社って支店によって人とか環境って全然違うもんなんですよね。どの会社選んでも一緒です。正直、そういうのはあんま気にするところじゃないんですよ。会社選びって他に気にするべきとこたくさんあると思いますよ。その死んだ人って言ったって、病んでる人なんてどんな会社にもいますよ。絶対一人や二人はいるもんですから。……まあ、俺からちゃんと話してみますんで、一旦戻りましょうか」


 堰が切れそうだ。しかし、耐えなければ難易度が上がってしまう。


 扉が開く。二人が来る。腰掛ける寸前に口が開いた。




「大丈夫です」




 不安要素の一切を取り除き、円満解決とするべきだったが、私は慌てていた。それは最悪のタイミングだった。


 懐疑の視線が双方から刺さる。冷静にフォローした。


「一人になって色々考えて、まとまったんです」


 名前を書いて、判子を押して、もう一度言った。




「大丈夫です」




 大丈夫です。嘘でも本当でも口に出せばそこでおしまいだ。簡単に逃げることができる。


 そう。自分の将来なんてどうでもいい。七海のことでいっぱいだ。私はおかしくなったのだ。本当におかしい。


 大丈夫。


 自分の将来なんてどうでもいい。


 私はおかしくなったんだ。


 大丈夫。


 私はおかしい。


 大丈夫。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!」


 暗闇の中の車の中で、泣き叫びながら七海に抱きついた。


「あんたのためなら生きていたいのにぃ!! 大人のためなら死んじゃいたいよぉ!!」


 ああ、七海を困らせてしまう。出すな。喉を塞げ。


「…………」

「黙んなよ……もっと壊れるだろ……」

「……大丈夫」

「嘘だ」

「……あんた誰なの?」

「…………もう寝とけよ」

「じゃなくて、ホントは誰なの? なんで女の子になったの? どうやって、今までどうして生きてたの? 大切なことだったはずなのに、私自身より大切なことなのに、忘れちゃったよ……私知ってた気がするんだよ! 夏休み始まる前から! ずっと前から! でも忘れちゃった! 脳みそぶっ壊れたみたいに! ねぇ……もう一回……教えてよもう一回!! あなたのこと!!」


「……俺は大人から逃げてる。大人たちが言うように、人生は短い気がする。加速する気がするんだよ。それに追いつけるように一秒でも早く走って、少しでも遠いところに行きたいと思ってる」




 男らしくあれ。


 将来のために勉強しろ。


 長男なんだから。


 人様に迷惑かけるな。


 もう子供じゃないんだから。


 真面目にやれ。




 親に言葉を詰め込まれ続けた七海は初夏の暑さで爆発し、その爆風で全ての言葉をひっくり返して体現した。その勢いは激しく、夏休みが始まる寸前に家を飛び出してしまうほどだったらしい。


 そうして今の七海が形成された。




 七海は夜が深くなるまで逃走劇を話してくれたが、泥酔した上にいつの間にか意識を失った私である。その詳細は覚えていないし、これは一部に過ぎないのだろう。


 というより、七海の声が途方もないほど遠くから聞こえていたようにも思う。それであまり聞き取れなかったのかもしれない。




 そのまま夢を見た。現実との改変や脈絡のない変遷が激しく、久々の夢らしい夢だった。







 冷える夜だった。


 どうしても家の前を通らなければならなかった。


 その時、家の庭で車を降りる親父と目が合って逃げ出した。


 小学生の頃に歩いた見慣れた通学路。夢の中らしく足が重い。水の中で走っているみたいだ。


 しかし、一秒でも早く走らなければならないのだ。


 遠い後ろから声がする。


 追いかけてくる気がする。


「かりん!! いつになったら帰るんだ!!!」


 父の声だ。


「もういいでしょ!! 戻ってきてよ!!!」


 母の声だ。


 見慣れない行き止まりがある。大きな土砂の壁。登って進むと、崖。そこから落ちると、水。


 ああ、冷たいなあ。


 そこに体を浮かべながら手元にはアコースティックギター。綴ったのは親を咎める歌。




 感情的な言動を都合よく正当化してはいけないこと。


 正しさはこの世にはなく、個人にあるのは思い込みであること。


 通説的な常識ではなく、自分がどうするべきかを考えること。


 人生は持ち主のものであること。


 自分は自分のためにあること。




 日本人の感性が付和雷同する陳腐なコード進行が、どんなに臭い言葉にも、どんなに荒い声にも、強い説得力を持たせる。


 どうしようもなく弱い場所からでも、言いたいことが言えたのだ。







 嫌な寒気で目が覚めた。とっくに夏は終わり冬が始まっている。それなのにエアコンからの冷風が激しく、それに耐えるように私は丸まっていた。


 世界で一番見慣れた部屋だ。枕からも、寝床からも、身辺の全てから、更には私自身から私の匂いがする。私が世界で一番嫌いな匂いだ。すぐさまシャワーで洗い流した。それに対し、私には世界で一番好きな匂いがある。明るいうちからあいつのスマホを鳴らしたのは初めてだった。


「昼間って珍しいね」

「ごめん。迷惑だった?」

「全然。俺一日中暇人だから。どしたの?」

「今から会える?」

「……実は俺も会いたかった。今まで昼間も会いたかったんだけど、夜中起こしてる分迷惑かなって思ってさ。寝てんのかと思って、遠慮しちゃってた」

「それな。私も」

「じゃあさ。どこで何する?」

「……一緒に歩きたい。適当に」


 私はそう言った。何かが迫るような気がして、私は慌てていた。




 軽い身支度を終えて外に出てしばらく歩いて立ち止まる。


 途中のコンビニで買った熱い缶コーヒーをポケットの中で転がしながら七海を待っていた。


 空が真っ白で青空より眩しい。そこから落ちる雪が必死に積もろうとしていた。




「お待たせ」




 それから二人は適当に歩いた。


「幼稚だね。みんな真面目に将来のこと考えてるのに、私だけいつまでも子供みたい。このまま大人になれない気がする」

「自信持てよ。誰よりも大人らしくて、誰よりも真面目で、誰よりも頭いいんだから。少なくとも俺よりいい将来になるはず」

「……本当は優劣なんか気にしたくないんだよ。何が誰よりできるかとか、誰よりどれくらい幸せかとか、気にしないやつができる奴で、気にしないやつが幸せな奴だって、人と人を比べてたらそう思ったんだけど……でも、私は誰よりもあんたを幸せにしたいよ」

「……そっか。ありがとう。何か欲しいものない? 今まで貰ってばっかだからさ」

「……名字が欲しい。……ふふ。佐藤って在り来りでしょ?七海って可愛いよね響きが。七海佳凛…………私入る会社すごい給料いいからさ。これからも私のために、やりたい放題で生き続けて欲しい。でさ、たまに高いご飯食べようよ」

「……でもそれは…………」

「……寒いね。手繋ごう」

「……うぉ? すげぇあったけぇ。…………夏休みのあれさ、俺でもわかるんだよ。あれは勝てる試合じゃなかった。だから勝てた時、死ぬほど嬉しかった。夢みたいだった。マジで夢かもしれない。だからさ、ありがとう」

「え? 私何もしてないよ? イカサマしたと思ってる?」

「いやいや! あれは32のおっさんのミスではあるんだけどさ、なんかお前がいてくれたから勝てたような気がするんだよ。…………今度の相手なんだけどさ、インプレッサって車で、タイヤが四つ動いて……いい加減、もう、これが最後になるんだと思う。だから、死ぬ気で走ろうと思う」

「…………そっか……」


 今、この街は泣きたくなるほど静かだ。音楽もない。話し声もない。


 風、盲導鈴、道行く車が路面の水を荒らす音。全てが何かの警鐘のように聞こえた。







「おい!!! 起きろ!!! なんなんだよこれはぁ!!!」




 酸っぱい匂いがした。口から右耳を通って枕の端まで、冷たい何かが渡っている。吐瀉物だ。それに気づいて目が部屋の中を泳ぐ。


 部屋の入口からいつかの夢で見たような鬼瓦が私を見ていた。


 床には空き缶が三個転がっている。テキーラ十一杯を超える度数らしい。


 いや、もういいか。


 泳ぐことを止めて、目が死んだ。私はいつの間にか立っていた。


「まあ、いいんじゃないですか? 私の人生だから私の責任ってことで。貴方のものじゃないですし」

「なんだよ親に向かってその言い方ぁ!!」

「言い方? 是正すべきは言葉遣いってことですか?」

「お前なぁ!! 今まで俺がどんだけしてやってきたと思ってんだよ!!! 俺が毎日働いて食わしてやってきてよぉ!!! 学校だってなんだって金が要るんだぞ!!!!」


「買い物じゃねえんだよ!!!!!」


 鬼瓦の形相が素っ頓狂になった原因は、私のその言葉ではなく、私が向けた物だった。


 一瞬の激しい衝撃が鼓膜を殴り、右腕が痛くなる。臭い。




 真っ赤になっていた鬼瓦が真っ白になる。でこから真っ赤な液体が流れて、そこを強く床に打ち付けてから、それはいつまでも広がっていた。







 私は親父を拳銃で撃ち殺した。







 私はしゃがみ込んで、目を逸らして、何も無い床をじっと見ていた。







 ああ。







 ふーん。そっかぁ。







 気持ち悪くなってきた。多分、吐瀉物のせいだ。もしくは、返り血を僅かながら浴びたのかもしれない。それを流すために、シャワーを浴びた。


 しかし、なんだこれは。熱い湯を浴びているのに、顔が、特に唇が冷たい。心臓が細くなったように感じるのと同時に脈が早くなる。呼吸も浅い。いや、これはただの貧血だろう。たが、元気だ。私はどんどん元気になっていく。脈がどんどん早くなる。


 それに対する困惑や心配と同時に、抑圧によるストレスのようなものと、今すぐどこかへぶつけたくなるような興奮を感じた。


 シャワーや軽い身支度を済ませて、暴れる鼓動に身を任せて、家の中を走って、走って、玄関から勢いよく体を投げて、それを受け止めたのは運転席の七海だった。


 私の家がコンビニに変化し、玄関の扉が助手席の扉に変化し、いつの間にか日付が変わりそうになっていても、そこにいるのは七海だった。


 私は泣いた。




 私は七海を抱き締めていた。七海も私を抱き締めていた。ほんの一瞬の出来事だったのかもしれない。途方もないほどの時間を過ごしたのかもしれない。それに終わりが来た。


「行かなきゃ。ていうか、俺行く」

「……私からばっかりだったよね。なんか焦っちゃって。迷惑だったよね……私たち、会わない方がよかったかなぁ!?」

「……うん」

「……」

「だって、もし俺たち別れるってなってさ、俺の事忘れて幸せになれって言っても、無理そうじゃん」

「……」

「俺も無理。……だから俺たち、もう幸せになれないのかも」

「……」

「でもさ、幸せになれなくてもいいから忘れてほしい。もう気にしないでほしい」

「……」

「迷惑だったとかじゃなくてさ、実はまだ足りないくらいだった。お前が悪いんじゃなくて、神様が悪い。もっともっと欲しかった。でも、俺たちは十二分に幸せになれたって言わなきゃいけない。……それがつれぇよ」

「……」

「ごめん。今日は連れて行けないからさ。……降りてほしい」


 どういうわけか、私は言われた通りにさっさと動こうとした。その時、腕を強く掴まれて動きが止まった。




 七海が泣いていた。




「やっぱ、忘れないで……ずっと……ずっと俺を思いながら! 泣きながらでも病みながらでも死ぬまで生き続けろ!」


 冷たい雨が降り始めた。







「いらっしゃいませー」

「ホットコーヒーのSください」


 裏から出てきた店員さんの仮眠を邪魔したことを申し訳なく思いながら、決済端末にスマホをかざした。


 空っぽの小さなカップが差し出される。


 空っぽで、小さい。


 マシンにセットしてボタンを押すと、歪な駆動音が響き終わった後、静かにコーヒーが注がれる。香りを放ちながら静かに満たされ続けていく。


 その間、それを眺めながら多くのことを想起した。半年程度では済まない、その倍以上はあるだろう、あいつと私のこれまでのことを想起していた。


 注ぎ終わりを告げる電子音がそれを遮る。しかし一滴、また一滴、まだ出てくる。私はずっと待っていた。




 もう出ないか。




 最後の一滴を見届けて、カップの蓋を閉めた。


 絶対に隙間ができないように、一滴も零すことのないように、しっかりと、強く閉めた。




 イートインには居ても居られないような気がして外に出た。


 軒下で冷たい雨が降る夜を見ていた。黒闇の中に積もる白雪を、冷たい雨が必死に溶かそうとしていた。とっくにあいつの車は遠い黒闇に溶けて消えていた。


 コーヒーを一口流し込む。熱い。心臓が細くなったように感じるのと同時に脈が早くなる。呼吸も浅い。元気だ。私はどんどん元気になっていく。脈がどんどん早くなる。もう一口、もう一口、もう一口、もう一口、もう一口、やがて呼吸を忘れてどんどん流し込む。心臓が暴れる。今になってまた焦り始める。消化管の形を把握できるほど、身体の中の至る所を焼いた。あれだけ入念に閉めた蓋を邪魔だと罵って投げ捨てて、カップの底、最後の一滴まで吸い尽くす。


 カップを投げ捨てて、スマホを取り出した。指が震えて感覚がない。操作がおぼつかず、急げ、急げと、ますます震えてしまう。なんとかビデオ通話に参加できたが、私の視界は激しくぼやけていた。スマホの画面に焦点を合わせ始める。視界が鮮明になっていく。それが見えて、脊髄が凍った。







 獣は動いていなかった。フロントガラスの中央に、赤い何かが見えた。







 私は走った。







 死ぬ気で走った。あいつが死んでしまったかもしれない。


 冷たい雨が蜂の群れになって泣きっ面を洗う。路面一面の雪も全身を雨に打たれ泣いていたところを、私は何度も激しく踏みつけたり蹴飛ばしたりした。そいつらは血相を変えて飛び上がり、私の靴の隙間に潜り込み、両足を悴ませた。


 邪魔をするな。私は今、一秒でも速く走らなければならないのだ。


 いくつかの上り坂で息を切らし、無数の下り坂の度に転び、転がり、ガードレールに頭を殴られたりして止まった。突然ガードレールが膝を殴って、急カーブの存在を教えたことも沢山あった。


 このガードレールの向こう側は死であろう。崖か、川か、無数の枝で切り刻んだ後に突然何かしらの方法で人を殺す猟奇的な急斜面か。そんなことは分からない。雨が耳を塞いで、暗闇が目を塞ぐからだ。そしてそんなことはどうでもいい。もう私は私が死ぬことを気にかけている余裕もないのだ。身体が無くなって魂だけになった気がしたまま、永遠に走り続けた。


 光が見えた。無数の雨粒を映し出してその一つ一つを煌びやかに輝かせている優しい光だというのに、冷たい暗闇の中の熱く激しい光だというのに、永遠の暗闇を走り尽くした果てに見つけた光だというのに、私はあの光に雨一粒の希望も感じない。


 緩んだ歩をそれでも進めた。膝を殴られた。立ち止まると、光は私の鼻の先のあるものの存在を教えていた。


 光の健闘むなしく、私はそれの理解をなおざりにして向けるべき場所に視線を向けることを急いだ。しかしできない。それがあまりにも不思議なのだ。私の中の無意識が、それと眼球を釘付けにする。







 林檎が真っ赤だった。







 雨水が表面を洗い流すと、それに合わせて光沢も蠢いた。生き生きとした林檎の体の隅々を、水も光も生き生きと、踊り尽くして落ちていく。


 突然眩しくなった。眼光の視線が林檎から私へと移り変わったのだ。







 それはひしゃげたガードレールにもたれかかった獣の眼光だった。







 それは私に華奢な人影を投影する。顔がよく見えないままそれに抱きついた。







 コーヒーの匂いと




 雨の匂いと




 ガソリンの匂いと




 血の匂いと







 七海の匂いがした。







「来たんだ」

「だって、私の未練はここにあるからね」


 雨はいつの間にか止んでいた。




 数多の車が呆れるほど汚してきたはずなのに、空気はすっかり澄んでいた。


 綺麗な満月が眩しかった。木陰が無数に生えている。月明かりが眩しいというのは真実であった。


 星が天空に満遍なく点在していることにも気づいた。都会の光が星を消したというのは嘘であった。


 目を閉じて耳を澄ますと、雨が止んで、虫が死んで、何も聞こえなくなっていた。


 目を開けると、そこには七海がいた。


 そいつはあの日の私の言葉を口にした。私はそれに応えた。


「月が綺麗だね」

「うん。綺麗。死んでもいいくらい」


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