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鬼と人形

 妖怪同士の戦いというは、まるで漫画のような世界だ。

 紗月が思った感想はそんなものだった。

 自分でも月並みだとは思うが、そんな感想しか出てこない。

 完全に蚊帳(かや)の外状態になった紗月は、建物の影からそっと戦いを見守っていた。

 近隣の住宅の壁が吹き飛び、崩落する。

 アスファルトの道路がひび割れ、粉々に砕ける。

 そんな光景を見ながら、紗月は思っていた。


 ――これ、戦いが終わったあと、元に戻るのかしら?



***



 カリィが玄々に右手を向けると、宙に幾つもの真っ黒なナイフが浮かび、そのまま玄々に向かって殺到する。

 対する玄々は、一切の迷いなくナイフの弾幕の中に向かって突撃した。首を逸らし体をひねり、時には手で弾きつつも怯むことなく直進する。


 やはり鬼というのは厄介だ。

 カリィは内心で舌打ちをした。

 カリィの経験上、鬼という種族は生来備わった、その強靭な肉体を盾に肉弾戦を仕掛けてくる。

 ただ、そういった一般の脳筋鬼だったならそこまで苦戦することもないはずだった。

 大量の妖力で生成した影のナイフで弾幕を張り、足止めしつつ遠距離戦を仕掛ければいいのだ。近づかなければどうということはない。


 ただし、それは玄々(コイツ)以外に対しての話だった。

 大多数の鬼が重騎士型だとするならば、コイツの場合は言ってみれば軽戦士型だ。

 防御は最低限、ほぼ全てを回避してくる。

 しかも鬼の筋力で駆けるのだから、その俊敏性は集中していなければ見失いかねないほどだ。下手をするとそこいらの妖獣すら凌駕(りょうが)するかもしれない。


 危険を感じ、カリィは後方に跳躍した。その瞬間、カリィの居た場所の地面が爆発する。

 なんの不思議はない。ただ、間合いを詰めてきた玄々が踵落(かかとお)としを打ち込んだだけなのだ。妖力や霊力などを込めなくてもこの威力だ。正直一撃でも当たりたくはない。

 加えて場所は住宅街だ。狭い道路上での戦闘は、白兵戦を苦手とするカリィにとっては好ましくない場所だった。


「ちょこまかと…!!」


 苛立ちと共に屋根の上へと飛び乗りながら、さらにナイフを大量生成して打ち出す。

 しかし、玄々は鬼らしからぬスピードでナイフの雨を軽々と(かわ)していく。

 玄々とカリィが戦闘を行うのは、なにもこれが初めてではなかった。

 過去に何度か戦ったことがある。

 それゆえに、カリィにはわかっていた。

 奴は、玄々は、戦いを楽しんでいる。

 玄々の言葉を借りるなら、『喧嘩を楽しむ』だったか。

 つまり、余裕をもって遊んでいるのだ。

 それもまた、カリィが苛立ち、また玄々を毛嫌いする理由の一つでもあった。

 玄々は屋根から屋根へとうさぎのように飛び移り、カリィを中心に円を描くように移動しつつも、着実に間合いを詰めてくる。

 牽制とはいえ制圧射撃並に射出しているナイフの弾幕が、いとも簡単に躱されてしまう。ほんとに鬼かコイツ。


「ちぇすとー!!」


 謎の気合と共に、玄々はカリィに向かって大きく跳躍すると、そのまま落下の勢いを乗せた拳を叩き込んだ。

 もはや隕石が落ちたのかと錯覚するほどの衝撃を伴い、家屋が爆発し、その下の地面すら砕け散る。

 しかし、カリィとて戦闘経験が無いわけではない。

 そんな大振り過ぎる攻撃(テレフォンパンチ)なら当たることはない。

 カリィは一旦距離をとるため、攻撃が当たる前に大きく後ろに跳躍した。

 しかし、それが失敗だった。


(しまったっ! 私、無防備に――!)


 それに気づいたときには、カリィは大きく跳んでしまった後だった。

 カリィは反撃するために別の屋根へと着地する。が、その着地の瞬間を玄々は狙っていたのだった。

 破壊した地面をさらに砕き、崩壊した家屋から弾丸のように飛び出す。

 その速度は、もはや音速すら超えていた。

 たった一瞬で間合いを詰め、そのまま加速の衝撃を乗せた拳を、玄々はカリィの腹部に叩き込んだ。

 反応が遅れ、防御すらできなかったカリィの体は、腹部から砕け散り真っ二つになる。


 傍から見れば決着の瞬間だった。


 しかし、カリィにとってはこれはまだギリギリ想定内なのだった。そう簡単に負けなどしない。

 玄々は手応えに違和感を感じ、着地するためにすぐさま近くの道路目掛けて空中を蹴って加速する。

 刹那、玄々がいた場所に上空から降り注ぐ数多の影が矛のように突き刺さっていた。

 一瞬のうちに入れ替わる攻防。

 道路に降り立った玄々はそっと溜めていた息を吐き出すと、砕けて転がったカリィの残骸から目を離し、家の屋根に立つもうひとりのカリィ(・・・・・・・・・)を見あげる。


(あ、危なかった……)


 カリィは内心、冷や汗を流した。

 ここが自分の『異界(テリトリー)』でなければあの一撃で勝敗は決していただろう。

 先ほど、攻撃を避けられないと感じたカリィは、自身の体を捨て、予め自身の魂魄を込めておいたスペアの人形に乗り移ったのだ。

 これは、特殊な付喪神(つくもがみ)であるカリィが使う十八番(おはこ)だった。

 とは言っても多用はできない。

 予め予備の人形にしっかり魂魄を流し込んでおかなければ、乗り移ってもすぐには活動はできないのだ。適当な人形に乗り移った場合は、活動可能になるまで数日はかかるだろう。


「ほんと、(チート)過ぎるわね。その攻撃力」

「いやぁ、避けられちゃ意味ないさ」

「しっかり当ててきてんのがムカつくって言ってんのよ。おかげで体がひとつ壊れちゃったじゃない」

「予備があるじゃないか。こっちは渾身の一撃を入れたってのに」

「あらそう。それは残念ね。ところで、そのスペアを作るのに貴女は何日かかるか知ってるかしら?」

「大変そうだねぇ」

「マジ殺す」


 どこまでもムカつく奴だ。

 カリィは額に青筋がいくつも立つのを感じた。

 とはいえ、また間合いを離すことに成功した。こちらは屋根の上。向こうは道路だ。あの攻撃力も当たらなければどうということはない。

 緊張を抑えつつ、頭の中で作戦を練っていく。スピードが速いとは言え、結局は肉弾戦主体だ。

 とりあえず、遠距離攻撃しつつ体力を消耗させて――


 ボゴッ


 前言撤回(ぜんげんてっかい)

 やはり鬼は厄介だとカリィは思った。

 玄々は手近にあった電柱を片手で鷲掴みにすると、そのまま軽々と引き抜き、カリィに向かって振り下ろしてきた。


「よいしょおおお!!」

「ちょっ!?」


 慌てて隣の家の屋根に飛び移る。

 背後で家が叩き潰され崩落する音が聞こえた。

 ゴリ押し(パワープレイ)にも程がある。

 電柱は、地域や種類によって差はあるが、大体15m程もある。それを振り回されれば、なるほど立派な遠距離攻撃だ。ちくしょう。

 迎撃のために振り返れば、今度は自動車が飛んできた。

 それを、即座に生成した影の剣で真っ二つに切り裂く。


「あ……」

「今回も、私の勝ちだ」


 玄々の勝利宣言と、切り裂いた自動車の向こう側から迫ってくる電柱を見て、カリィは内心の失敗を悟った。


 ――"異界"で街中再現しちゃだめだ、これ。



***



 カリィが電柱に吹き飛ばされ粉々に砕けた瞬間、世界が歪み、気が付くと紗月は家の近くの空き地に立っていた。

 辺りを見回しても、壊れたところは見当たらない。

 家は普通に立ち並んでいるし、道路もどこも壊れた様子はなかった。

 子供たちは、別れの挨拶と共に帰路に着こうとしていたし、夕日がただ静かに紗月を照らしていた。


「あ、あれ……?」


 まるで狐につままれた気分だった。

 もはや思考が追いつかない。

 不思議なことに会うのは小さな頃から慣れてはいたが、これはまた格別だった。

 今が本当に現実なのかすら不安だった。


「夢を……みてたのかな?」


 内心の困惑を口に出すと、答えたものがいた。


「夢じゃないさ」


 声がした方を見ると、先ほど助けてくれた銀髪の少女が、砕けた小さな人形を握りこちらへ歩いてくる。


「さっきのは"異界"。強いて言うなら裏世界とか精神世界とかそんな感じ。とはいえ、獲物に気付かれないよう忠実に街を再現して異界に引っ張り込むとは、相変わらず芸達者だねぇ」

「あ、あの……えーっと?」

「ああ、安心しなって。私は『御庭番』だ」

「いやそうじゃなくて……」

「ああ、悪いね。名乗るの忘れてたよ。私は白銀玄々(しろがねくろろ)。お前さんは?」

「あ、私は…土御門紗月(つちみかどさつき)……です」


 何を聞くべきか、何を聞いていいのか、混乱の真っ最中だった紗月は、玄々に名乗られて反射的に名乗ってしまった。


 これが紗月と玄々、そしてカリィの初めての出会いだった。

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