メリーさん人形
金髪の少女はきりもみしながら壁を突き破り、部屋から外へと吹き飛ばされた。
「げぶふっ!?」
部屋から蹴り飛ばされた少女は、そのまま地面に激突し、人形のようにゴロゴロと転がった。
転がりが止まると、小さなうめき声を漏らしつつも少女は身体を起こす。
頭に強い衝撃を受けたのか、少女はフラフラとよろめきながらなんとか立ち上がった。
怒りで顔を真っ赤にし、痛みで碧眼に少しばかりの涙を溜めながらも、金髪の少女は蹴飛ばした相手を睨んだ。
「おのれ……、御庭番っ!」
よろよろと立ち上がる少女の前に、少女を蹴飛ばし『御庭番』と呼ばれた少女が吹き飛ばした部屋から一つ跳びで降り立つ。
健康的な褐色の肌に、ショートカットに揃えた銀髪をもつ彼女は、金髪の少女と同じく人ではなかった。
ふわりと揺れる銀色の尻尾、そして銀髪から覗く2本の小さな角。
それは"鬼"の妖怪――白銀玄々だった。
「よっ、久しぶりだな。カリィ・カチュア」
玄々はまるで友人に声をかけるような気安さで話しかける。
対照的に、カリィと呼ばれた少女は、苦々しげに玄々を睨み返す。
「毎度毎度邪魔して……妖怪の性分を忘れたこの外道っ!」
「妖怪の性分なら十二分にわかってるぜ。人間ビビらせる程度なら見逃してただろぃ?」
「なら何故ここまで邪魔をするのよ?!」
「いや、もう3人も病院送りにしただろう、お前さん。さすがに魂魄を吸い取りすぎだね。何故そこまで魂魄を溜める必要があるか知らんけど、命を脅かすまでやるのは御法度ってもんさ」
責めるというより少し嗜めるというか諭すように玄々はカリィに話す。
しかし、カリィはあっけらかんとした態度だった。
「別にー、命まではとってないもーん」
「いや、昏睡状態まで追い込むんじゃないよ。ギリギリじゃないか」
「人間が脆すぎるのがいけないのよ。私は悪くないわ」
「毎度ながら、豪気だねぇ」
玄々は苦笑する。このやり取りも何度目になるだろうか。
玄々はこの強気さが嫌いではなかった。むしろ好ましいとさえ思っていた。
事実、カリィはむやみに人を殺めたりしていなかった。そのかわりなのか、相手を一週間以上昏睡状態にはさせるのだが……。
「とりあえず、これ以上被害を出すわけにいかないからさ、勘弁して退いてはくれないかねぇ?」
「んな要求のめるわけ無いでしょう、白銀玄々?」
「だよなぁ」
「当たり前よ」
玄々はため息をつき、カリィは胸を張った。
そんな様子を遠巻きに見ていた紗月は、恐る恐る歩み寄る。
「あの……話が済んだのなら帰ってもらっていいですか……?」
「あら、すっかり忘れていたわ。ごめんなさい人間」
忘れてたのなら、そのままどっかに行ってくれたらいいのに……。
紗月は内心そう思ったが、かろうじて口には出さなかった。
「さて、そろそろ本題に入るかねぇ。カリィ、"異界"を解いてくれ」
会話もほどほどに、玄々は単刀直入に言った。
「お断りよ」
カリィは即答する。
しかし、玄々は予想通りといった様子で、ただ肩を竦めるだけだった。
「わざわざ捕獲した獲物を、はいそうですかと逃すと思うかしら?」
「だよな。じゃ、しょうがない」
「しょうがなくない!」
カリィの返答に玄々が納得し、紗月は反論する。
紗月にとってはいろいろと訳のわからないことの連続だ。家も壊されてしまったし。
「誰だか知らないけど、私の家壊しておいてそんな――」
「ねぇ、人間」
紗月がカリィにくってかかろうとすると、カリィは紗月の言葉を遮るように話す。
「だいたい――」
カリィの目つきが、変わった。
「私の"異界"の中で、人間が生意気に意見を言わないでちょうだい?」
その瞬間、紗月は後ろに引っ張られた。
咄嗟に玄々が紗月を引っ張ったのだ。
紗月が辛うじて視認できたことは、自分がさっきまで居た位置に、黒い大きな牙を生やした口がガチンとその顎を閉じているところだった。
空を噛んだその顎は、そのまま地面に溶けるように沈んでいく。
玄々は紗月をお姫様抱っこで抱えながら、カリィから離れるように跳躍する。
「さて、交渉は決裂しちまったし、そろそろ退治と行きますか。お前さんは隠れてな」
紗月を地面に下ろし、玄々が話す。
そのまま紗月をかばうように、カリィに歩み寄る。
「こっからは、実力行使だ」
「私もまどろっこしいのは嫌いだわ。」
「やっぱシンプルが一番だねぇ」
「あなたはいささかシンプル過ぎる気がするわ、御庭番」
「お褒めに預かり至極恐悦」
「褒めてないわよ」
軽口もほどほどに、玄々とカリィは集中する。
空気が張り詰めていく。
玄々とカリィの間の空気がどんどん重たいものに変わっていった。
互いをよく知っているからこそ、絶対に油断はなかった。
二人の殺気が鎌首をもたげ、膨れ上がり、ぶつかりあって交じり合う。
「私の異界内からは逃れられないわよ。優雅に惨殺してあげる」
カリィの影が蠢き、空中で分裂して数多の球体となる。
「御庭番一番槍、白銀玄々。参る!」
玄々は地を砕くほど踏み込み、突撃した。