紡がれた道は深紫色
――それから、月日が過ぎたある日。
蜘蛛の体は2mを超えるほど大きくなっていた。
そんなとき、少女がひとり蜘蛛の元へとやってきた。
褐色の肌に銀髪の髪をもち、かっぱを羽織り、菅笠|(※スゲの葉で編んで作られた被り物。被り笠ともいう)を頭につけ、腰には道中差し|(※護身用の刃渡りの小さい刀)、足には足袋とわらじを履いた、いかにも旅人といった感じの格好をした少女だった。
ただ、その少女には銀色に輝く獣のような尻尾まで生えており、妖気も感じられたことから人間ではないことがわかった。
「なにようじゃ? 小娘よ」
蜘蛛は威圧的に質問した。
少女は手で軽く菅笠を上にあげ、蜘蛛を見つめる。
「ここらへんに『ムラサキさま』って呼ばれる大蜘蛛がいるってぇ聞いたもんでねぇ。ちょいとごあいさつに」
「むらさきさま? 大層な名前がついたもんじゃのう」
少女の言葉に、蜘蛛は苦笑する。
どうやら知らないうちに、勝手に名前を付けられていたらしい。
「村人たちを二分させた大蜘蛛だから"村裂き"さまなんだってよぅ。んで、お前さんがそのムラサキさまってぇのかい?」
「ある村を追われたバケモノ蜘蛛のことをさしておるならば、それはわしのことじゃろうのぅ。それで、おぬしはどうする気かえ?」
「一応退治を頼まれててねぇ」
「ほう……そうか」
この少女は、妖怪の身であるにもかかわらず妖怪を退治しようとしているのだ。随分とご苦労なことである。
人間なぞ、守っても一文の得にもならないだろうに。
いや、もしかすればこの少女もまた人間に騙されているのかもしれない。
ならば、難儀なことだ。
「では、退治できるものならやってみるがいい!」
そう蜘蛛は言い放つと、少女に向かって糸を吐きかけた。
少女はとっさに反応もできず、あっというまに大きめのまゆ玉になってしまった。
「ずいぶんとあっけないのぅ。恨むならおぬしに依頼をした人間どもを恨むがいい」
そう、言い残し蜘蛛はその場を後にしようと背を向けた。
「……まあまあ。とりあえず話を聞いちゃくれないかねぇ」
その言葉に驚き蜘蛛がまゆ玉の方へ振り返れば、なんと少女がまゆ玉を無理やり引きちぎって出てこようとしていた。
腰の刀も使わず、腕力のみであっさりと。
「……え?」
あまりに異様な光景に、蜘蛛は言葉を失った。
この糸はそう簡単にちぎれるような代物ではないはずなのに。
「おのれぇ!」
蜘蛛は、再び糸を吐き出し少女に巻きつける。今度は簡単に脱出されないように頑丈にしながら。
「そぉい!」
でも、あっさりと引きちぎり脱出する少女。意味がわからない。
「な、何者じゃおぬし……なんじゃその怪力は……?」
「んー、そりゃまあ、毎日三食しっかり食ってるからかねぇ」
「答えになっておらんのじゃが……」
蜘蛛の質問になぞの返答を返す少女。蜘蛛はますます混乱してしまった。
食事をしっかり取るだけでそれだけの力をだせるなら、世の中怪力自慢だらけになっているだろうに。
「まあ、とりあえず、私の話を聞いてくれよ」
混乱する蜘蛛をよそに、言葉を続ける少女。
なにがなんだかわからない蜘蛛は、とりあえずおとなしく話を聞くことにした。
「私はお前さんを退治するよう頼まれはしたが、退治する気はさらさらない。むしろ一緒に来て欲しいんだ」
「……は?」
ますます混乱する蜘蛛をよそに、少女は語りかける。
「私はとある団体に入っていてね。まあ、名前はまだ決まってないんだが。その団体は人間と妖怪が和解するように動こうってぇ団体なんだ」
少女は、蜘蛛をじっとやさしく見つめ、話を続ける。
「うちの"大将"の予想じゃあ、もうすぐ幕府が終わるらしい。そして新しい時代がくるとも言った。人間が力をつけ、妖怪が人を襲うのではなく人間が妖怪を襲う時代になってしまうと。その時にまだ妖怪と人間がいがみ合っていれば、大規模な戦争が起きてしまうかもしれない。だから今のうちに和解し、妖怪たちを守るんだってよぅ」
「それと、わしに何の関係が?」
少女の話に、蜘蛛は疑問を述べた。
少女はニカっと笑うとその質問に答えた。
「妖怪と人間が和解することに反発する妖怪も出てくるだろう。だからそういった妖怪への抑止力になるために団体を作ってるらしい。そして、お前さんにはその団体に入って欲しいんだ」
少女からのお願いは、まさに突拍子もないものだった。
「わしは、村を二分させたバケモノじゃぞ? そんなバケモノに和解の手助けをせよというのか?」
蜘蛛は、若干の苛立ちを含ませ少女に問いかける。
自分をこんな山奥にまで追い払ったのは人間だ。そんな自分勝手どもの都合に、また付き合わされるのか。
「気持ちはわかる。私も、お前さんが悪さをする妖怪だってずっと思ってた。けど、実際に会ってみてその考えがかわったよ。お前さんはいいやつだってさ」
「何を根拠に――」
「じゃあ、なんでさっき私にトドメをささなかったんだぃ? ぐるぐる巻きにしたときにトドメはさせたはずだろう?」
蜘蛛の言葉をさえぎるように、少女は質問する。
「それは……」
蜘蛛は反論しようとした。でも、なぜかとっさに反論ができなかった。
蜘蛛が口ごもっていると、少女はさらに言葉を続ける。
「村のこともそうだ。今みたいな強い力を持っているなら、村人たちに復讐でもなんでもすればよかっただろう」
「……」
少女の言葉に、蜘蛛は完全に沈黙してしまった。
言われてみればそうだ。なぜ自分は復讐しようとしなかったのだろう?
今の今まで、復讐するという考えさえ思いつかなかった。
そして不思議なことに、復讐ができるはずだと言われた今でも、自分でも驚くほど復讐しようという気には全くならなかった。
「平和に共存できる妖怪こそ、これからの時代に必要なんだ。だから、お前さんの力を貸してくれないか?」
その少女の言葉に、蜘蛛は一瞬村人のことを思い出した。
カッとなった蜘蛛は少女の首に糸を素早く巻きつける。
「そうやって、またわしをいい様に使う気か」
蜘蛛は少女に吐き捨てるように言うが、少女はやさしく微笑んだ。
「なら、そのまま私の首をへし折るといい。私は抵抗しないさ」
「……なに?」
「もし人間のために力を使うのが嫌なら、私のためにその力を使ってくれ。私の力は小回りが利かない。だからこそ、その柔軟な糸の技術が必要になると思ってる」
「……」
「私がお前さんを裏切りったり見捨てたりしそうだと思ったら、いつでもこの寝首をかいてくれていい。だから、一緒に来てくれないか?」
少女は、蜘蛛にやさしく手を差し伸べる。
「私は、白銀玄々。おまえさんは?」
「……わしに名はない。好きに呼べばいいじゃろう」
蜘蛛は少女の首に巻きつけていた糸を解くと、少女の手をとるように足を一本だけ乗せた。
本当に信じていいのかわからない。
また利用するだけ利用して捨てられるかもしれない。
でも、この少女はなんとなく信じてみたくなった。
――自分を見つめる眼差しが、あの農夫の眼差しとよく似ていたから。
「名前……そうだねぇ。ムラサキさまってなんか響きがかっこよかったし、高貴な色の『紫』に、ここから始まるって意味の『朔』を合わせて『紫朔』なんてどうだぃ?」
「ふん、安直な名前じゃのう。まあ、わしがほかのを思いつくまでは使ってやろう」
「あと、人里に下りるし、人間みたいな姿に化けてもらえるかぃ?」
「人型は慣れないから嫌なんじゃが……これでどうじゃ?」
「おお! 童子みたいでかわいいじゃねぇかぃ」
「……ふん」
――それは、今から何十年も前の昔の、玄々と紫朔が出会った頃のお話。




