最奥
天井裏からさらに上に移動した紫朔。
下の階から響く衝撃音と振動を感じながら、2階の通路を警戒しながらゆっくりと歩いていた。
「下が騒がしいのぅ……」
おそらく玄々と辰砂が戦闘しているのだろう。先ほどノウェムから、人間たちと交戦したの連絡もあった。
一瞬加勢しようか考えたが、彼女らなら大丈夫だろう。それよりも足止めされてないうちに探索を進めなければ。
紫朔としては、戦闘よりもこうした探索や捕縛のほうが得意だ。
戦闘が起きやすい御庭番に籍を置く身としては正直それでいいのか迷うところではあるが、こればかりはないものねだりである。
自身を必要としてくれる玄々のためにも、できる限り頑張らなければ。
「む?」
紫朔が長い直線通路を歩いていると、奥の方に大きめの頑丈そうな扉が見えてきた。見た感じ左右に開く引き戸のように見える。
厳重そうな感じから、きっと当たりだろう。もしかしたら目的の警備室とやらかもしれない。
ただし、不用意に接近はしない。大抵こういうものの前には罠を仕掛けておくのが定石である。自分ならば絶対に仕掛けておくだろう。
紫朔は細心の注意を払い、慎重に扉に近づいた。
しかし、特に警報もならず割とあっさりと扉に接近できてしまった。が、すぐに問題に気がついた。
「……やはり開かんか」
紫朔が目の前にたどり着いても、一向に開く気配がない。開くための取っ手も見当たらず、鍵穴のようなものも見当たらない。触ってみるとスベスベしている。
このような扉は先ほど1階でも見かけたが、あちらはすぐに開いてくれた。自動扉というやつだったか。
怪しい部分といえば、扉の隣にある数字が書かれたボタン類。
「ふむ……たしかこういう扉には暗証番号というものが必要じゃったかのう……」
つまり、適切なボタンを順番に押さなければ開かない扉なのだろう。こういった扉はほかの近代的な施設でいくつか見たことがあったので覚えている。たしか4桁の数字を使った特殊な電子錠前だったはず。
ただ、紫朔としてはどの順番で押せばいいかは知らない。
本来ならば、一旦戻って暗証番号になりそうなものを探すのだが、今から探索し直すとなるとさすがに時間が惜しい。
こういう時は、どうするか。答えは決まっている。
「……玄々に教わった”ますたーきー”とやらを試してみるのぅ」
紫朔は、ゆっくりと指先から糸を幾本か垂らして妖力をまとわせた。
***
暗がりの中、眼鏡かけた男はモニターを眺めつつ記録をとっていた。
調整は慎重に。使用するその直前まで行う。
これが完成し、完璧に制御できれば科学は飛躍的に進歩するだろう。いや、文明が飛躍的な進化を起こす可能性だってある。
そうすれば、学界で自分の研究を馬鹿にした者共に一泡ふかせられるだろう。
眼鏡の男は、頭になかに過った未来に思わず含み笑いをこぼした。
そんなときだった。
不意にシャキンという何かが斬れるような物音が聞こえた気がした。
「なんだ……?」
物音の正体を探るため、男は辺りを注意深く見回した。そして直ぐに正体に気がついた。
男の後方にあった部屋の扉が驚くことに細切れになっていたのだ。
厚さ10cmもある頑丈な特殊合金の扉は、今、騒音をたてて崩れ落ちてしまった。
「ほほう……。確かに困った時はこの手に限る、というわけか。そしてどうやら当たりのようじゃのう」
男が唖然としていると、扉を細切れにしたであろう人物はニヤリと笑って言った。
いや、人物というには語弊があるかもしれない。
見た目は確かに人間、それも幼い少女だった。髪をお団子にしてまとめており、簡素な和服を着ていた。
だが、男にはわかっていた。この少女は見た目通りではないと。
人ではない化け物。妖怪なのだと。
「きさま……。あの扉をどうやって。既存の重火器でも傷ひとつつけられないほどの頑丈を誇る扉だぞ」
男は最大限に警戒するとともに、少女にむかって訊ねた。
「たわけ、加工ができる物が破壊できないわけないじゃろうに。一応確認するが、おぬしがここの責任者でいいんじゃな?」
和服の妖怪は簡潔に質問に答えると、続けて質問してきた。
「わ、わたしをどうするつもりだ」
「おぬしの質問には先ほど答えたはずじゃ。わしの質問に答えろ、今すぐ、簡潔に」
男の発言に多少苛立ったように言葉を返し、片手をそっとこちらへと向けてくる。おそらく何かしてくるに違いない。
もうためらっている時間はなさそうだった。
「ぐっ……。この手は使いたくなかったが。覚悟するんだな妖怪」
男は慌てて近くの巨大な培養装置の前へと移動した。そして素早く装置を起動するためのパスコードを入力する。
その様子を和服の少女が怪訝な面持ちで眺めながら訊ねた。
「……なんじゃそれは?」
「ふはは……。いくら妖怪といえど、人工的に作られた妖怪を見るのは初めてかね?」
和服の妖怪の質問に、よくぞ聞いてくれたとばかりに男は引きつった笑いを浮かべながら答えた。
「これこそ、私の長年の研究の成果よ! 妖怪化の霊薬などこれを作り出すための副産物に過ぎないのだ!」
男は妖怪の方へ振り向き、その狂ったような笑顔を向けた。
「こいつは妖怪化させた人間から採取した細胞を複数混ぜ合わせ、様々な力を身につけた最強の妖怪キメラなのだ。いや、ここは妖怪的には”鵺”と名付けようか」
鵺。
平安物語に登場する不気味で得体の知れない妖怪。
猿の頭で体は虎だったり尾は蛇だったりと様々な姿で描かれており、その様子はまさに日本のキメラのようだ。
数多の力を混ぜられたこの人工妖怪もまた、そんな混ぜられた妖怪の名を冠するにふさわしい。
「鬼の腕力、魔獣の素早さ、植物妖怪の耐久性! 例えきさまら純粋な妖怪であっても敵うまい」
「……ほぅ。そうか」
「まだ調整が万全とは言えないが丁度いい。データ収集がてらきさまで色々試させてもらおう」
「……のぅ。おぬし」
「さあ、恐怖するがいい! ゆけ、私の最高――」
男が装置起動のレバーを引こうと手を伸ばし、
「――傑作」
目の端に何か白いものが一瞬見え、
「……よ?」
次の瞬間には体が宙に浮いていた。
男はただ、呆然とするしかなかった。いったいなにが起きたのか。
男が自分の体をよく見れば、白い糸のようなものがしっかりと巻きつけられ、そのまま天井から吊られている状態のようだった。
なすすべ無く吊り下げられている男に和服の妖怪がゆっくりと近づきつつ口を開く。
「……戦いに勝つためには、まず戦わなければ良い。おぬしが何かしようというのはわかりやすかったからのう。わしは戦闘はさほど得意ではないゆえ、行動を起こす前に封じさせてもらった。……それとおぬし」
男のすぐ近くまできた和服の妖怪は、眉をひそめ男を見上げつつ睨みつけた。
「単純に話が長い。簡潔に、と言うたじゃろう。敵前だというのにちと油断しすぎではないかえ?」
「……」
そう言って睨みつけてくる和服の妖怪に、男はただただ呆然とするしかなかった。
まさか、妖怪に説教されるとは思わなかった。しかも、自慢であり切り札でもあった鵺すら使うこともできずに完全に拘束されてしまった。
しかも説教内容が正論であったことも、男の心を折る要因になっていた。
あれほど妖怪について研究し、超常なる力を有していると初めから分かっていたのに。完全に舞い上がってしまった。
「さて、色々吐いてもらうから覚悟するんじゃのう。容赦の仕方は知らんゆえ、気張れよ人間」
ニタリと怪しい笑顔で微笑む和服の妖怪に対して男ができることといえば、もはやがっくりと肩を落とすだけだった。




