屍人憑き
「……あ、あぶなかった」
ツギハギの妖怪が倒れた通路。誰もいないはずの通路から呟くような声が聞こえた。そして空間がぐにゃりと湾曲し、そのなかから長髪黒髪で細身の男――陰山が姿を現した。
「ちゃ、ちゃんと死んだ……よね?」
そう言って陰山はツギハギの妖怪に恐る恐る近づいた。背中から長剣で串刺しにされた妖怪は動く気配もなく、息をしている様子もなかった。
「うぅ……やっぱり人の形をしたものを殺るのは……きついなぁ」
敵が人間ではない化物――妖怪という特殊な生物であることは事前に聞いてはいた。目の前のツギハギの妖怪も確かに異形の姿をしていると言える。
しかし、だからといって生物を殺めるのはどうも慣れなかった。陰山自身、ゲームとかでは沢山のモンスターや敵兵を倒してはいるが、やはりゲームと現実は違う。
できればこんな方法は取りたくなかったのだ。だからこそこうやって迷わせて疲弊させ追い返そうとしていた。
でも予想外の事態が起きすぎた。
まずはこの敵たちが分散してしまったこと。まとまって動いてくれていたら自分ひとりの力で足止めできたのだが、分かれてしまってはさすがに全員迷わせるのは無理だった。そこまで自分の力を広範囲に及ばせることはできない。
もう一つは、この目の前の妖怪が陰山の力の正体に気づいてしまったことだ。まさかそこまで頭のいい化物がいるとは思わなかった。
妖怪っていうのは不思議な力を持ち、その圧倒的な力で潰すものだと思っていた。そして人間側は知恵を絞って対策を練り討ち果たすのがセオリー。創作の世界ではそれが当たり前だった。
だが、この妖怪は違った。細部にまで気を巡らせ、知恵を絞る。挙句の果てにこの妖怪は敵であるはずの人間の手当までしていたのだ。
「お、お前が悪いんだからな。諦めて帰らず、しかも気づいたお前が……」
そういって妖怪の死体から目を逸らす。あんまり直視し続けたくはない。血が真っ赤なのも嫌なところだった。化物といえば緑色の血をしているものだろうに。
「と、とりあえずほかの敵も探さなきゃ……。先にあの天井に登った和服の妖怪が先か。あのまま2階に上がられたらまずい」
「ナルホド。やっぱり2階があるんダね?」
ぶつぶつと呟く陰山の近くから、突然声が聞こえた。
一瞬自分の耳を疑ったが、空耳にしてははっきりと聞こえた。
まさか。
信じたくない。
それでも、意識とは逆に勝手に体が声のした方へと恐る恐る振り向いた。
「挨拶ガ遅れタね。コンバンワ」
そこには、1人の人物が立っていた。体はツギハギだらけで、足元は血だまりになっていた。そして、腹部は背中から長剣で串刺しにされたいた。
それは、先ほど死んだはずの妖怪だった。
その妖怪が、ギョロ目をこちらに向け、まるで裂けたあとのような大きな口からギザギザの歯を覗かせながら笑っているような表情を浮かべていた。
「な……なん、で」
陰山は恐怖に目を見開いた。もはやかすれた声しかでない。ちゃんと命を奪うような嫌な手応えはあった。にも関わらずこの妖怪は立ち上がったのだ。
ツギハギの妖怪はこちらに笑顔を向けたまま、なんでもないように背中に手を回して自分に刺さっている剣を抜いた。
その光景は十分に陰山を恐怖させたが、つぎに起きた現象にさらに陰山は戦慄した。
流れ落ちていた血が瞬時に止まり、傷口の周りの筋繊維がまるで別の生き物のように動いて傷口を塞いでいったのだ。さらに破れた服まで繊維が勝手に動いて裂かれた箇所を勝手に塞いでいった。
まるで映像の逆再生のようだった。
「ボクはね、屍人憑きなんダ。だからこんな程度じゃ死なないんだよ」
「し、しびとつき……?」
「いわゆるゾンビってやつだヨ。今じゃアあんまり馴染みのナイ言い方かもしれないネ」
「ぞ、ソンビ……!」
ゾンビといえばよく映画やゲームで馴染みのあるモンスターだ。
ところどころ腐敗していて脳も腐ってる。だから知能がなく1体だけなら特に驚異でもない。群れで襲われると厄介な雑魚モンスターのひとつだ。
だが、目の前にいるのは知能もかなり高く意思疎通もできる。ほんとにこれがゾンビなのか?
「まァ、挨拶もホドホドに……本題に入ろうカナ? イロイロ 聞カセテ モラウヨ。キヒヒヒヒヒ」
狼狽する陰山に、先ほど自分の体から抜いた長剣を片手に持ってゆっくりと近づくツギハギ妖怪。不気味な笑い声が一層恐怖を駆り立てる。
「あ……ま、まって。待ってください! ぼ、ぼくはそんな、殺すつもりじゃ……」
「殺すつもりはナカッタ? おかしいネ……。じゃあボクに刺さってた長剣は誰のモノかなァ?」
「そ、それは……」
「ソンナ調子で殺されちゃア、こっちは死んデモ死にきれナイよ」
妖怪は言語機能のどこかが壊れたような謎のイントネーションで話しかけてくる。妖怪の顔は笑っているように見えるが、目はもはや笑ってはいなかった。陰山は必死に弁明するも、効果は薄いように感じられた。なにより精神がすでに現界に達していた。
「ひ……う、うわあああ!」
これは、このままじゃ、殺される……!
陰山は、半ば発狂するように即座に能力を発動させた。
***
青年が叫び声をあげると、あたりの景色が一部ぐにゃりと歪む。
「ムぅ……」
おそらく、青年が力を発動させたのだろう。辰砂は素早く周囲を警戒する。
青年の能力にはあらかた見当が付いたとは言え確証はない。
そして青年は、ポケットからバタフライナイフを取り出すと突撃してきた。
辰砂もまた左腕から骨を生やし、骨の盾を作って構える。青年もまた構わずにナイフを突き出して突進してきた。
「うグゥ!?」
辰砂は背中に鋭い痛みを感じた。とっさに振り向きつつ長剣を振るう。
しかしそこには誰もおらず、青年もまた血のついたナイフを手に後ろに引いて再び構えた。
いつの間にか背中から刺されたのだ。
「守りは悪手カナ……なら」
辰砂は小さく呟くと、今度は骨盾を構えつつ槍のように長剣を青年に向かって突き出す。
だが、剣は青年に当たる直前で折れ曲がったように逸れた。
辰砂が素早く剣を引き戻してちらりと眺めたが、剣自体には特に異常は見られない。
もう一度距離を詰めて何度か連続で突きを放つが、全て青年の直前に刃が迫ると一定の部分を境に折れ曲がって逸れるのだった。
その様子を確認すると、辰砂は一旦後ろに下がり距離をとった。
「ぼ、ぼくに、そんな、こ、攻撃は効かないよ」
「どうやらソウみたいダネ。これは光の屈折カナ?」
声が震えつつも自慢げに語る青年に、辰砂は能力の正体を語ってみる。
その瞬間、少し余裕のあった青年に表情が急にこわばった。どうやら思ったより顔に出やすいタイプのようだ。
「だ、だったらどうするのかな? ぼぼぼくに攻撃が当たらなければ、い、意味がないと思うけど」
どもりながらも虚勢をはる青年。
「そうダねぇ。この剣のままじゃ難しいネ」
辰砂はそう言うと、剣を手前に捨てた。
そして辰砂は背中をまるめるようにして構える。
「君のヨウな回避に秀でた子との戦いハ、大規模攻撃が効果的なのサ」
そう辰砂が呟いた瞬間、辰砂の背中が裂けた。
その裂けた部分から、バキバキと音を立てながら骨でできた蠍の尾のようなトゲがいくつも生えてくる。さっきまで少し余裕があった青年も、その異様な光景に言葉を失い後ずさった。
通路の一角を埋め尽くさんばかりの骨棘を生成し、辰砂は不気味に笑った。
「キヒヒ……サァテ、君の精神はどこまで耐えられるカナ?」




