地底牢獄都市
――地底牢獄都市。
通称は『地獄街』。
日本の地下に存在する日本最大の”迷い家”であり、存在と入口を知っていれば日本全国のどこからでも入ることができる。
総面積は約700平方キロメートル……と言われているが、段々と広がっているらしい。
「いってらっしゃいませ。お気をつけて」
「おぅ、ごくろーさん」
地獄街への出入り口である門をくぐりぬけて手続きをとったあと、白銀玄々は門番に別れを告げて街中へとくり出した。
「懐かしいなぁ……。何年ぶりだ? 10年ぶり?」
玄々は巨大な町並みを見渡した。
レンガやコンクリートを中心とした頑丈な建物や巨大な高層ビルが数多に立ち並ぶ姿は、日本というより海外の大都市を思わせる。
地獄街は一種のアーコロジーとなっており、生活に必要な資源や素材の生産・消費が完全に自己完結している。なので外部、つまり地上からの物資の輸入や輸出はほとんど行われていない。
とはいえ、人間たちが作り出した文化や技術はちょっとずつ入ってきているので、完全な閉鎖都市というわけでもない。とくに嗜好品や娯楽は率先して輸入しているようだ。とくにお酒類の輸入速度は尋常ではないほど早い。
地底の名の通り地下にあるので空は見えないが、高さは富士山すら余裕ではいるらしい。空も見えないということは太陽の光も届かないので、昼も夜もない。しかし、街灯や建物からもれる灯り、店の看板に使われているネオンの光などが絶えず輝いているため、都市全体が常に明るかった。
そして太陽の光がないということは、太陽の光が苦手なタイプの妖怪でも自由に出歩くことができる。
そう、ここは妖怪大天国の街なのである。
それゆえにいざこざも多いのだが……そこはご愛嬌。というかいざこざが多すぎて、死の危険が常に付きまとう街である。喧嘩くらいなら日常茶飯事。軽犯罪から重犯罪まで一通り起こるという治安の悪さなので、力の弱い妖怪は素直に地上に住む。それでも実力主義の自由すぎる場所なので地上よりは暮らしやすいと、かなりの妖怪がこの街に住んでいるのだった。
一応常駐御庭番が居て、ある程度の治安維持には勤めている。まあ、喧嘩程度なら目を瞑るくらいの治安維持だが。
そして、玄々の目的はというと、
「相変わらずでかいねぇ……」
中心部にある、都市にいるならばどこからでもその存在を視認できるほど巨大で荘厳な塔。罪を犯したさまざまな妖怪たちが収容されている場所。
その名も監獄塔が建っていた。
辺りに響き渡る賑やかな笑い声や喧騒、怒声や爆発音を無視して、玄々はまっすぐ塔に向かって歩き出すのだった。
***
玄々は塔の中心部にある来客用エレベーターにで最上階へと向かう。高速エレベーター内で待つこと10分。
エレベーターから降りて長い廊下を渡り、最奥にある両開きの扉をノックする。
中から「どうぞ」の声を聞き、扉をゆっくりと開けた。
部屋の内部は円形になっており、天井は見上げるほど高い。部屋の壁は全て棚になっており、棚には大量の巻物で埋まっていた。この巻物には様々な事件の記録が書かれており、事件を起こして裁かれた妖怪たちの記録もここの巻物に記さている。
そんな部屋の中心には大きな机と椅子があり、机の上に置かれた大量の資料に目を通しては羽ペンで何かを書いたり、時折ハンコを押している者がいた。
「よーぅ、ペリドート。久しぶりだねぃ、閻魔業は順調かい?」
玄々は声を掛けると、ペリドートは資料から目を離して玄々の方へと視線を向けた。
「その名前で呼ぶのは君と酒呑童子くらいだよ……。僕はもう御庭番じゃあないんだ。閻魔の仕事中くらいは橄欖童子ってちゃんと呼んでくれるかな?」
「ああ、悪いねぃ。ちょいと懐かしくなってね」
「君は変わらないね。その口調を聞くと少し安心するよ」
ペリドート――もとい橄欖童子は、玄々の間違いに怒ることもなく優しく微笑んだ。そんな橄欖童子を玄々もゆっくりと眺めながら微笑む。
その姿は、まるで獣と人の中間のような姿だった。
黄土色の毛に覆われ、焦げ茶色の髪をしている。大きめの黒い角に、横長の瞳孔を持つ翠色の眼をしていた。
服装は閻魔らしくちょっと豪華な和服っぽい服装をしている。
ただ、背丈はそこまで高くはなかった。むしろ低いくらいだった。
そして、なにを隠そう、橄欖童子は閻魔なのだ。
ただし、ここでいう閻魔というのは人間側で言う裁判官のようなもの。罪を犯した妖怪を裁くのが主な仕事。死者たちを天国だの地獄だのと裁くのは、また別の閻魔の仕事である。
「忙しい中、時間をとってもらって悪いね。なるべく要件は短めにするからよぅ」
「いや、大丈夫だよ。僕も仕事がひと段落したからね」
事前に電話で訪問することは伝えてはいたのだが、閻魔業というのはかなり忙しいはずだ。それでもなんとか時間をとってくれるのは、彼なりの優しさと誠実さだろう。だからこそ閻魔が務まるのだろうけれど。
「酒呑童子は今はどうしてる? 相変わらず元気にやってるかな?」
「そうだねぇ……最近はメイドカフェとか経営し始めたよ。今、壱咫が奉仕活動として働いてる場所」
「ああ、この間の窃盗犯の子か。元気に頑張っているなら結構」
自分も働いてみたからねぇ、と玄々も思い出しながら橄欖童子の質問に答える。玄々の答えに橄欖童子も満足そうに頷くのだった。
壱咫の判決を行ったのももちろん橄欖童子だった。罪は犯したものの情状酌量の余地と更生できる可能性を鑑みて、禁固刑ではなく奉仕活動を行う刑を言い渡していた。
壱咫もちゃんと働くことができて嬉しそうだったし、もう罪を犯すこともないだろう。
「ただ、あの子が関わっていた案件のほうが厄介極まりないって話だったね」
橄欖童子は事件の裏にくっついていた霊薬事件を思い出し、眉間に皺を寄せる。
「まさにそれ。今回私がここに出向いたのも、その霊薬絡みの話さ」
「ふむ、だろうとは思ったよ」
「霊薬の出処を探るために、証言を聞きたい妖怪……いや、元人間がいる」
玄々は、単刀直入に訊ねる。
すると、橄欖童子は一本の巻物を机の引き出しから取り出した。結われた紐を丁寧に解き、机の上に広げて見せる。
「君の電話を受け取ったあと、おそらくそれら絡みの事件だろうと思っていろいろまとめておいた。どの事件が聞きたいのかな?」
「ほんと有能だな……話が早くて助かる」
橄欖童子の仕事の早さに、玄々は思わず舌を巻いた。
こういうマメなところと察しがいいところが、昔から頼りになる。
「とりあえず話が聞きたいのは、私がゴールデンウィークあたりでとっ捕まえた異界を発生させなかった鬼モドキの少年だ。まだ捕まってるはずだけど……」
玄々が特徴を話し始めると、橄欖童子は少しだけ巻物にゆびを走らせ首を横に振った。
「ああ、その子なら今は会話できない」
「……どういうことだ?」
橄欖童子の険しい顔に、玄々は背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。橄欖童子は、巻物から顔をあげると、玄々を見つめ悲しげに口を開いた。
その言葉は、玄々にとって最悪のものだった。
「彼は今、昏睡状態だ」




