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冥土喫茶

「……え、ここ?」


 紗月は掲げられている看板を見上げて絶句した。

 そこには『メイドカフェ ひゃっき』と書いてあった。



***



 10月の半ば。午前10時ちょっと過ぎ。天気は快晴。

 紗月は高校の修学旅行ということで東京を訪れていた。ちなみに本日は2日目である。

 1日目は京都から東京へ新幹線での移動と、ホテルへバスを使って移動しただけで潰れた。

 そして本日は自由行動である。仲のいい子達で集まって各々いろんなところに行っているようだけど、私は知り合い……というか玄々たちに会いにいくために一人別行動である。別に友達がいないわけじゃない。あんまり親しくないだけである。言ってて悲しくなってきた。


 そんなことはさておき、なぜ東京なのに玄々たちがいるの? ということなのだが、実は先日の事件で東京支部の人たちに仕事を手伝ってもらったらしく、今回はそのお返しに来ているとのことだった。

 で、どうやら池袋にあるカフェで数日働いているらしく、その働いている場所を教えてもらって来てみれば……これである。


「……メイド……カフェ?」


 謎である。

 思わず5回くらい位置を確認した。……心配になったのでもう一度確認したが、やっぱりここである。


 まあ、メイドカフェって書かれていてももしかすれば普通のカフェかも知れない。

 紗月は、意を決して店の中へと一歩踏み入れた



「らっしゃーせー! ごしゅじんさまぁぁぁぁ!」


 帰ろう、帰ればまた来られるから。


 無表情のまま即時(きびす)を返して帰ろうとする紗月を、元気よく出迎えたメイド――もとい玄々が肩をがっしり引き止める。


「あいや待たれぃごしゅじんさま! 即帰ろうなんざぁちっと無粋じゃあございませんかねぇ、ごしゅじんさまぁ!」

「まず口調を直してから出迎えて!? もはやなんの店かわからなくなってる!」

「えー? 結構好評なのになー」

「好評なんだ……東京こわい」


 紗月から手を放し、なぜかちょっと大げさにむくれた様子で話す玄々に、紗月は呆れ果てた。

 メイドカフェの子は元気がいいのが良いとはなんとなく思うけど、あんな時代劇口調でも受け入れられるものなのだろうか? というか来店時の口調がただの居酒屋のノリだったのだけどそれでいいのかメイドカフェ。


「まあ、それはともかくよく来てくれた。歓迎するぜぃ」

「うん、それはいいけど……なんで玄々がメイドカフェで働いてるの?」


 両手を広げて笑顔で出迎える玄々に対して、紗月は率直な疑問を投げかける。


「ああ、それはさ。ここ御庭番(おにわばん)が経営してんの。資金稼ぎの一環」

「……なんでもありなの? 御庭番」

「あと、酒呑(しゅてん)さんの趣味」

「……なんでもありだわ。御庭番」


 玄々から帰ってきた言葉に、さらに呆れる紗月だった。

 酒呑童子の趣味なら仕方ない。というかそれで納得してしまう紗月自身もだいぶ毒されてきたなとは思う。


「まあまあ、ほら可愛いメイドが出迎えてんだぜぃ? うれしいだろ?」


 そういって両手を猫のように丸めて招き猫のようにし、片足を軽く上げてポーズをとる玄々。


「…………」

「…………」

「……うん、そうですね。ウレシイデス」

「おう? 今の間はなんだい紗月。なんで言葉に詰まったんだぃ? なんで目を逸らす? おーう?」


 思わず玄々から目線をそらした紗月に、笑顔で詰め寄る玄々。笑顔が怖い。


 別段、玄々が可愛くないわけというではない。

 フリルが大量についたミニスカートのメイド服に、これまたフリルが大量についたヘッドドレス。頭の右横にはアクセントとして黒いリボンが付いていた。

 黒と白の縞々のニーソックスを履いており、靴もヒールが低めの黒色のロリータ靴。

 もともと黒色と白色の服を好んで来ていた玄々なので、なんだかんだ言って似合っている。まあ、布面積が多少小さくなったために筋肉質の手足がちょっと目立つが、全体的に細身ではあるし褐色肌と相まってとくに問題ない。


 問題は、このぶりっこぽーずである。恐ろしい程に似合っていない。

 

 本来なら大体が可愛くなるであろうにゃんこのポーズだが、玄々がそれをやると違和感が凄まじいのだ。普段から勇ましさとか男勝りな言動が多いから、そのせいもあるのかもしれないけれど。


「まー、紗月でいじるのはこれくらいにするか。さ、中入ってくれ」


 どうやら満足したらしい玄々は、紗月から離れると紗月を奥へと案内した。

 紗月も玄々について行きながら、店内をゆっくり眺めた。

 メイドカフェというからどんなものかと思ったけど、内装はわりと普通な感じだった。

 店内はこじんまりとしていてあまり広くはないが、木製のテーブルや椅子など木を基調とした落ち着いた雰囲気の店内であり、観葉植物やインテリア用に置かれた本棚など、ゆっくりとコーヒーなどを楽しむにはうってつけといった感じだった。すごくオシャレな感じである。

 そのため、メイドカフェにしてる理由がさっぱりわからない。普通にカフェとして経営すればもっと人気出るのではないだろうか?

 そんなことを考えながら、紗月は案内された席についた。


「そういえば、働いてるのって玄々だけ?」


 紗月は、ふと頭の中に沸いた疑問を玄々に訊ねてみる。


「いんや、ヘルプは私以外にもいるぜ。普段は人間のメンバーもいるんだけど、今日は全員休み。私ら妖怪の女性陣だけだよ」


 そういって玄々は後ろを振り返る。

 紗月もつられて玄々の視線の先を覗き込むと、小さなメイドが必死に注文をとっていた。


「注文は……、気ままコーヒーに日替わりオムレツじゃな? それからえーと……気まぐれモノノケサラダに、おまじないを添えて……。おまじない? 品書きに見当たらないが。む? 待つんじゃ、今書き出しをしておるでのぅ……」

 

 紫朔(むらさき)だった。

 必死に注文を聞きながらペンを走らせている。

 ウエイトレスとしては凄く(つたな)いのだけれど……


「ゆっくりでいいぜ。もう一回注文言おうか?」

「がんばれー」

「かわいいなぁ」


 その様子を男性客が柔和な笑顔で眺めているので多分大丈夫だろう。

 紫朔の衣装は、玄々と違ってフリルが少なくスカートの丈も膝よりちょっと上くらいの長さだった。

 どちらかといえばシックな感じのエプロンドレスといった感じだが、紫朔の身長が小学生くらいしかないので、必死に店の手伝いをしている子供に見えて可愛らしい。


「いや、妖怪だけだけど女性陣だけ(・・)じゃないだろ?」


 紗月と玄々が紫朔の働く姿をのんびり眺めていると、声をかけながら近づいてくる人物

 こちらもまた随分と小柄な人物だった。

 紫朔とは違い、フリル多めのメイド服にかなり短めのミニスカート。ところどころについたリボンが可愛らしい、桜髪で銀色の目をした子だった。


「お、壱咫(いさか)。バックヤードでの作業はもういいのかぃ?」

「ああ。もう終わったからホールの応援に来た。あと店長が店の様子聞きたいから電話してくれって言ってたぜ」

「まじか。ちょいと電話してくる」


 壱咫(いさか)と呼ばれた少女から業務連絡を簡単に受けると、玄々は紗月に軽く手を振り、店の奥へと言ってしまった。


「ねぇ、壱咫ちゃん。さっきの女性陣だけじゃないってどういうこと?」


 紗月は、壱咫に訊ねてみる。


「ああ、それはな。男性スタッフもいるってことだよ」

「キッチンに?」

「いや、目の前に」


 一瞬、紗月は言われたことが理解できなかった。

 そんな紗月の様子を見てにやりと笑う壱咫の反応で、紗月はピンと来た。


「え……まさか、壱咫ちゃん(・・・)じゃない……?」

「ご明察」


 壱咫の答えに、紗月はあんぐりと口を開く。

 どこからどう見ても女の子に見えるのに……。


「ああ、断っておくけどこれはオレの趣味ってわけじゃないぜ? 玄々の姐御に着てみてくれって言われてな」

「また玄々ってば……。壱咫くんも嫌だったら断ってもいいと思うよ?」


 心配する紗月に対し、壱咫は首を振った。


「これはさ、オレなりの”化ける”事なんだよ」

「化ける?」

「お姉さんは姐御の知り合いっぽいし、妖怪について明るいみたいだから言うけどさ。オレ、化けることができないんだよ」


 壱咫は少しため息混じりの吐露した。


「他の妖怪より妖力が低くてさ。でも、その代わりにって姉御に教えてもらったんだよ」

「なにを?」

「”コスプレ”ってやつさ」

「……コスプレ?」


 壱咫から返ってきた答えは紗月にとっては不思議なものだった。


「そう。人間の一部に流行ってる文化だって甘く見てたけどさ、これが馬鹿にできなくてね。まったく妖力がない人間でも道具と技術次第で年齢の偽装、性別変化、さらには漫画のキャラクターや化物にだってなれる。コスプレって技術はすげぇよな」


 屈託のない笑顔でコスプレについて力説する壱咫。若干特殊メイクと混同しているようだけど、そこを突っ込むのは野暮というものだろう。

 紗月自身も、この意見には驚きはしたものの納得がいった。

 自身もコスプレ写真は何度か見たことはあるが、人物キャラだけでなく動物系キャラや人型ロボット、果ては字幕のコスプレなど、様々な趣向を凝らしていてクオリティも高かった。中には本当に現実に出てきたのかと錯覚するようなものさえあった。

 あれも妖怪からすれば何かに”化ける”事なのかもしれない。

 例え力が足りなかったりしても、技術を駆使することで補う。進化した技術は魔術と見間違うとはまさに言い得て妙なのかもしれない。


「それで、お姉さん」

「なに?」

「ご注文は?」


 目の前の可愛らしい少女(いさか)に訊ねられて、紗月は今更ながら何も注文してないことを思い出した。

 紗月は慌てて注文をした。


「ああ、それじゃコーヒーひとつ」

「あいよ」

「それと……」

「それと?」

お姉ちゃん(・・・・・)で、ぜひ」

 

 追加注文の内容に若干呆れられながらも、その呆れにすら至福感を感じた紗月は、出された注文のコーヒーをゆっくりと啜るのだった。

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