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期待と不安

「私が学校いってる間に、そんなことがあったんだ……」


 いつものたまり場で、のんびりとゲームのプレイ画面を見ながら紗月(さつき)は相槌をうった。

 本日は日曜日。学校も休みなので、紗月はお昼ごろから暇つぶしに玄々のところへと遊びに来ていた。

 ちょっとふかふかなソファーに脱力しながら、玄々(くろろ)が新作のゲームで遊んでいるのを眺めてるのだ。玄々はゲームで遊びながら、先日あった事件を話してくれた。


「それで、そのあと結局どうなったの?」

「とりあえず、事件のリーダー各の男とその取り巻きは陰陽隊(おんみょうたい)に引き渡した。人間は人間側の法律で裁かれる。罪状はたぶん麻薬取締法違反まやくとりしまりほういはんあたりを適用するんじゃないか?」

「なるほど。というか陰陽隊って警察みたいなのね」

「っていうか、まんま警察だねぃ。署は異なるけど、凶悪な怪異(かいい)の犯罪とかだと警察と連携して捜査に当たる場合もあるし、警官としての権限も一応あるから警察手帳とかも持ってる」

「へー……」


 玄々がゲームに集中しながらも丁寧に説明してくれた。今回の説明はわりとわかりやすい。

 あまり面識がないためか陰陽隊ってなにをしてるのかいまいち分からなかったが、警察とほとんど同じのようだ。ということはたまにいる警官の中にも陰陽隊が混じっているのかもしれない。

 意外と身近に居たことに驚きである。


「人間のほうはわかったけど、それじゃあさっき言ってた妖怪の子はどうなったの?」

壱咫(いさか)かぃ。あいつは妖怪だからこっちで裁く。だからいまごろは地獄街(じごくがい)についた頃じゃないかねぇ」

「じ、地獄……」


 玄々はさらっと言ってしまっているが、なんともまた不吉な言葉が出てきた。

 ほんとに地獄なんてあるんだ……。


「地獄街。正しくは『地底牢獄都市(ちていろうごくとし)』って名前だよ。日本の地下深くにある妖怪だけの街。もちろん”迷い家(マヨヒガ)”になってるから簡単にはいけないとこさ」

「ちゃんとあるんだね。妖怪だけの街って」


 紗月は、街全体が迷い家になってる街がある、というのは前々から聞いていたことを思い出した。


「ああ、一人で行くのはおすすめしないぜ? 地獄街は中央の監獄塔(かんごくとう)以外はわりと無法地帯だから、生身の人間が行ったら生きてでられるかわからん」

「私もそこまで好奇心旺盛じゃないからご遠慮します……」


 ケラケラと笑いながら、物騒なことを話す玄々。

 紗月としても命はちゃんと惜しいので、好奇心はそっと心の隅にしまい込むのだった。


 和やかないつもの雰囲気。

 ゲーム音のやかましい音と軽快なBGM、玄々のやられたときに出る謎の言語を除けばとても静かだ。

 紗月が窓の外に目を向けると、1羽の雀が元気に飛び去っていくのが見えた。


「その壱咫いさかっていう子。その子もちゃんと報われるといいね」


 紗月が視線を玄々の方へと戻すと、玄々はゲームしていた手を休めてどこか遠くを見つめていた。

 玄々の尻尾がゆらりと小さく揺れた。


「まあ、あいつならもう大丈夫だろう。どのくらいの罰を受けるかはわからんが、奉仕活動(ほうしかつどう)を終えたらちゃんと歩いて行くさ」


 玄々が期待でもするかのように、少し嬉しそうに話す。

 テレビ画面の方を向いているから紗月からは表情は分からないが、きっと笑っているのだろう。


「御庭番に来るといいね」

「どうだろうねぇ。発破をかけはしたが、最後に決めるのはあいつ自身。それを強制することは誰にもできない、しちゃいけないからねぃ。ま、御庭番の門を叩いた時にゃ、推薦状でも送っておくさ」


 紗月の言葉に、のんびりとした口調で返す玄々。

 でもなんとなく、玄々は期待してるように紗月には見えた。

 その怪異の子には、これからどんな道を歩むのかわからないけど、失敗を恐れずに頑張って欲しいものである。

 紗月も、彼を見習って頑張って行かなければと気合を入れた。……主に勉強とか。


「そういやさ、紗月。天翼(つばさ)って見なかったかい?」


 紗月が物思いにふけっていると、玄々が紗月に質問してきた。


「うーん、見てないけど……何かあったの?」

「ああ、いや。そういうわけじゃないんだが……ちょいと最近顔を見なくてねぇ。まあ、天狗界隈も代表の体調が優れないだの、跡取りがなんだの聞くし、忙しいんだろう。気にすることじゃないけど」


 紗月としてもここ最近は期末テスト(きょうだいなてき)に向けて勉強に励んでいたため、あんまりこの隠れ家には出入りしていない。

 よくよく思い出せば、たまに訪れた時も確かに紫朔やノウェムにはよく合うが、天翼の姿は一度も見かけていなかった。

 そこまで思い出して、ふと義経(よしつね)の姿も見かけないことに気づいた。


「そういえば、義経にも最近会ってないかも」

「あれ? 義経にもかぃ。ここんところ物騒だからてっきりお前さんの護衛につきっきりかと思ったんだがねぇ」


 紗月が義経のことを話すと、玄々もこちらに振り向いて同じく首をかしげた。


「いつもだったら、電柱の上とか屋根の上とかに立ってこっそりこっち見てたりするんだけど。最近全然見かけなくて」

「なんだそりゃ……一歩間違えるとストーカーだな」

「前に一度、探し出してやめてって伝えたけど、隠形(おんぎょう)してるから大丈夫だって言って聞かなかったのに……」


 紗月がため息混じりに義経を注意したことを話すと、玄々のこちらをみる眼差しが少しだけ強くなった。


「隠形してる義経を探し出せるのかぃ? 紗月」

「え? ええと、義経が近くにいるとなぜか姿を隠しているのがはっきりと分かるっていうか視える(・・・)っていうか……透明になってるのが分かるっていうか……」

「なるほどねぇ……」


 紗月が説明していると、少しだけ玄々の表情が険しくなった。どちらかといえば心配しているような、そんな目をしている気がした。

 ただその表情は一瞬だけで、玄々はすぐにモニターの方へと顔を向けてしまった。


「まあ、義経だってお前さんが心配なんだ。ちょっとぐらい好きにさせてやんな」

「うん、それもそうね……。怖がっちゃ悪いよね。」

「ああ、それと」


 玄々はそこで一旦言葉を区切ると、静かに言った。


「紗月、その隠形してる場所が視えるってのは、誰にも言っちゃだめだぜ?」

「な、なんで……?」

「……内緒にしておいてくれ。頼む(・・)


 玄々はそう言うと理由を話さずに黙ってしまった。

 玄々はテレビ画面の方を向いているから、こちらからは背中しか見えずその表情はわからない。

 ただ、その何かを心配しているような口調に、紗月はそれ以上理由を尋ねることができず、ただ「わかった」と言って頷くしかできなかった。


 残暑も少しづつ落ち着いてきた秋の午後。


 この一瞬流れた嫌な汗は、きっと気のせいじゃない。 

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