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一寸先は

 壱咫(いさか)は意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた。

 最初に目に入った天井をぼーっと見つめ、しばらくすると自分が倒れていることに気がついた。立ち上がろうと体に力を入れたが、体にうまく力が入らない。壱咫は諦めて脱力した。


(ああ、そっか。オレ……負けたんだったっけ)

 

 そんなことを、壱咫は天井を見つめながら思う。

 ただ、不思議とショックはなかった。どちらかといえば、心が少しだけスッキリしたような奇妙な感覚だった。


「お、気がついたかぃ」


 ふいに声をかけられ、目線を動かせば玄々(くろろ)がすぐ近くに座っていた。片足はあぐらをかくように曲げ、もう片足は膝を立てるようにして座っており、立てた膝の上に片腕をのっけている。

 玄々はこちらを向いて微笑むと座ったまま訊ねてきた。


「壱咫、気分はどうだぃ?」

「いいわけないだろ。あんだけボコボコにされたんだから」

「あっはっは。まあ、それはしかたないだろう?」


 むくれて返事を返す壱咫に、玄々は苦笑した。

 そして、一瞬で真顔になって言葉を続けた。


「窃盗っていうれっきとした犯罪を犯して、しかも盗品を売りつけたんだ。多くの人に多大な迷惑かけておいて許すわけ無いだろう」

「……ごめんなさい」


 あまりの玄々の圧に、思わず壱咫は謝ってしまった。めちゃくちゃこわい。

 壱咫の謝罪の言葉を聞くと、また笑顔に戻った。


「まったくさ、私が言えた義理じゃないんだけどよぅ。妖怪とはいえ女の子なんだし、あんま危ないことするもんじゃないぜ?」

「いやオレ、男だし」

 

 玄々の優しい忠告を、あっさりと壱咫は否定した。

 玄々の目が点になる。


「あんなハンチング帽で長髪隠してしかも男の子みたいな格好してるっていうような完璧な条件をしておいて男だと……? そこ普通女の子じゃないの?」

「……何言ってんの?」

「もったないぜ……。せっかく実は女の子でしたっていう王道パターンのオレっ娘属性を放棄してしまうとか……。いや、男の娘属性か。ありだねぇ」

「……マジで何言ってんの?」


 勝手に暴走する玄々に、思わず壱咫はツッコミを入れてしまった。

 なにやら満足そうにうんうんと頷いてる玄々に呆れた壱咫は、さらに脱力して目線をまた天井に戻した。


 しばしの沈黙のあと、壱咫が口を開いた。


「なあ……、なんでこんなことしたんだ? あんた」


 壱咫は、玄々に静かに訊ねた。


「あんな力があるなら、オレのこと瞬殺してほかのやつと同じようにパクればよかったろう?」


 壱咫は率直な疑問を投げかける。一番気になっていたことだった

 素人の目から見ても、玄々の一挙一動が必殺の力を持っていたことがわかったからだ。言い換えれば完全に手を抜いて戦ったとも取れる。

 そんな回りくどいする理由が、壱咫にはわからなかった。

 壱咫の質問に、玄々は少し考えるように少し俯き目を閉じる。そして僅かな沈黙のあと口をゆっくりと話し始めた。


「そうだねぇ……。まあ、一種のお節介。自己満足だね」

「自己満足?」

「お前さんがさ、なんだか全てのことに諦めを抱いていたように見えたんだよ」


 玄々が、ちらりと横目で壱咫を見ながら静かに話した。

 そんな言葉に壱咫は、静かというよりも無感情のように言葉を返す。


「……どれだけ努力したところで、結果は見えてるしな。出来損ないのオレは」

「”出来損ない”……か」


 壱咫の言葉を、玄々が小さく復唱した。

 心なしか、玄々の獣のような尻尾が小さく揺れた気がした。


「んーとさ、なんというか……。努力ってさ、植物みたいってよく言われるよな」


 玄々はまた目を伏せ、どこか遠くを見つめながら壱咫に語りかける。


「種から芽が出るのは長い時間がかかるし、芽が出たところで上手く伸びなきゃ枯れるだけ。それでも頑張って伸ばしたやつだけが成果っていう花を咲かせて実を作ることが出来る……ってさ」


 玄々の言葉を、壱咫はただ黙って聞いた。


「でも、どれだけ頑張って果実を作ったとしても目立つのは大きく綺麗な果実だけ。小さくて歪な果実は十分な日光を浴びれず上手く色づかずに、やがては落ちて腐ってしまう」


 玄々はゆっくりと優しく、言葉を紡ぐ。


「結局世の中は結果が全てだ。そいつがどれだけ頑張ったとしても、成功していなければ見向きもされない。失敗した痛みってのも相当なもんだ。心が折れてしまう程にさ。だからこそ、お前さんには優しくしてあげてほしかったんだよ」

「……だれに?」


 玄々の言葉に、壱咫は問うた。


自分自身(おまえさん)に、だよ」


 玄々は、壱咫を見つめ答えた。


「失敗することを恐れて、恐怖し、諦めてたお前さんは、私に対して諦めずに最後まで挑んだ。腐り落ちた果実であってもやがては養分になって成長につながるように、結果がどうあれこれは自信を持っていいことだと私は思う。だから、私はお前さんを賞賛する」

「……」

「私はこれからも頑張ったお前さんを褒めてやる。だからお前さんは、何かを成そうとする自分を褒めてやって欲しい。誰がどれだけ頑張ってるのかなんてのは結局、他人にはなかなか見えやしないんだ」


 玄々は、壱咫に向かって小さく微笑む。


「努力した”結果”を褒めるやつは星の数ほどいるが、努力する”過程”を褒めてくれるやつは自分しかいないんだからさ」


 玄々が言ったその言葉が、壱咫の胸の中に響いた。

 不思議な感覚だった。

 

 玄々の言葉全てを理解できたわけじゃない。頭の中、心の中までもがぐちゃぐちゃしている。こんな状態で理解できるわけがない。

 ただ、ぐちゃぐちゃしているなかでも何かが救われたような感覚があった。


 ――頑張っている自分自身を、褒める……か。


 壱咫がその言葉を心の中で復唱したとき、途端に目頭が熱くなった。どれだけ我慢しても、視界がぼやけてくる。

 理由はわからなかった。言葉にできない感情がとめどなく溢れてくるようなそんな感覚だった。


 その時、ふと視界が突然暗くなった。壱咫の顔に何かが乗っかったのだ。

 辛うじて動かせるようになった右手で、顔に乗ったそれを触る。どうやらそれは帽子のようだった。


「それ、やるよ。ネコミミついたキャスケット帽。私のお下がりだけどよぅ」

「……」

「それは、御庭番(わたし)と戦い抜いた証でありお守りだ。そいつをもってる限りお前さんは大丈夫さ」


 玄々は優しく壱咫に話しかける。

 壱咫は、何かを答える代わりに帽子を強く掴んだ。


 あたりの景色が段々と揺らぎ始め、異界から現世へと戻り始める。

 そんな様子を眺めながら、玄々はもう一度だけ訊ねた。


「壱咫……。気分はどうだぃ?」


 玄々の質問に、


「……勘のいい脳筋とか、やっぱり悪夢だな」


 壱咫は、嗚咽混じりに答えた。

 


***


 オレは未熟だ。

 だから、その言葉も中途半端でしか受け取ることができない。

 それが悲しくて、悔しい。

 でも、確かに受け取った。受け取ったんだ。 

 いつかオレが強くなって、玄々が言った言葉全てを理解出来る時が来たら、


 もう一度、改めてオレを認めてくれ。

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