しだれ桜
ドゴンッという大きな音とともに壁は崩壊し、壱咫は隣の部屋へと吹き飛ばされた。
痛いというより熱いという感覚だった。受身をとる余裕すらなく、為すすべもなく床を転がり倒れ伏してしまった。
「……くそっ」
壱咫の口から、思わず悪態が漏れた。
防御をとる暇もなかった。
これが自分と現役御庭番の実力差。
痛感する圧倒的な力の差。
立ち上がるために膝に力を入れるも、腹部に強力な攻撃を2発も食らったせいか胃液がこみ上げてきた。
なんとか吐くのを我慢しつつ、木槌を支えにして立ち上がる。
顔を上げれば、玄々がゆっくりと砕けた壁からこちらの部屋に入ってくるのが見えた。
――絶対に、勝てない。
近づいてくる玄々に対し、壱咫は限界を感じてしまっていた。
たった数撃喰らっただけ。たったそれだけで感じてしまった、圧倒的なほどの巨大な差。
思わず壱咫の視線は下がっていく。
そんな壱咫の様子を見た玄々は、口を真一文字に結んだ。
一瞬悲しそうな目で壱咫を見たあと、玄々は拳を振りかざした。
***
やっぱりダメだった。結局何も変わらなかった。
いつも通りだ。何も落胆する必要はない。
最初からわかっていたじゃないか。
妖力も低め。化けることもできない。できることといえばこの大きさ変化の術くらいだ。
しかもこれは、自分が触れているものだけであり生物――正確には思考能力を持つものには効果がない。
さらに、自身が触れていない場合、時間が経つか解除したときにもとの大きさに戻ってしまう。
今でこそ綺麗な感じで語られてはいるけど、昔から一寸法師は悪知恵を働かせて成功を掴み取る奴だ。
だから自分も悪知恵を働かせて、力を得ようと思った。
一寸法師の妖怪である自分なら、いけるんじゃないかと思った。
この木槌も、自分は一寸法師だからって景気づけで持っていたものだった。
でも、現実は違った。
所詮はまがい物。偽物。ごまかし。
中途半端な力しか持たない奴は、どこまで行っても中途半端だ。
だから、途中で諦めた。
――だけど。
最初っから勝てるなんて思ってない。
正直、改めて御庭番の強さを実感した。さすがはエリート集団だ。
――でもさ。
なぜだろう。こいつにだけは、悲しい目で自分を見て欲しくないと思った。
真っ直ぐに自分を見つめてくれた、この鬼にだけは。
――だから。
もし、あんたみたいなクソほど強い御庭番に一矢報いることができたなら……。
今だけでも途中で諦めずに最後まで足掻くことができたなら……。
あんたは、少しは認めてくれるか? なあ、玄々。
***
「うぉぉぉぉらああああああああああああああああああああ!」
壱咫は顔を上げ、自らを奮い立たせるように吠えた。
壱咫は支えにしていた木槌を一瞬手のひらサイズに縮め、玄々の方へと向けるとすぐさま巨大化させた。
一瞬にして壱咫の何倍もの大きさに巨大化させられた木槌に、玄々は弾き飛ばされた。
玄々は突然の反撃に目を見張るが、弾き飛ばされる寸前に咄嗟に重心を後ろに反らせ衝撃を軽減して受身をとる。そのまま身体を捻って体勢を立て直し、地を蹴って素早く接近。反撃に移った。
「いいねぇ! そうこなくっちゃねぇ!」
玄々は楽しそうな笑みを浮かべてそう叫ぶと、床を砕くほどの踏み込みとともに壱咫に向かってまっすぐ右こぶしを放った。
壱咫はその拳を縮小した木槌で防御し受け止める。その時、木槌が砕け散ったが壱咫は無視した。
玄々とすれ違うように、床に手をつきながらも壱咫は玄々の脇を全力で駆け抜ける。
玄々もまた、間合いを一旦開けようとさらに一歩前に踏み込んだ。
「!?」
しかし、突然玄々の視界がガクンッと下がった。
何事かと玄々が視線を下げると、一歩踏み込んだ部分に床はなかった。
踏み込みの際に砕いた床の一部が小型化されており、床が歯抜けになっていた。
その歯抜け部分を見事に踏み抜いてしまい、片足がはまってしまったのだった。
「……なんだ、やっぱやるじゃないかぃ」
玄々は嬉しそうに小さく呟いた。
「くらえええええええええええええ!!」
そして壱咫はすぐさま振り返り、ポケットからカッターをとりだして巨大化させて玄々に斬りかかった。
完全に死角からの一撃。
だが玄々はこの攻撃にすら反応し、振り向きざまに裏拳をカッターに向けて放つ。
――バキンッ
玄々の、もはや反射に近いほどの素早い一撃に、巨大カッターの刃は簡単に砕け散ってしまった。
「……え?」
突然の迎撃に、一瞬放心してしまう壱咫。
これは実戦経験の少なさが生んでしまった隙だった。
その一瞬の隙に玄々は、はまっていないもう片方の足で地面を踏み砕き、相手の体勢を崩すと同時に足を引き抜く。
そして引き抜くと同時にそのまま壱咫へと上段蹴りを放った。
空気が爆ぜるような凄まじい衝撃音が部屋の中に響き渡る。
それは、幾多の妖怪を屠ってきた玄々の自慢の蹴りだった。
頭部に強烈な蹴りの直撃を受けた壱咫は、こらえきれずにそのまま地面に倒れ込んだ。
「……お前さん、ちゃんと強かったよ」
薄れゆく意識の中、玄々のそんな言葉を聞きながら壱咫は気絶したのだった。




