一寸法師
いくつか割れてはいるが、それでもなお部屋を明るく照らす電球がついた高めの天井。
穴だらけになった無地の壁。そして、砕けたテーブルが床に散らばっていた。
そんな壱咫が作り出した異界の中で、2体の妖怪がにらみ合っていた。
2体の間の空気が、どんどん張り詰めていく。
そんな張り詰めた空気の中、玄々は腰を落とし、右足を後ろに引いて拳を軽く握る。
対する壱咫は、自分の回りの酸素だけが急激に消費されていくような感覚に襲われていた。
体中から汗が吹き出し、対立しているだけでどんどん体力を消耗していく気がした。
実戦経験が少ない壱咫でも理解できる。玄々から放たれる圧倒的な気迫に圧されてるのだ。
まるで、どんどん迫ってくる圧倒的な壁を相手にしているようだ。戦い方を独学で学んだ程度では到底慣れることのできない、実戦の空気。
「うぉぉぉぉあああああああ!!」
壱咫は気迫に負けじと、大声を出して自らを奮い立たせる。
再び気迫に飲まれる前にと、壱咫が動いた。
***
壱咫は一歩踏み込み、そのまま巨大な木槌を真横に振る。
ただし、間合いは足りなかった。
玄々は、初めは緊張で間合いを見誤ったかと思ったが、今まで培ってきた戦闘時の勘が警告を発するのを感じ、咄嗟に腕で防御姿勢をとった。
その瞬間、突然襲いかかった衝撃に吹き飛ばされた。
瓦礫だらけの床を衝撃に任せてわざと転がり、間合いを離しつつ手を地面について受身をとる。
すぐに立ち上がることはせず、片膝を付いたまま壱咫を正面に捉えて身構えた。状況を把握するためである。
しかし、目の前に広がったのは身の丈を大きく超えるほどの巨大な瓦礫だった。
玄々は反射的にこぶしを振るい、瓦礫を砕いた。
(……なんだ?)
玄々は砕いた瓦礫を目の端で捉え、その瓦礫に違和感を覚えた。
瓦礫が、やけに小さく感じたのだ。
投げられた瓦礫の大きさと、砕いたあとの瓦礫の大きさが噛み合っていない。体積が合わない気がした。
しかし、その違和感を気にするよりも前に、追撃のために迫ってきた壱咫に意識を向ける。
壱咫が木槌で、突進の勢いを乗せた突きを放った。
しかしやはり、踏み込みが足りない。木槌の大きさから考えるに距離が足りないはずだった。
「うぐっ!?」
だが、届いた。
目の前に木槌がいっぱいに広がり、玄々を突き飛ばしたのだ。思わず玄々から苦悶の声がもれる。
玄々はかろうじて腕を交差させ防御に成功するが、突撃の衝撃で壁の方まで飛ばされ激突してしまった。
再び追撃のために接近してくる壱咫に対し、今度は玄々は後ろの壁を拳で砕いて一部を掴み、そのまま瓦礫を前方につき出して盾代わりにした。
振り下ろされた木槌で瓦礫の盾が砕かれると同時に、至近にまで来ていた壱咫の脇をすり抜けるようにして駆け抜けた。
その時、玄々がちらりと木槌を見ると、木槌が天井に届きそうなほど巨大になっていた。
(……なるほど)
玄々は心の中で納得すると、十分間合いを取ったところですぐさま振り返り体制を立て直す。
壱咫も素早く振り返り、ぜぇぜぇと荒い呼吸を必死に整えつつも自分よりも頭一つ分大きい木槌を構え直した。
玄々と壱咫は、間合いを置いて再び対峙。
そしておもむろに、玄々が口を開く。
「なんだ、自信ないという割に結構やるじゃないかぃ」
玄々は壱咫に賞賛を送った。ちゃんと本心である。
正直なところ、ここまでやるとは本当に思わなかったのだ。もし、壱咫が戦闘経験豊富な妖怪だったらもっと苦戦を強いられていたかもしれない。
しかし、玄々の賞賛に対して壱咫は黙ったまま玄々を睨みつけた。
玄々は構わず、言葉を続ける。
「……お前さん、もしかして一寸法師の妖怪か」
玄々の言葉に、壱咫の眉間のしわが深くなった。
「……いつ、気づいた?」
壱咫が睨みつけたまま玄々に訊ねた。
「最初に違和感に気づいたのは、木槌の射程だ。当たるはずのない距離でなんで攻撃が当たるのか。もしかしたら射程の感覚を狂わせるような妖術かもと思ってたんだけど……」
「……」
「力の正体に気づいたのは、お前さんが投げた瓦礫だ。あんな巨大なのはどこにもなかったし砕いた感触も本物だった。なのに砕いた時の体積に差があったのが気になってね。そして、さっきの木槌の大きさの違いを見て確信した」
「……」
玄々の解答に、壱咫は始終無言だった。
しかしどんどん深くなる壱咫の眉間のしわが、それが正解であることを物語っていた。
「あんな個性的な能力を使えるのは……って考えれば自ずと答えは絞られるってわけさ。ただ、自身や私の大きさを変化させないとこを見るにある程度の制限があるのかねぇ」
「……勘のいい脳筋とか、悪夢かよ」
「あはは、褒め言葉として受け取っておこうかね」
壱咫の悪態を、玄々は苦笑交じりに流した。
推測をあらかた披露した玄々は、再び構えをとる。
玄々が構えたのを見て、壱咫も木槌を構えた。
「タネはわかった。んじゃ、そろそろこっちから行かせてもらおうかぃ」
玄々はそう呟き、不敵な笑みを浮かべると全身の力を軽く抜いた。
構えを変えずに重心だけを前に移動させ、姿勢を落とすようにして床を滑るように前へと移動する。
壱咫が気づいた時には、玄々はすでに目の前にいた。
慌てて木槌を盾にしようとするが、先に玄々の拳が腹部に突き刺さった。
「おごっ!?」
拳を突き出したというよりしならせたムチを叩きつけられたような感覚。
その威力に、壱咫は後ろの壁へと吹き飛ばされ激突した。
その壁が砕けるよりも先に、追撃の拳が玄々より放たれ、腹部に突き刺さった。




