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孤毒

「あーもー……、台無しだ! 全部お前ぇらのせいで台無しだッ!」


 ハンチング帽の妖怪が叫んだ。その目は怒りに満ちていた。

 今までの気弱な印象から一変した妖怪の姿を、鬼燈(ほおずき)に抱えられていた、集団のリーダー格の男は困惑の表情で見ていた。


「な、なんだよそりゃ……。お前、なんの力もないガキじゃなかったのかよ……」


 そんなリーダー格の男の言葉を受け、ハンチング帽の妖怪は男を一瞥した。


「はー? そんなもん、お前らを隠れ(みの)にしてただけですけどー?」

「なん……だと……?」

「お前らが阿呆面さげてあの特殊な霊薬をかっぱらって来てくれるからよ。オレはお前ら馬鹿共に媚びておこぼれを貰うだけ。いやぁ、実に簡単なお仕事ですねぇ!」

「……」


 突然の、思いっきり小馬鹿にしたようなハンチング帽の妖怪の告白に唖然とする男。

 そんな男を手放して、鬼燈(ほおずき)は新たにポケットから自動小銃(アサルトライフル)を取り出すと構えた。


「なんで君はそんなことを? 見たところ、なかなかの力を持ってると思うけどさー」


 銃口をぴったりと妖怪に向けたまま、鬼燈は静かに訊ねる。口調はいつもの気の抜けたような言い方だったが、普段のだらけた空気が完全に消えていた。

 しかし、銃口を向けられても全く動じずに鬼燈の質問に対してハンチング帽の妖怪は鼻で笑った。


「ハンッ。妖力が上がってんのは霊薬を飲んでいるおかげだっつーの。霊薬飲んで、やっとこのぐらいの力になるんだよ、オレみたいなザコはな! お前ら御庭番にはわからねぇだろうけどな! もとから恵まれた力を持つ妖怪どもにはなっ!!」


 ハンチング帽の妖怪は、奥歯をギリッと噛み締め鬼燈を睨みつけた。担いでいた木槌を握る手にも力がこもる。

 その小柄な体から気圧されるほどの怒気を放っていた。


「ザコ妖怪として生まれた苦しみが分かるか? 妖力が小さい状態で生まれた悲しみが、お前らにわかるのかって聞いてんだよ!!」


 ハンチング帽の妖怪は叫んだ。目頭に悔しさを貯めて、叫んだ。

 そして、妖怪はかぶっていたハンチング帽を乱暴に掴むと足元に向かって思いっきり叩きつけた。

 帽子が地面に叩きつけた音が辺りに虚しく響き渡り、帽子の中にまとめられていた桜色の綺麗な長髪がふわりと舞った。


「見やがれっ! このチビな身体を! この桜みてーな髪を! こんな姿(ナリ)だからずっとガキ扱いされる。さらにはこの見た目のせいで他の妖怪からもザコ扱いだ!」


 妖怪の銀色の目が涙で(にじ)み、そして頬に一筋こぼれ落ちた。


「人間社会でやってこうにも、ガキだからってまともに仕事すら付けねぇ! 大人に化けようにも、力が足りねぇから化けることすらできねぇ! もう、どうにもならないんだよ!」


 叫べば叫ぶほどに感情が(あふ)れ、涙もまた(せき)を切ったようにぼろぼろと目からこぼれた。


「何が正解だったんだよ……。人間みたいに成長することもできない妖怪のオレは、どうすりゃよかったんだよ……。もう、なんも分かんねぇんだよ……」


 ちっぽけな妖怪の慟哭が、無地の壁と明かりだけの装飾のない異界の中で木霊した。


「オレの一生はよぉ……生まれた瞬間から負け犬なんだよッ!!」


 ひとしきり叫んだあと、桜髪の妖怪は俯いてしまった。

 小さな嗚咽が、妖怪の口から漏れる。

 鬼燈は、そんな妖怪へかける言葉が見つからず、ただじっと妖怪を見つめることしかできなかった。


 小さな妖怪の心の叫びをただ静かに聞いていた玄々は桜、髪の妖怪に歩み寄った。


「お前さん、御庭番には入ろうと思わなかったのか?」


 玄々が静かに訊ねると、桜髪の妖怪は顔を上げて玄々を睨みつける。


「力がありゃな。ってかあんな超エリート集団のところに、オレが入れるわけないでしょうが。ちょっと美人だからって調子のってんじゃねーよ、褐色女」

「あはは、美人って言われたの初めてだな。ありがとよぅ」


 涙目で睨みつけてくるこの妖怪に、玄々は小さく笑って返した。

 

 この妖怪がどんな経緯があったのか。

 いったい何があって力を求めたのか。


 正直にいえば、玄々にはまったくもって分からない。

 分からないが、生き抜くための力を欲する気持ちはよくわかる。


 玄々にとって、恨み言を言われるのは慣れっこだった。

 今まで出会った沢山の怪異にも羨ましいだの、狡いだの、恵まれているだのさんざん言われた。

 ただ、そんな奴らに限って大体が弱い相手を狙って、陥れて、(かて)としていた。

 なぜなら、自分が弱いとこれっぽっちも思ってないから。

 妖怪とは大体そういうものだ。そしてそれは悪いことではなかった。


 だから目の前の妖怪も、今までの怪異と同じように一蹴すればいい。

 いくら泣き言を(わめ)こうが、自分勝手な振る舞いで他人に迷惑をかけてたことにはかわりないのだ。


 ――ただ、もしかしてこの子は……。



 玄々は一瞬何かを考えるよう目を(つむ)ると、再び目の前の桜髪の妖怪を見据えた。


「お前さん、名前は?」

「え?」


 玄々からの突然の質問に桜髪の妖怪はきょとんとした。

 玄々は、そんな妖怪に続けて口を開いた。


「名前だよ、名前。お前さんも妖怪なら自分で付けたことくらいあるだろ?」

「それは……」

「なんだい、決めてなかったのかぃ? 妖怪ならある程度生きたときに自分で決めるだろう。それとも生まれて1年くらいとか?」

「え? あ、その、ち、ちげぇーし! オレだってもう10年以上生きてっし! 馬鹿にすんじゃーし! ばーかばーか!」


 なぜか突然慌てた様子の妖怪。

 まるで子供のように慌てる妖怪に、玄々は小さく微笑む。


「そいつは悪かったね。んじゃ、名前くらい教えてくれるだろ? ちなみに私は白銀玄々(しろがねくろろ)。尻尾がついちゃいるが、正真正銘二本角の鬼だ。んであっちの立ってるひょろ長なのが……」


 そういって、自分の自己紹介がてら鬼燈の方へと顔を向ける。


大黄鬼燈(おおきみほおずき)。種族は河童……って言っても伝わりづらいか。若い妖怪のなかでは水棲妖怪って意味で使ってるんだけどね。烏賊(いか)の妖怪だよー。よろしくー」


 玄々に促されて、鬼燈も自己紹介をした。

 鬼燈は、先ほど構えていた銃をいつの間にやらしまっており、代わりに腕からイカの触手を生やして例のリーダー格の男を拘束していた。

 ちなみに男が静かだったのは、どうやら触手で口すらも塞がれていたからだったようだ。ナイス鬼燈。


「んで、お前さんは?」


 鬼燈のゆるい自己紹介のあと、玄々は桜髪の妖怪の方へと視線を戻して改めて名前を訊ねた。


「オレは……」


 少し迷ったように俯いて視線を動かしていた桜髪の妖怪は、何かを決めたように顔を上げた。

 

「オレの名前は、壱咫(いさか)だ」


 桜髪の妖怪――壱咫は、はっきりと名乗った。


「壱咫か……。いい名前だねぇ」


 玄々は噛み締めるように小さく頷くと、壱咫の名前を復唱する。


「んじゃ、壱咫。さっそくだけど喧嘩しようぜ」

「え?」


 首をコキコキと鳴らし、玄々はまるでお茶にでも誘うかのように気軽に喧嘩に誘った。

 突然の、長い歴史の中でも指折りに入るんじゃないだろうかとも思えるくらいの全く嬉しくない誘いに、壱咫は目が点になった。口もポカーンと開いてしまっている。


「え……え? あの、ごめんなさい。話が見えない……ん……すけど……」

「さっき互いに名乗ったろぃ?」

「あ、いや、名乗ったけど……」

「で、挨拶がてらに喧嘩しようぜっていう……」

「いや、挨拶が血生臭すぎるだろォ!?」


 狼狽(うろた)える壱咫に、畳み込むように玄々は言葉を重ね、にやりと笑った。


「……だからよぅ。いっちょ腕試しってやつだ」


 そんな玄々の誘いを、壱咫は全力で断った。


「む、無理だろそんなの! 御庭番に勝てるわけがねぇ!」

「さっき私を壁までぶっとばしたろ?」

「あれは不意打ちだったし、その……ちょっとやれるかなって自信があったからで……。けど、あれ食らってもお前ピンピンしてるし……。勝てるわけねぇだろうが……」

「あ、鬼燈。いまから喧嘩始めるから、ここにいる人間どもを異界の外に放り出しておいてくれ。外に出したら待機してる義経と紫朔とノウェムが陰陽隊に引き渡してくれるだろうし」

「おっけー。頑張れよ玄々ー」

「……御庭番ってこんな話聞かない奴らばっかりなの? なにこれこわい」


 困惑する壱咫をよそに、話を進める玄々と鬼燈。

 玄々の頼みを受けて、腕から沢山のイカの触手を生やして気絶していた男たちを次々に拘束。そのまま異界の外へと連れ出していった。玄々も沢山腕が生やせればいいんだが、そういったことは流石にできない。なので回収班にさくっとお任せします。

 あっという間に運び出され、数分もすれば異界に残るは玄々と壱咫だけだった。


「さ、これで周りに気にする必要もなくなった。正々堂々喧嘩ができるってもんだ」

「お前、なんでこんな……」


 さっきから始終困惑しっぱなしの壱咫。

 まあ、いきなり喧嘩しましょうとか言われたら困惑するだろう。気持ちはわかる。


 玄々にはひとつ考えがあった。

 

 気になったのは、壱咫の行動だ。

 確かにこの不良集団を隠れ蓑にして暗躍してはいたが、無理に人間を服従させずに細々と霊薬を収集していた。 

 さらには、一度は御庭番に入りたいと思ったような言葉もあった。

 だが壱咫は、手を伸ばす前から自分には無理だと諦めていたのだろう。

 

 自分は弱いから。

 力がないから。

 できるわけがないから。

 どうせ、無理だから。

 

 挑戦する前に、自ら舞台を降りたのだ。

  

 まるで、人間のようだと思った。

 暗闇の中、必死に自分を探している。

 孤独の中、必死に自分を探している。


 "独"とは"毒"だ。どんどん心を蝕んでいく。

 孤独じゃ、自分は見つけられない。

 他者という鏡を通して、始めて自分を見ることが出来るのだから。

  

 でも、この妖怪の周りには誰もいなかったのだろう。

 自分を探すのに必死で、周りに目を向けられなかったのだろう。


 昔の私のように。


 ――甘いねぇ、私もいろいろと。


 すこし荒療治だけど、喧嘩しか脳のない自分にはこれぐらいしかしてあげられない。

 ここからは私の我儘(わがまま)だけど、盗みとか働いてた分のツケだと思って受け取りやがれ。



「安心しろぃ。命までとったりはしないさ。それより天下の御庭番との喧嘩だ。かかってこいよ、壱咫。道理なんて捨ててかかってこい!」


 そう言ってニヤリと玄々は不敵な笑みを浮かべる。


「あーあー! わーったよ。やりゃいいんだろうが! こうなったらとことんやってやろうじゃねぇかコノヤロー!!」


 壱咫も腹を決め、自身の身の丈を超える大きな木槌を握り締めた。

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