枯樹生烏賊(こじゅせいか)
午後昼過ぎ。
神凪町にあるいつもの隠れ家に玄々たちは集まっていた。
木製の背の低い長テーブルを、キャスター付きの椅子やパイプ椅子、丸椅子やソファーなど統一性のない椅子たちがぐるりとか囲む。そんな椅子たちに各自腰を下ろしている。
玄々は緊張した面持ちで、集まった面々を一瞥するとゆっくりと口を開いた。
「ではこれより、第1回最新ゲーム奪還作戦会議を開始する!」
……言っててなんだけど、字面的にはだいぶふざけてるなぁ。
玄々はなんとなくそう思った。流石に口には出さないけど。
「ツッコミは野暮かもしれんが、字面的にひどいのう……」
せっかく言わなかったのに紫朔のほうが我慢できずに口に出してしまった。全員が顔をしかめるところを見るに、同じことを思ってたのだろう。
「とはいえ、盗品の奪還が今回の主題なのですから目的としては至極真っ当ではあります」
そんな風にフォローを入れてくれるノウェム。その言葉に、全員が賛成し再び気を引き締めた。
玄々は改めて全員の顔を見回す。
今回のメンバーは、ノウェム、紫朔、義経、そして自分こと玄々の4名だ……。あれ?
「そういえば天翼は?」
「葉隠さんは、私用により欠席とのことです。少し前にメールを受け取りました」
「へー、あいよぅ」
玄々が姿の見えない天翼のことを訊ねると、どうやらノウェムが欠席の連絡を受け取っていたらしい。まあ、今回はそこまで危険度の高い任務内容じゃないし無理強いもよくない。たぶん大丈夫だろう。
「んじゃ、とりあえず今わかってる情報をまとめるか。んじゃ、ノウェムよろしく」
「はい、分かりました」
玄々が声をかけると、ノウェムは手のひらをかざし、空中にいくつものホログラムのディスプレイを次々と展開していく。
話題のARのような技術だけど、れっきとした妖術である。さすがはパソコンの付喪神、ノウェム。
ついでにそのまま現状説明を開始する。
「情報協力をしてくれた凸守さんからの情報によると、ゲームを運搬した運転手の証言では大阪で荷卸しした時にはまだあったとのことです。しかし京都に到着し、荷卸ししている際に積荷のひとつが無くなっているのに気づいたそうです」
ノウェムの説明を聞き、腕を組みながら玄々は頭を捻る。
目の前に映し出されている半透明のディスプレイを眺めながら、玄々は訊ねた。
「つまり、大阪から京都にくる間に積荷が盗まれたってことかぃ。積荷の大きさはどれくらいなんだぃ?」
「横590mm、縦390mm、高さ380mmの大きさです」
「んー。割と大きいな」
玄々の質問に、ノウェムが素早く答えた。ついでに映像でも参考程度に段ボールを表示してくれている。
その大きさに、玄々は眉をひそめた。思ったよりも大きかったのである。っていうか一抱えくらいある。これを盗み出す場合はわりと目立つんじゃなかろうか?
映像を眺めつつ玄々が悩んでいると、今度は義経が質問した。
「……監視カメラなどの映像は残ってないのか?」
「一応、トラックが通ったであろう付近に設置されていた322台の監視カメラの映像を全て確認しましたが残念ながら、映像には何も……。現在、ほかの監視カメラの映像も調べる予定です」
「ふむ、カメラにも映っていないとなると、かなりの隠形の使い手なのか……」
ノウェムの答えに、義経も黙ってしまった。大きな箱を隠すことができて、尚且つ姿も隠せるとなるとなかなかの手練な妖怪なのだろう。
ただ、この場合新たな疑問がわく。
そんな力のある妖怪が、なぜゲームを盗むなどをしたのかということである。
カメラに映らなくする程度の隠形ならわりと多くの妖怪が使えるし、玄々にだってそれくらいはできる。しかし、ポケットサイズのものならまだしも、一抱えもある箱を持ったまま姿を隠すとなると難易度はなかなか跳ね上がる。
犯人は一体どうやって箱を盗み出したのか……。
完全に八方塞がりである。沈黙のまま、ただただ時間だけが過ぎていく。
こうなってはもう仕方が無い。虱潰しに調べていくしかないのである。情報は足でかせげとはよく言ったものだ。
しびれを切らした玄々が、情報収集に乗り出そうと提案しようとした瞬間、
「ワシはよくわからんのじゃが、その盗んだゲームとやらはどうするのじゃろうな」
紫朔がぼそっと呟いた。
「あ、そうか」
その瞬間、玄々の脳裏にひらめきが起こった。
脳裏に様々な図形とかがが現れては消え、イナズマが走るような感覚に襲われ、精神と精神がふれあい、人間のエゴを体現し、コロニー落としを実行、とかそういうのはなかったけど、ひらめきは起こった。
今回盗まれたのは、大人気注目作品である。しかもどこもかしこも売り切れ必死。ネット注文でも売り切れ続出であり、しかも今日は発売日当日。つまり……。
すぐさま玄々はノウェムに指示を飛ばす。
「ノウェム、すぐさまネットオークションでゲームが売られてないかチェックしてくれ!」
「どうしたんですか。白銀さん」
「売り切れ続出の新作ゲームなら、オークションに高値で売られていてもおかしくない。たぶんほかのとこでも転売されてるかもしれない」
「なるほど、検索してみます」
よくよく考えてみればそのとおりである。
どうやって盗んだのか、ではなくて、どうして盗んだのか、を考えればよかったのだ。
ひと箱分の大人気ゲームを売却すれば、ある程度まとまったお金が手に入る。つまり資金確保が目的なのだろうと考えられる。
それ以外にもなにか利用する方法があるのかとも思ったが、それならば他のゲームでもいいはずだろうし、現状考察するための材料が少ない。というわけで、とりあえず資金確保の線で調べを進める。
だが、疑問が全部消えたわけではない。
結局監視カメラから大荷物を持った状態で隠れられるほどの技術を持つ妖怪が、なぜこん小悪党みたいなことをしたのかという疑問は解消されていない。
また、ネットで売却しているとも限らない。
しかし、少なくとも何かしらの情報が得られるかもしれない。調べる価値はあるだろう。
「紫朔、ぐっじょぶ」
ヒントを出してくれた紫朔に親指を立てて賞賛すると、紫朔は少し顔を赤らめて「うむ、役立ててなにより」と俯いてしまった。たまに紫朔は褒めるとこうやって恥ずかしがってしまう。もっと誇ってもいいのにとは思うが。
「よし、それじゃ私たちは――」
――情報が揃い次第、出発しよう。
そう玄々は言いかけたのだが、その言葉は隠れ家の扉が開く音に遮られてしまった。
ガチャリと開いた扉から顔をのぞかせたのは、一人の男性だった。
「よー。なんだ、みんないるじゃーん。どったのー?」
ものすごく気だるげな声が部屋に響き渡る。
背丈はかなり高くひょろ長。見た目は10代後半から20代前半と年若く見える。真っ赤な髪に、ほんとにそれ見えているのかと心配になるほどの糸目をこちらに向けている。
服装は黄色い柄に黒色で「いかすみぱすた」と平仮名で大きくプリントされた長袖Tシャツに、下は紺色のジャージを着用しており一言で言えば簡素と言えるような服装だった。
そんないきなり入ってきた人物に、玄々は椅子から立ち上がると愛想よく声をかけた。
「おっ、鬼燈じゃないかぃ。久しぶり」
鬼燈と呼ばれた男性、――大黄鬼燈はにこやかに応える。
「久々だねー玄々。元気してた? 紫朔に義経もいるのかー。ノウェムとは、この間回収班の会議にいたから久々じゃーないかー」
鬼燈はみんなを眺めながらのんびりとした口調であいさつした。
ノウェムは会釈し、義経と紫朔は静かに頷いた。
「久々過ぎてびっくりしたぜ。っていうか東京支部での仕事はいいのかぃ? たしか去年の禍津神戦がかなりやばかったって聞いたけど」
「あー、あの猛暑日が続いた事件だろー? そん時に死亡した2名の御庭番の人員補充の相談と、気になる話を仕入れたからさー。本部に顔を出すついでにこっちに寄ったんだー」
もともと鬼燈は東京支部を拠点とした回収班の人員である。ただ、戦闘もある程度こなせるためにしばらくの間、前線に立っていたのだが、どうやら人員補充の目処がたったらしい。
玄々の質問に、先ほどと変わらず気だるげに応える鬼燈。
ただ、死亡したという言葉を聞いた玄々は若干眉をひそめる。玄々自身は、やばかったとだけしか聞いていなかったためまさか死者が出ているとは思わなかった。
そのあたりにはなるべく触れないように、玄々は気になる単語を聞き返す。
「気になる話ってなんだ?」
「そのあたりはまだ内密。酒呑さんに確認を取ってからだなー。かわりに玄々にお土産」
「土産?」
そう鬼燈がいうと、玄々に近づいてジャージのポケットから大きさを無視して1本のゲームソフトを取り出した。
玄々がタイトルを見ると『KISIN』と書かれている。……あれ?
「なんか話題のゲームらしくてさー。ここに来る途中に飯屋で知り合った妖怪から買ったんだけど」
そんな風に語る鬼燈。
そして固まる、玄々一同。
「あれ? もしかして、もう持ってた?」
空気が変わったことに気づいた鬼燈が、口調はほぼほぼ変わらないが若干申し訳なさげに玄々に聞く。
玄々は返事のかわりに、鬼燈の肩をガシッと掴んだ。
玄々の反応を不思議そうに眺める鬼燈をよそに、玄々はノウェムに訊ねる。
「……ノウェム、オークションに出品はされてたかぃ?」
「いいえ、まったく出品されていませんでした」
「つまり、相手はネット知識を持っていないか、あるいはネットから足がつくことを恐れたか。ただ、人間の店で売らずに、妖怪相手に個別に売ってるとこをみると後者くさいな。鬼燈が話してたっていう妖怪の居場所は?」
「飲食店の防犯カメラで確認し、すでに追跡を開始しています」
玄々の質問に、ノウェムが流れるように答えていく。
義経と紫朔は、静かに椅子から立ち上がり、玄々の目がぎらりと光った。
「鬼燈、ぐっじょぶだ! いまからとっちめにいくぞ!」
活路を見出した玄々たちに、状況をまったく把握できていない鬼燈はただヨカッタネーと小さく拍手をおくっていた。




