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ぬらりひょん

「~♪」


 人通りも少ない街中を、長身の青年が口笛を吹きながらゆっくり歩いていく。

 太陽の光に照らされて、少し長めの髪の色は黒色にも白色にも見えた。季節が夏なのにも関わらず深緑色のモッズコートを着ており、汗すらかいていなかった。年齢は20代くらいかそれ以上か、視線を外せば20代以下にも見え、印象に残るような姿で歩いているにも関わらず、たまに通り過ぎる人はまるでそこに誰もいない(・・・・・・・・)かのように見向きもしなかった。

 鼻歌を続けつつも、男性は一つの空家にたどり着くとコートのポケットから小さな鍵を取り出し空家の扉に差し込む。そのまま鍵をひねりガチャリと鍵を開けて扉を開く。

 男性が空家の中に入れば、そこは静かなBARにつながっていた。空家の大きさと全く合わない広さのBARの中を、我が物顔で歩いていく。

 男性がカウンターの椅子に座ると、向かいに立つBARのマスターらしき人物に話しかけた。


「よぉ、メイズ。みんなは集まっているかい?」


 メイズと呼ばれた男――名前をMr.メイズというその男は怪しくにっこりと微笑む。


「ええ、皆様ちゃんと集まっておられますよ。そちらに」


 そう言ってカウンターに座る男性の後ろに、手のひらで視線を(うなが)す。

 男性がゆっくり振り返ると、そこには様々な人物がドリンクテーブルに座っていた。


「久々だな、皆。元気にしてたかい?」


 そういって男性は大げさに手を広げて歓迎した。


「ハイハイハーイ! もうすっごい待ってたんですよぬらりひょん様ぁ! この澄仙(きよひと)(あざみ)一日千秋(いちじつせんしゅう)の思いでお待ちしておりましたぁ!」


 カウンターに座る男性――ぬらりひょんの問いかけに、始めに元気よく答えたのは澄仙薊という女性だった。ウェーブのかかったセミロングの髪とスタイルの良い体型からはあまり想像できないくらいに無邪気に飛び跳ねている。

 見た目は人間そっくりだが植物の妖怪である。体の所々に花が咲いており、そこから香る甘い匂いがぬらりひょんの鼻腔(びこう)をくすぐった。


「そうか、待たせて悪かったな澄仙」

「きゃー! きゃー! ぬらりひょん様に名前呼ばれちゃったぁ! あーーもーーちょーーーー素敵ぃ!」


 ぬらりひょんが声をかけると、澄仙は喜色満面(きしょくまんめん)の笑みを浮かべて飛び跳ねていた。ついでに周囲のいくつかのBARのテーブルが、地面から突然生えた太い(つる)に巻かれてバキッっと砕け散った。相も変わらず元気な子だ。


「ちょっと。私たちの隠れ家の備品を壊さないでくれるかしら? みっともないわよ、薊」


 澄仙が騒いでいるのを咎めたのはカリィ・カチュアだった。飲みかけの紅茶の入ったティーカップをソーサーの上におき、片方の眉を吊り上げてさも下品なものを見るかのような目で澄仙を睨みつけていた。


「あぁ? 舐めた口利いてんじゃねぇぞクソゴミ人形が。生きたまま花瓶にしてやろうかぁ?」

「あまり強い言葉を使うと逆に弱く見えるわよ、雑草さん。道端の花でさえ、もう少し上品に咲いているわ」

「は?」

「何?」


 言葉の応酬を繰り返すカリィと澄仙。

 もはや一触即発(いっしょくそくはつ)といった雰囲気だが、こういった光景は妖怪ならば日常茶飯事だ。ぬらりひょんは気にせず状況を楽しもうと傍観(ぼうかん)に徹することにした。

 やはりこういった空気が一番だと改めて思う。

 そこにはただただ意思と意思、自由と自由がぶつかり合い、弱肉強食のヒエラルキーが存在する。


 これこそが、世の中のあるべき姿なのだ。


 今の世の中、弱者を守れだとか平和が一番だとか(のたま)(やから)が多いが、結局上辺だけで裏では寝首を掻こうと虎視眈々(こしたんたん)と狙う者たち。そして弱者は強者に食われて物のように扱われ消費されていく。

 だが、人はそれを認めようとはしない。


 誰かが目を覚まさせねばならない。平和など所詮は詭弁(きべん)なのだと。自然の摂理(せつり)に逆らう愚かしい行いなのだと。そして弱者(にんげん)同士で優劣をつけたところで、結局は強者(ようかい)に消費され淘汰されるべき存在なのだと。

 誰もやらないならば、俺がやるまでだ。


 物思いにふけっていると、同じように周囲の空気などまったくお構いなしに一人の老人がこちらへ歩み寄りつつ話しかけてきた。


「しかし、御主も随分と上機嫌じゃのゥ。なにか良いことでもあったか」

「ああ、道満(どうまん)。ここに来る途中で面白いもの(・・・・・)を見つけてね」


 ほう、と唸ったこの老人は蘆屋道満(あしやどうまん)道満法師(どうまんほうし)と呼んだ方がわかりやすいだろうか。延命のために自ら霊薬を調合し、飲んで半妖となった元人間だ。いまはこの俺、ぬらりひょんと共に行動している。

  

「実はさっき、電車を降りる俺を避けた人間がいたんだよ」

「なんと……?」 


 ぬらりひょんの言葉に驚愕する道満。そして俺の言葉をにらみ合いを続けながらも聞いていたらしい澄仙も、にらみ合いをやめて驚いたようにこちらに振り向く。

 話だけを聞けば特別驚くこともないのだろう。向かってくる者がいるなら避けるのは自然だ。だが、それがぬらりひょんである自分が相手ならば話はだいぶ変わってくる。


「ぬらりひょんである御主の姿を視認できるものが居ようとは……。(あやかし)であっても御主が姿を見せねば視認など到底無理なはず。御主も|隠形(おんぎょう)を解いていたわけでもないのじゃろゥ?」

「ああ、だからこそ物珍しくてな。幻惑の力が効かない特異体質なのか、あるいは……。なんにせよああいう人間は妖怪側に堕としてあげたいものだね」


 そういってぬらりひょんは、笑みを浮かべた。ああいった特異な能力をもつ人間は良質な妖怪になりやすい。同志に引き入れれば良き戦力にもなるだろう。


「またそうやって人間を堕とそうとする。そこまでして妖怪を増やしたいの?」


 いつの間にか平常に戻り紅茶を味わっているカリィが、ため息交じりに訊ねる。


「それはそうさ」


 カリィの問いに、不気味な笑みを浮かべてぬらりひょんは答えた。


「腐った人間共は大嫌いだけど、中には望まず人間に生まれてしまった哀れな者たちだっている。せっかく力を持って生まれたにも関わらず、力なき人間(くず)共が上に立つために社会という鎖で雁字搦(がんじがら)めにして頭を押さえつけている。そういう人間はちゃんと妖怪へと戻して社会(くさり)から開放してあげるのさ。妖怪へと戻る意思がある人間ならば俺はちゃんと受け入れるよ。俺は寛容(かんよう)だからね」


 カリィの問いにぬらりひょんは考えを包み隠さず答えた。

 実際、ここ何年か各地に行った際に妖怪になりたがる人間は大量にいた。その度に霊薬を渡してきたのだ。その霊薬を飲んで妖怪になれたか、はたまた霊薬の力に精神が追いつかずに自我(じが)崩壊(ほうかい)、もしくは死亡してしまったかは知らないが。

 カリィは俺の答えにあまり納得していないような目をしていたが、それ以上は何も質問せず黙ってしまった。

 そんなカリィと入れ違うように、道満が質問をしてきた。


「そういえば、計画の方はどうなっておる? まだ奴は起こせなんだかァ?」

「まだ、だな。手元の禍津神の数も足りていないし、もう少し念入り準備を進めたい。御庭番の奴らが順調に妨害してきているからね」


 ふぅ、とぬらりひょんはため息をつく。

 本当に彼女は的確に邪魔をしてくるから厄介だ。旧知の仲なのだから手の内が読まれやすいというのもあるかもしれないが。

 

「ふむ、まあそう()くものでもないじゃろゥ。(わし)ももう少し手をを回しておこうか」

「あ、あたしも頑張りますよぉ! ぬらりひょん様のためならマジでがんばっちゃいますぅ」


 そう言って張り切る道満と澄仙。頼もしい限りである。彼らを見ていると自然と笑みがこぼれた。


 この計画のために何十年もかけて彼らと共に丁寧に下準備をしてきたのだ。失敗などもってのほかだ。だからこそできる限り不安要素を取り除いておく。

 計画が成功すれば、世界は妖怪で溢れかえるだろう。そうすれば脆弱な人間などあっさりと淘汰(とうた)できるはずだ。



 待っていろ、人間。そして酒呑童子よ。

 もうすぐ妖怪を歴史から消し去ったことを後悔させてやる。


 ぬらりひょんは、ゆっくりとカウンターの椅子から立ち上がり不敵な笑みを(たた)えたまま告げた。 


「それじゃあ、妖怪(われわれ)の未来のためにもうひと頑張りしてみようか」

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