守るための制約
気深神社での事件から夜が明けた次の日。
紗月は玄々からのメールでいつもの事務所に向かっていた。
いつも思うのだが、3階建てのビルの4階に登る時って傍から見たらどんなふうに見えるのだろう? 突然消えたように見えるのだろうか。
そんなことを疑問に思いながらさっさと階段を上り、扉を開ける。
「あら、こんにちは。よく来ましたね」
「あれ? 酒呑童子さん!?」
「酒呑ちゃんでいいんですよー?」
扉を開けた先で紗月を待っていたのは、玄々ではなく、奇抜な人で神出鬼没――
「その上眉目秀麗、察言観色、聡明叡知、文武兼備、英明果敢、仙姿玉質、羞月閉花――」
「人の考えに勝手にアテレコしないでください……」
えー? と可愛らしく小首をかしげながらおどけたように話し色々付け足してきた少女こそ、超が付くほどの御庭番の偉い人、御庭番の総大将、酒呑童子その人だった。
まるで考えていることを見透かしたかのように難しい言葉を付け足してきたけど、全部自分を褒める言葉というのはなんとなく想像できる。
もしかしたら本当にこちらのことを見透かしているのかもしれない。読心術とか使えそうだし。あの鋭い目を見ていると本当にそう思えてきてしまう。
紗月にとっては、以前禍津神との戦いの後に一度だけあったことがあった。日本の大多数のお偉いさんとかと面識があったり、日本だけじゃなくて各国のトップとかとも交流があるとか……。玄々からの話だけだから本当かどうかはわからない。
ただ、ソファにちょこんと座ってる姿からは想像できないほどの超大物であり、私みたいな人が会っていいレベルじゃないことはなんとなく分かる。
名前も、日本人ならほとんどの人が知ってるだろうあの酒呑童子だ。
「やはり、きらきらと良い目をしてますね土御門さん。私のコレクションに欲しいくらいです」
じっと見てしまったのか、酒呑童子にそんなことを言われてしまった。
幼い面影を残しつつも妖艶な表情で言われるものだから、女性の私でも一瞬ドキッとしてしまった。でも若干悪寒も走ったのはたぶん気のせいじゃない。
「あ、そういえば玄々は?」
「ああ、彼女は修練所にいると思いますよ。たぶん義経さんたちを見に行ってるんだと思います」
「義経……」
紗月は、昨日の夜のことを色々と思い出しながら酒呑童子に訊ねた。
友人たちと肝試しをして、そこで包丁を持った怪異と出会って、そして義経と辰砂に助けられたのだった。
そして義経は、自分が大昔飼っていた愛犬が妖怪として生まれ変わった者だった。名前も同じ義経だったのだが昨日まで思い出すことができなかった。それがなぜかはわからないけども。
「そういえば義経は大丈夫なんですか? 私を庇って――」
「彼なら大丈夫ですよ。怪我も大したこともありませんし」
不安そうに訊ねる紗月に、優しく語りかけるように酒呑童子は答えた。
「でも、命を賭けてまで私たちを守るために駆けつけてくれたのに、辰砂さんに怒られていたようで」
「ああ、そのことですか。報告は聞いてます」
紗月の質問に、酒呑童子はそっと目を伏せた。そして静かに紗月に説明し始めた。
「御庭番心得の中に、『無益な殺生はできる限り避けるべし』というのがあります。あれは自らの命を守るため、止む終えない場合以外は対象を殺めてはならないというものです」
酒呑童子はそっと目を開き、紗月を見つめた。
「我々御庭番は強くなくてはならない。必ず勝たなくてはならない。なぜならば、負けてしまえば自身の命だけでなく守ろうとした大勢の命が潰えてしまうからなのです。だからこそ負けることは許されず、御庭番になれるものは妖怪の中でも力のある者たちと言われているのです」
私自ら厳選もしてますし、と酒呑童子は言葉を続けた。
「ただ、我々は妖怪を滅したいわけではありません。暴れた妖怪たちも無力化させるだけに留めたいのです。しかし、義経さんは無力化できるであろう相手を殺めようとしました。だからこそ咎められたわけですね」
酒呑童子は、話し終えるとそっと紗月に微笑みかけた。
「まー、かっこよく登場したのに結局怒られて形無しになってしまったので、彼には気の毒ですけどね。転移術式を仕込んだお守りまで持たせて準備万端だったのに」
「やっぱり、彼が駆けつけてくれたのはこのお守りのおかげなんですね」
「彼の技術じゃ、一度きりが限界のようですけどね。しかし、苦手な術式をあそこまで習得できるとはもはや執念ですねぇ」
あっけらかんとした酒呑童子の言葉に紗月は苦笑いを浮かべた。
確かに、即座に助けに来てくれたにも関わらず、結局怪異を倒したのは辰砂だった。なんだか美味しいところを持って行かれたような感じがあって多少気の毒……なのかも。
紗月はそっと、自分の首に掛けて服の中にしまってあるお守りを握った。あの事件のあとお守りは役目を終えたかのように不思議な暖かさを感じなくなってしまっていた。
たぶん予め込めていた力を使ったからだろう。きっともう形だけのお守りなのだ。
それでも、紗月はずっと肌身離さず持ち歩いている。お守りはお守りだ。不思議な力が込められてなくても、きっと自分を守ってくれる。
「……あ、因みに『生成』って厳密には妖怪じゃないですよ」
「そうなんですか?」
「厳密には妖怪の一歩手前。『生成』から妖怪に進んだものが『般若』、そして完全に妖怪になってしまったものが『真蛇』ですね」
「あ、般若って妖怪の途中なんですね」
「そうですよ。お笑い芸人のコンビ名ってだけじゃないですよ」
「……酒呑さん、俗世にすごい浸ってますね」
「ふふふ。おだてても何も出ませんよ?」
紗月のツッコミに笑顔で返す酒呑童子。
流石というかなんというか……。
「そろそろ本題に入っていいか?」
「はい、あとはよろしくお願いしますね」
紗月が苦笑いを浮かべていると不意に視界外から声がした。その声に酒呑童子が応える。
紗月が声の方を向くと、スーツ姿の男性が窓に寄りかかりタバコを吹かしていた。窓の外に煙を吹いているのは、紗月や酒呑童子に配慮してるのかもしれない。
男性は胸ポケットから携帯灰皿を取り出し、その中に吸い終わったらしきタバコを捨てるとこちらに向かって歩いてきた。
「お嬢ちゃんとは初めまして、だな。俺は凸守真尋。一応これでも警官だ。よろしくな」
「警察の人……ですか」
「まあ、そうだが。そんな身構えなくていいさ。今日は注意に来ただけだ。まあ座ってくれ」
そんな風に近くのパイプ椅子に凸守は腰を下ろす。
紗月も近くの丸椅子に腰掛けた。
「さて、回りくどいのは俺は好きじゃないんでな。さっさと本題に入るぞ。要件は昨日の出来事だ」
「……はい」
身構えなくてもいいと凸守は言っていたが、正直身構えてしまう。
警察というだけでやはり威圧感はあるものだ。
「ま、簡単に言うと、今回君たち四人は立ち入り禁止の場所に立ち入った。しかも私有地だ。つまり今回の件は不法侵入にあたるわけだ」
「あ……」
「そんな絶望そうな顔をするな。今回は酒呑童子協力のもと、怪異拘束のための囮役って話で通してる。だからお咎めは無しだ」
「あ、ありがとうございます」
なんだかすっかり忘れていたが、言われてみればそうだと改めて思い出す。
私たちは神社の私有地、しかも立ち入り禁止の場所に足を踏み入れたのだ。正直補導されても、最悪逮捕されても文句は言えなかったのである。
ただ、今回はなんとか話をつけておいてくれたらしい。ありがたいことである。
「お礼なら酒呑童子さんに言ってくれ。あんたらを庇ったせいで署内での酒呑童子さんの印象がさらに悪化したんだ。子供すら囮に使うってな」
凸守がため息混じりに教えてくれた。どうやら酒呑童子さんの根回しのおかげらしい。でも立場がさらに悪くなったようだ。なんだか申し訳がない。
「酒呑さん……その、ありがとうございます」
「気になさらずに。どうせ妖怪の印象なんて元々よくはありません。それに我々に恐怖を抱いてくれたようで、これはこれで色々と使えるんですよ」
にこやかに応えてくれる酒呑童子。その笑顔が頼もしいやら怖いやら……。
「今回はお咎め無しだが、次は庇いきれんぞ。肝試しもほどほどにな」
「はい、ありがとうございます」
「俺からの要件は以上だ」
そんな感じで話をあっさり終えると、凸守は立ち上がり窓辺へとタバコを吸いに戻っていった。
もっと怒られるかと思ったが、見た目より優しい人なのかもしれない。
「まあ、今回のお話は以上です。せっかくですしこの後お暇なら修練所にいってみますか?」
「私が行ってもいいんですか?」
「もちろんです」
紗月たちが話を終えたところを見計らって、酒呑童子が提案してきた。
修練所とはどうやら御庭番の戦闘訓練を受けるとこらしい。京都市内のとあるスポーツジムの地下にあるらしく、ここから電車1本で行けるとのこと。
「では、先に駅に向かっていてください。私もすぐに向かいますので」
「あ、酒呑さんも電車で行くんですね」
「便利ですからね」
そんな他愛ない会話をした後、紗月は部屋を後にした。
御庭番は妖怪のすごく強い集まりだということは、今日の会話でよくわかった。そんな御庭番たちの修練所なんてどんな感じなのか想像もつかない。
期待半分怖いもの見たさ半分といった心持ちで一人駅へと向かう。
というか、だいぶ御庭番に馴染んじゃったな……。
本当にこれでいいのか少し悩む紗月であった。




