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義経の弁慶

 時刻は丑三つ時――

 木々の隙間から漏れる月明かりに照らされながら、義経は敵を見据える。


「……」


 義経は無言の威圧を放ち牽制していた。

 背中には命に代えても守るべき者がいる。だから、身体のあちこちに刺さった包丁など意に介すこともなかった。

 血は滴り落ちてはいるものの、いずれも致命傷にはなっていない。なので無視する。

 どうやら、相手はこちらを見てかなり怯えているようだった。

 まるで、初めて化物を見るような目でこちらを見ていた。

 自身が怪異にも関わらず……。

 そこまで考え、ふと義経はあることに気づく。


 「貴様……生成(なまなり)か」


 静かに、淡々と義経は怪異に告げた。

 怪異はその言葉を理解できなかったようで、生気を感じさせない落ち窪んだ目でこちらを睨み、小枝のようにやせ細った両手に一本ずつ包丁を出現させた。

 言葉は一つも発しなかった。

 そもそも言葉を正しく理解できているかも定かではない。暴走しかけているのがわかる。

 だが、自分ががやるべきことは変わらない。


 たとえ、相手が生成だったとしても。


 義経は、静かに拳銃を二挺取り出し構えた。

 容赦など、義経の頭の中に一切無かった。

 鋭い針のような殺気を放つ。

 全身の力を滾らせていく。


 ――我が主を傷つけようとした罪、万死に値する!


 だが拳銃の引き金に力を込めたとき、


「マッタ、そこまでだネ」


 突如飛来してきた者が、怪異の頭をスパンッと殴り飛ばした。



***



 義経の殺気が膨れ上がった瞬間、紗月は覚悟した。

 以前感じたことある緊張感。前は禍津神が相手の時だったっけ。

 だから今回も、激しい戦闘が繰り広げられるだろう。


 戦いが――始まる。

 



 いや、ごめん。嘘つきました。

 全く始まらなかった。

 義経と包丁の人が戦おうとした瞬間、横からいきなり飛んできた人影が包丁の人の頭をハリセンでぶん殴ったのだ。

 突然横からぶん殴られた包丁の人は為す術もなく吹っ飛び、ゴロゴロと転がって地面に倒れ伏し動かなくなった。

 予想外の出来事に、乱入者以外の誰もが口をあんぐりと開けていた。

 

「いやァ、大丈夫?」


 どこか気の抜けた謎のイントネーションで紗月たちに話しかけたのは、刀の柄に刀身がハリセンになっている謎の武器を携えた辰砂だった。

 一同が呆気に取られている中、辰砂はのんびりと完全に気絶した包丁の人をロープで縛り上げていく。ついでとばかりに御札をロープにぺたりと貼った。たぶん拘束用の札なのだろう。紗月も玄々が拘束用の術式で相手を縛るときに見たことがあった。

 

「さて、これで一安心だヨ」

「……し、師匠」

「義経。今殺そうとしたよネ?」


 辰砂のことを師匠と呼んだ義経に、辰砂は咎めるような視線を向ける。

 対して義経は、まるで叱られた子供のようにしぼんでいた。


「君は、この人が『生成』だっテ気づいたはずだよネ。ボクはそんなコトするために戦い方を教えタつもりはないんだケド?」

「そ、それは……」 

「義経、あとで特別指導(・・・・)ネ」


 『特別指導』という辰砂の言葉に、義経はまるで死刑宣告を受けたかのように青ざめた。

 紗月にはその意味は全くわからなかったが、義経の絶望顔を見るにかなり恐ろしいことなのだろう。

 そんな義経のそばを通り過ぎ、辰砂はただ無言で佇むしかなかった紗月たちのところにやってきた。


「お次は、君たちだヨ。うん、無事でなによリ」


 そう言ってにっこりと微笑む辰砂の笑顔は、左右で違う歪な瞳はとても優しく、ツギハギだらけの顔はとんでもなく怖かった。顔の怖さで損する人ってこんな感じなんだろうなぁ。


「あ、あんた……さっきの死体……」


 辛うじて古武がそう呟くと、辰砂は笑顔を絶やさずに古武の方を向く。


「そのトーリ。ボクは屍人憑きダヨ。覚えてネ」


 そう言うと辰砂は困惑する一同を見回す。そしてそっと山田の方へと歩み寄った。

 小さく悲鳴を上げる山田に、大丈夫だから、と小さく言葉をかけて山田の肩を看る。

 紗月もつい忘れていたが、山田は怪我をしていたのだった。まだ、肩に包丁が痛々しく刺さっていた。

 傷を見るに、少し深めに刺さってるようだ。見ているだけで自分が痛くなってくる。


「さァ、看せテ。大丈夫だかラ」

「お、俺……死ぬのかな」

「ダイジョウブ、これくらいじゃ死なないヨ」

「血が溢れて死んじゃったりとか……」

「深く刺さってるカラ、焦って抜いてたらまずかったかもネ。よく抜かないでおいたネェ」


 辰砂は、優しく声をかけながら包丁を素早く抜き、腰につけたポーチから治療具を取り出して手当をしていく。

 紗月から見ても見事な手際だった。もしかして普段からやってるのかもしれない。

 辰砂のツギハギ部分を見ながら、紗月はそんな感じのちょっと失礼なことを考えながら眺めていた。


「これで呪われたりとかしてないかな」

「ダイジョウブ、呪術的なものは感じられないカラ」

「ほ、ほんとに……?」

「死んでもボクたちが迎えてあげるヨォ」

「え!?」


 山田にさらっと不吉なことを口走りながら辰砂は手当をしていく。

 痛みと恐怖で完全に混乱している山田は、ずっと同じようなことを喋っている。無理もないけども。

 紗月にとっては予想外の部分は最後の怪異との遭遇だけであり、またこういった出来事は多少慣れていたこともある為これだけ冷静でいられるが、古武や山田、笹本にとってはずっと恐怖の連続であり、山田にいたっては怪我までした訳だ。

 もはや頭の中はぐちゃぐちゃなのだろう。

 手当を終えた辰砂は、皆を順番に見回すと静かに帰り道を指差した。


「さあ、今日はもう帰るといいヨ。疲れたダロウ? また後日に話があるから、呼んだら集まってネ」


 そう言って帰りを促す辰砂。

 すこし急かすような物言いだったが、だれも何も言わなかった。紗月以外、そんな精神的な余裕はないのだろう。顔色も真っ青を通り越して真っ白だ。


「辰砂さんと義経は、このあとどうするんですか?」


 帰る前に、ふと気になって聞いてみる。

 辰砂はともかく、義経は自分を庇ってボロボロのはずだった。

 しかも間接的とはいえ原因は自分たちにある。

 紗月が義経と辰砂に訊ねると、義経が答えてくれた。 


「我々には事後処理がある。玄々たちも待たねばなるまい。すまないが主よ、その人間どもを頼む」


 義経の言葉に、改めて御庭番の大変さがよくわかった。こんなにボロボロになってもまだ休むことはできないのだ。

 なら、なるべく負担にならないように私も協力しなければ。


「わかった。こっちのみんなは私に任せて、義経」

「うむ、頼んだぞ主」

「あ、あとそれから――」


 帰る前に、これだけは伝えなければならない。

 身体を張って守ってくれた義経に。

 紗月は、しっかりと義経を見て、心から告げた。

 


「守ってくれてありがとう。義経」


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