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一生犬命

――物心着いた時には、俺はある夫婦に引き取られていた。


 どうやら俺は、その夫婦が知り合いの里親から譲り受けたものらしい。俺にはどっちでもよかったし、知ってもどうすることもできなかった。

 その夫婦は、俺を引き取ったあと、こう言った。


――お前は一番強い番犬だ。だからどうか、これから生まれてくる我が子のこと、頼んだよ。


 そうやって言い聞かされながら、俺はその夫婦に、まるで我が子のように愛されて育った。

 妻である女性は子供を身篭っていたのだ。お腹あたりが膨らんでいることからもよくわかる。その子供が俺の守るべき者になるのか。

 そんなことを漠然と考えながら過ごし……


 そして1年が経とうとした雪の降る寒い日。俺の守るべき命がこの世界にやってきた。




***




 守るべきもの。


 そんなことを考えながら小さな赤ん坊を眺めていた。

 いや、訂正しよう。必死に追いかけていた。比喩ではない。その赤ん坊は元気だった。元気すぎた。呆れるくらいに。

 その赤ん坊は、動き回れるようになるまではとても大人しかった。泣き出すことはあったが、比較的大人しい方だったと思う。

 俺はその夫婦の言葉を守り、泣き出すたびに駆けつけ確認すると、夫婦のもとへと走った。夫婦は、俺が吠えるとすぐに赤ん坊の所に走っていく。これが基本的な流れだった。赤ん坊が生まれたての頃はそれでよかったのだから。


 問題はそのあとだ。


 赤ん坊は動き回った。際限なく動き回った。今まで動けなかった分を取り戻さんとするが如く、その手と足を総動員して駆けずり回った。

 なんどか階段を上ろうとして落ちそうになったのを、自分がクッション代わりになって助けたこともある。その頃は自分も小柄だったから咥えて移動させることもできなかった。

 おかげでとんでもなく苦労した。無論夫婦も育児に専念していたようだが、常に付きっ切りになれるわけでもなかったのだ。その穴を俺が埋めていたというわけだ。


 一番焦ったのはキッチンに赤ん坊が侵入したときだ。駆けずり回ったときに机の足にぶつかってしまい、赤ん坊の頭上に食器が落ちてきたのだ。

 咄嗟に俺は、赤ん坊を飛び越えるようにジャンプしながら皿をキャッチした。俺が目を離さなかったから良かったものの、もしあのまま落ちていたらと思うと肝が冷えた。

 夫婦も、その光景を偶然目撃していたらしい。赤ん坊と一緒に俺まで抱きしめてくれた。

 本当に手のかかる妹だった。だから、ちゃんと俺が守らなければとも思った。



***



 あれから数年経ち、赤ん坊は小学生になった。

 しかし、三つ子の魂百までとはよく言ったもの。いつも泥だらけになって帰ってくる。しかも満面の笑顔で。

 夫婦もそんな姿を見て笑っていた。父親曰く「将来、大物になるぞ」だそうだ。ある意味今でも大物だ。


 そんな俺も数年で大きくなった。どのくらい大きくなったかといえば、小学生になったその子供を背中に乗せられるくらいだ。

 どうやら俺は他の犬よりも2回りほど大きいらしい。おなじ犬種のなかでもとりわけ大型なのだという。

 そのためかよくよじ登られるのだった。まあ、軽いから気にはならないのだが困るのが気をつけて歩かねば背中から落としてしまいそうになる点だ。

 あと、べしべしと背中を叩くのはやめてほしい。気が散る。


 ただ、俺の背によく乗っていた為か、子供はバランス感覚がかなり良くなっていった。

 おかげで補助輪なしの自転車に乗るのも早かった。

 

 だからといって俺に乗って近所のコンビニに行こうとするな。自転車に乗れ。



***



 今日、子供が泣きながら帰ってきた。


 10歳にもなってだらしないとは思いつつも、なだめてやろうといつものように擦り寄って行くと、まるで怯えているかのように身を震わせていた。

 夫婦が詳しく話を聞いたところによると、不気味な影に追い回されたのだという。突然地面から這い出てきて、追いかけてきたのだそうだ。

 普通ならまずありえないであろうそんな話を、夫婦たちは深刻そうな表情で聞いていた。

 夫婦たちは、こう言った事象に慣れているらしく、すぐにお守りなどを子供に持たせた。

 

 この頃から、子供は超常現象によく遭遇するようになった。

 お守りなどの効果で多少は軽減されているはずなのだが、それでも月に2~3度は襲われていた。

 両親も仕事が忙しくなってしまったらしく、家にいないことも多くなってきていた。


 しかし、だからこそ、俺がいる。俺が守らねば。


 そう決心した俺は、常に子供を見守ることにした。付かず離れず、一定の距離で見守ることにした。

 子供が学校や外に遊びに出かけた時も、必ず目で追える位置にずっと待機していた。

 不気味な影が沸いた時は、一目散に駆け出し、吠えて追い返す。たまに向かって来るやつもいたが、喉笛あたりを噛み砕く勢いで噛み付いてやったらすぐに退散していった。


 そんな俺をみて、怯えがちになっていた子供は少しずついつもの元気さを取り戻していった。

 たまに影に殴られた時もあったが、この程度の痛みなど子供が感じた恐怖に比べれば小さいものだ。


 だから心配するな。俺が絶対に守る、主よ。



***



 年月とは残酷なものだ。

 家の中から見える景色を眺めながら、ふとしたときにそう思う。


 我が主は中学生になった。

 不気味な影に会うことも少なくなり、学校で仲の良い友達も数人できたらしい。

 俺も未だに見張りは続けているが、衰えた身体はあまりいうことを聞いてはくれない。


 眠ることも多くなった気さえする。朝起きたと思えば、ふと気づけば夕方になっている時もしばしばあった。

 見張りに行くことさえもできなくなりつつあった。


 主もそんな俺を見かねて、寝てていいんだよ、と声をかけてくれる。

 主がかけてくれる優しさが、嬉しく思うと同時に寂しさも感じてしまう。


 俺が守らねばならないのに、なぜ体は動いてくれないのだろうか。

 



 そして――



 ついに俺は動けなくなってしまった。

 わずかに歩くことはできるが、もはや外に出るための体力がない。

 ただ静かに部屋の中で横たわるだけ。


 意識も途切れ途切れ。

 目もあまり見えなくなってきた。

 

 これが老いか。


 全く動けなくなった俺を、主は優しく撫でてくれる。


 そんな悲しい顔をするな主。おれはまだ動ける。


 まだ、おれは守りたいのだ。


 悔しさに視界が滲む。


 ――主、すまない。




***



 気づくと俺は、暗闇の中にいた。

 体も動かせず、自分の姿も見えない。

 まるで、目だけが暗闇の中浮いているような、そんな感覚。


 ここはどこなのか、俺は死んだのか。


――あなたは強い魂を持っているのですね。


 ふと声が聞こえた。澄んだ声を持つ少女の声だった。


――もしも、あなたが望むのならばその魂を核に、妖怪として転生させましょう。


 声は、静かに、語りかけてきた。


――しかし、それにはあなたの魂に結びついた『縁』を使用します。そのため、あなたと一番強く結びついた人のつながりに影響が出ます。


 俺は、声にどんな影響が出るのか訊ねた。


――わかりません。視認できなくなるのか、記憶がなかったことにされるのか……。そもそも、強制転生は世界の理に逆らう異質な行為。うまくいく保証もありません。それでも受けますか?


 声は問いかける。

 だが、俺の心はすでに決まっていた。


 例え、俺の姿が見えなくても、

 例え、俺のことがわからなくても、


 どんな状態であろうと、主を守れるならば悔いはない。



――良い決意です。それでは、ようこそ御庭番へ、義経さん。

 

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