甦り道(かえりみち)
――気深神社の奥地。
普段は獣の声すらしない静かな森の中、4人の人間が荒い呼吸を響かせていた。
「ぜぇ、ぜぇ……。ま、まじやべぇここ」
木にもたれ掛かり、古武がぐったりしながらぼやいた。その言葉に地面にへたりこんだ山田も賛同する。
「な、なんか都市伝説の内容が一気に襲ってきた感じ。なんだったんだろうあれ」
そんな二人を、息も絶え絶えにしながら紗月は睨みつける。
「だから心霊スポットは危ないっていったじゃない。下手したら死んじゃうかも知れないし」
その言葉を聞き、古武と山田は同時に頷いた。
「ああ、心霊スポットってやつがこんなにヤバイとは思わなかった。もう二度と来ねぇ」
「他の心霊スポット巡りしてる奴は、運がいいだけなのか……。それとも無事なやつだけがブログとかにかけるからそう思えるのか……」
しかし、言葉とは裏腹に紗月は内心喜んではいた。今回のことで二人はかなり懲りただろう。今後はこう言った場所には近づかないはずだ。つまりは作戦成功というわけなのだ。
正直、荒療治だった感じは否めないが、それもこれも友達を助けるためだと無理やり納得することにした。もしかしたらもっと危ない目にあったかもしれないのだから。
しかし、そんな反省ムードの中、ただ一人だけ違う感想を抱いた人物がいた。
「私は、ちょっと楽しかった。なんだかホラー作品の主人公になったみたいで」
笹本は一人、そんな風に感想をもらす。
「いや、俺らぜってーモブだから。B級ホラーっぽかったから助かっただけだから」
「俺らどう考えても最序盤でひとりまたひとりって消えていく迂闊な若者たち役だから」
なにやら少し満足気な表情を浮かべている笹本に、古武と山田がすかざずツッコミを入れる。
しかし、そんな他愛ない会話をしたせいか、3人の緊張が少しだけ和らいでいた。ぎこちはないが笑みすら浮かべるくらいにはなっている。
いい傾向だ。あとは安全にここから立ち去るだけ。3人を眺めながら、紗月は最後の仕上げにかかることにした。
「さっきの変なのも、もう追いかけてこないみたいだし。今のうちに神社へ戻りましょ」
「そうだな、今のうちに帰るか。肝試しはもうこりごりだ。山田、帰り道どっち?」
紗月の提案に古武が応えた。まだ緊張が残っているせいか顔が強ばってはいるが、さっきよりは血の気が戻ってきている。
山田はというと、こちらもすでにスマートフォンを取り出して検索を始めていた。
作戦通りなら、出口はもうすぐそこだ。あと少しだけ歩けば着くはず。帰ったらみんなにお礼を言わないといけないな。そんな風に少し思考を遊ばせてみる。
事前に知っていたとはいえ、紗月にとっても、やっぱりちょっと怖かったのだった。
「了解。今検索して……」
そういった山田は、そのまま黙ってしまった。スマートフォンを見ていた山田の顔からだんだん血の気が引いていく。その様子に、紗月の背筋に冷たいものが走った。嫌な予感がする。
「急に黙って、どうしたの?」
笹本が山田に問いかける。山田は、ゆっくりと3人の方を向くと、そっとスマートフォンの画面を見せた。
「マップが……映らない」
山田は、震える声で静かに言った。
手元のスマートフォンには、確かにマップの部分だけが真っ黒に表示されていた。アンテナはちゃんと4本立っている状態であった。
「お、おい。逃げてる途中でこわれたんじゃねぇの?」
「それが、通信状況は良好なんだよ。設定も問題なし、画像の読み込みもできる。SNSだって繋がる。なのに地図だけが真っ黒なんだ、表示されないんだよ」
「そんな……」
山田の言葉に、古武の顔がどんどん蒼白になっていく。もはや、口をパクパクとさせるだけだった。
もう、誰も言葉を発しない。ただ、重い沈黙だけが辺りを支配していた。
紗月も、内心焦り始めていた。計画と違う。本来ならば、驚かすのは2~3回、道が逸れたのならば先回りして追いかけ修正する。異界は、電子機器に障害が出る恐れがあるため極力使わない。これは地図を確認してもらいすぐに森から脱出させるため。これが大まかな作戦内容だ。
つまり、今の現状は紗月にとっても全くの想定外なのだった。
「いったん落ち着いて。周りを警戒しながら状況を整理しましょ」
とりあえず、紗月はみんなに提案した。他の3人も同意して、みんなで話し合いを始めた。紗月も話しつつも、以前の異界に巻き込まれた記憶を思い出しながら思考を素早く巡らせる。
他の3人は混乱して正常な判断ができそうにないだろう。私がしっかりしなければ。そもそもこういった経験はほぼないだろうし。
状況からして十中八九、異界に巻き込まれた。でなければ、あんな風に地図だけが表示されないだなんて奇妙な現象は起きない。
そして、異界を作り出したのは玄々たち以外の誰かということになる。みんなが作り出すとは思えないからだ。つまり怪異が近くにいる。今いる場所は敵陣ど真ん中というわけだ。
紗月は手元のスマートフォンを見る。
さっきから、こっそり玄々に電話をかけているが一向に繋がらない。これも異界の影響か。
幸い何かあった時のためにノウェムからGPS機能だけはオンにしておけと言われていたため、オンにしてはおいた。つまり、紗月が異界に飲み込まれたのは気づいているはずだ。
みんなが向かってきてくれていると考えて、紗月自身ができることはひとつ。
自衛することだった。
敵も侵入に気づいているだろうからこちらに向かってきているだろうけど、むやみに動けばそれこそ敵の罠にかかる恐れだってある。
周囲を警戒しつつ、ここに留まる。これが今できる精一杯だ。
「皆、とりあえずこの場から……」
「とにかく、神社に戻らないと」
「でも、マップ機能が使えないし月も見えない。どうやっていくのさ」
「逃げてきた方角はわたしがわかるけど、地図が使えないと途中で道を間違えて奥に進んじゃうかもしれないわね」
「じゃあ、どうすんだよ!」
古武の提案に山田が首を横に振り、笹本もまた苦言を呈した。
もはや阿鼻叫喚地獄絵図。紗月はみんなの相談を聞きながらそう思った。紗月もこの場にとどまることを提案したいが全く口をはさめない。
特に古武の精神が限界に来ているらしい。さっきから似たような発言が多いし、目が血走ってしまっている。
みんなもそれに気づいているのか、そこは責めなかった。ともかく脱出するために作戦を提案しあっている。ただ、どれも有効的には思えないものばかりだった。
段々と言葉数が少なくなっていく。まさに八方塞がり。
紗月は内心で玄々の到着を願った。
しかし、現実は甘くなかった。
「うわああ!」
突然、山田が悲鳴を上げて倒れ込んだ。
全員が山田を見ると、右肩辺りになにやら銀色のものが生えていた。
いや、銀色のもの――包丁が突き刺さっていた。
紗月は咄嗟に、周囲を見回す。
すると、ある人影が目に入った。
全身白装束で、ガリガリにやせ細った手足が白装束の隙間から覗いていた。髪の毛は腰下あたりまで伸びておりボサボサだった。そして長い前髪から覗く2つの目。
ひと目でわかる――狂気の瞳だった。
「みんな!逃げて!」
咄嗟に紗月が叫ぶ。
だが、みんなが駆け出すよりも早く、怪異が動いた。
怪異が両手を振り上げるように素早く動かすと、さっきまで持っていなかったはずの何本もの包丁が、紗月めがけて飛んできていた。いくつもの銀色の刃が紗月の前できらめく。
世界がすごくゆっくりに感じた。
以前も化け物に襲われた時に感じたことのある感覚。
これが死に間際の感覚か、などと少し場違いな感想を抱く。
その瞬間、紗月の胸元あたりが熱を帯びたように感じた。
そして、目の前で数多の鮮血が飛び散った。
***
紗月は、ふと昔を思い出していた。
走馬灯のようなものだと思う。
昔飼っていた犬のことだ。
あまり人懐っこさはなかったけど、いつも必ずそばにいてくれた。
こんなふうに不気味な存在に襲われた時もそうだ。すぐに駆けつけて来てくれて、吠えて追い返してくれた。
数年前に老衰で他界してしまったが。
でも、いつの日からだか名前が思い出せなくなっていた。大切な記憶なのに。
思い出そうとすると、思い出は鮮明に思い出せるのに名前だけがモヤがかかったみたいに出てこない。
でも、今なら言える気がする。
大切で、大好きで、いつもいつでもそばにいてくれて私を守ってくれた存在。
他界してからも、不思議とそばにいるような気さえしていた。
そんな「彼」の名前を、紗月は叫んだ。
***
首から下げて服の中にしまっていたお守りが輝き、円の中に五芒星が描かれた文様が浮かび上がった。
その文様から飛び出した人影が、飛来した包丁と紗月の間に割って入る。
人影は、そのまま両手を広げ、全身で包丁を受け止めたのだった。
全身のあらゆる箇所を包丁が突き刺さっても、動じることなく壁のように立つ人影。
突然の乱入者に、怪異は訝しげな表情を浮かべた。
人影の背後にいた紗月が、その名を叫んだ。
「義経!!」
その言葉とともに、人影は獰猛な笑みを浮かべた。
小さく、しかしてはっきりと、呼びかけに応じた。
「待たせたな、我が主よ」




