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大江御殿

「んー……やはり気になるのよねぇ」


 胸元あたりに「おっぱお」と書かれた謎のTシャツを着た酒呑童子(しゅてんどうじ)は、金色の綺麗な目を世話しなく動かし、そっとため息をついた。

 彼女がいるのは御庭番(おにわばん)総括本部、大江山(おおえやま)の山頂付近に建つ御殿である。酒呑童子が作業している執務室は決して狭くはない部屋なのだが、あらゆる書物や巻物が散乱し足の踏み場がほとんどない。

 そんな部屋の中で、現在は報告書に目を通している。


「んー……うーん……」

「何をそんなに悩んでいるのだ?」


 小首をかしげ、しきりに唸っている酒呑童子に、ノックもなしにいきなり長身の男性が入ってきた。その手にはケーキ屋の箱を持っている。

 日本の平均身長を軽く超えそうなほどの長身に筋肉質の体、紫と基調とし金の装飾を施した着流しに黒のズボンを履き、腰に太刀を佩いた姿は、一昔前の侍のようでもあった。

 ただ、額から伸びる厳つい2本の角が、彼が妖怪であることを物語っていた。

 少々荒っぽい言葉遣いだが咎める者は居らず、酒呑童子もまた、それが自然であるように受け入れていた。

 

「あら、茨木ちゃーん。おやつでも持ってきたの?」

「ちゃん付けはやめろ。それに甘味は貴様が頼んだのであろう」


 酒呑童子の気軽な言葉に、茨木と呼ばれた大柄の男――茨木童子(いばらきどうじ)は眉をひそめる。


「まあまあ。さ、ケーキをそこに置いて。一緒に食べましょ」

「まったく……」


 茨木童子は小さくため息をつくと、言われたとおりに酒呑童子の前の作業机にケーキの入った箱をそっと置いた。そして、空いていた手を自分の後ろに向ける。

 すると地面から突然木が生え始め、そのまま椅子の形になっていく。茨木童子はそのまま作り出した椅子に座った。


 「それで、なにが気になるのだ?」


 茨木童子は、既に箱からショートケーキを取り出して食べ始めている酒呑童子に、改めて質問した。


 「気になるのは今回の件ね」

 「例の禍津神(まがつかみ)か」


 茨木童子は以前、白銀玄々(しろがねくろろ)らが討伐した禍津神のことを思い出した。瘴気の影響で現世にも大雨による多大な被害を与えたが、なんとか災害になる前に解決することができた事件だった。


 「ええ。とりあえず報告書にあった容姿や能力などから、あれが両面宿儺(りょうめんすくな)と呼ばれる都市伝説だということがわかったわ。もともと強力な呪具として作られた即身仏の骨に、噂と呪いによって実体化したものね」

「ふむ、だがそれは別に珍しきことでもなかろう。禍津神にまで呪いが成長していたというのは些か気がかりではあるがな。それだけ呪具に込められた怨念が強大になっておったのだろう」


 酒呑童子の言葉に、茨木童子はさして興味がないような口調で意見を述べた。


「私が気になるのは、それがなぜ出回っていたかってことよ」


 ケーキ本体を食べ終わったあと、フィルムについたクリームをフォークで丁寧に掬って食べながら酒呑童子は言葉を続ける。


「そもそもあれは危険な代物として陰陽隊(おんみょうたい)が管理している祠に厳重に保管されていたもの。それを、しかも人間の運び屋が運んでいたのも気になるわ。事前に警察の凸守(でこもり)さんと知り合ってなかったら、さらに難航してたかも知れない。警視総監さんに直接頼んでもいいけど、あの人、色々と面倒なのよねぇ」


 酒呑童子はそっとため息をつき、ケーキを乗せていた銀紙を小さく畳む。そしてさりげなく2個目を、箱から取り出し食べ始めた。

 陰陽隊といえば、人間とはいえ妖怪相手の専門家だ。その実力は酒呑童子自身もよく知っていた。茨木童子はあまり信用してはいないようだが。


「つまり、誰かが忍び込んで持ち去ったというわけか」

「でも、そんな報告は事件の直前までは全く受けていなかったよねぇ。陰陽隊からの報告書によれば、強力な結界を何重にも張っていたらしいし」


 酒呑童子は机の脇にあった別の書類を手に取る。その書類を睨みながら茨木童子はフンと鼻で笑った。


彼奴(きゃつ)らの警護など信用できるか。しかし、まったく気づかれないというのも面妖な話ではあるか」

「そういうこと。妖怪なら、結界を解除するときに気づくだろうし、人間ならまずどこでその情報を得ていたのかってことになる。まあ、私はそんな高度な芸当ができる妖怪に心当たりはあるけどね」


 酒呑童子の顔がとたんに険しくなる。

 小さく語るように、酒呑童子は言葉を続けた。


「人にも妖怪にも、その存在を気取られることなく行動することができ、どんな探知からも逃れられ、ある程度の結界なら素通りすらできる力を持った強力な妖怪……」


 数多の怪異を率いて暗躍を続ける、怪異たちの総大将。

 人間を憎み、人間社会を破壊して、その上に妖怪社会を築こうと企む妖怪。

 何十年もの間、御庭番と戦争を繰り広げてきた者。

 そして大昔、妖怪の在り方の意見を(たが)え、酒呑童子と(たもと)()かち戦った男。


「……ぬらりひょん」


 1体の妖怪の名を、酒呑童子は口にした。

 語られたその名に、茨木童子は顔をしかめる。


「やはり、彼奴しかおらんか」

「彼なら、強力な注連縄(しめなわ)くらいの結界じゃなきゃたぶん簡単に素通りしてくるわね。一応、結界や警護のレベルを引き上げてもらえるように、陰陽隊には依頼をしておいたわ」


 酒呑童子は、持っていた用紙を再び机の隅に放った。その手で頭痛を堪えるかのように頭を抱える。

 正直、頭の痛い話だった。ここ近年はあまり表立った活動をしていなかった。そのため、今のうちとばかりに人員確保を行っていたのだが、未だ数が揃ってはいない。


「とはいえ、彼奴が動き出したのならば、いよいよこちらも本腰を上げねばならんな。我ら御庭番も、各部隊を強化せねばなるまい」


 茨木童子も深く唸り、頭を悩ませていた。

 

「以前よりは数が増えてきたとはいえ、未だ御庭番のメンバーは少ないからねぇ。早めにチームの増強も図りたいんだけどもねー。そっちの具合はどうなの?」

辰砂(しんしゃ)に戦闘訓練を幾分任せてはいるが、あまり期待はできぬ。まだ実践に投入できる実力のあるものは少数だ」


 茨木童子は、ここ数週間のうちに見てきた戦闘訓練の風景を思い出し、ため息をついた。何体かは見込みがあるものはいるが、それでも今の実践に耐えられるかと問われれば、どうしても不安の方が勝ってしまう。


 御庭番に加入する方法は複数ある。

 一つ目は酒呑童子が認め声をかけるスカウト方式。しかし、これはもともと戦闘能力が高い、もしくは潜在能力が高いものに限られる。そのためスカウトされるのはかなり希であった。

 二つ目としては、仮御庭番となり訓練を受けること。定期的に御庭番の本部に通い、茨木童子や辰砂に戦闘の手ほどきを受けるものだった。これの場合は、初期は弱くともちゃんと実力さえ付けることができれば加入できる。だが、こちらは実力がつくまで時間がかかるため、即戦力は期待できない。

 三つ目としては、『帝月(みかづき)市』とよばれる、人間と妖怪がともに暮らす都市にある学校の卒業生が加入するというものだった。これはあらかじめある程度実力がついている場合が多いので、割と即戦力になりやすい。とはいうものの今は卒業シーズンではない。さすがに学生の身分で戦闘に狩り出すというのも気が引ける。


 ある意味で八方塞がりであった。


「今回のみたいに完全に後手に回るのは避けたいのにー」


 だだをこねるように酒呑童子は天を仰ぐ。

 しかし、誰も解決策は出してはくれないのだった。現実は非情である。


「嘆いたところで仕方あるまい。それよりも」


 茨木童子は言葉を区切り、言葉を机の小脇に置いて置いた大量の書類の山をちらりと見る。


「酒呑、昨日から書類の量が減っていないように見えるが?」


 ビクッと体を強ばらせる酒呑童子。

 

「えーっと、いやぁ気のせいじゃ――」

「酒呑童子よ。貴様、怠けた(サボった)な?」


 茨木童子はギロリと、酒呑童子を睨んだ。

 酒呑童子の額に冷や汗が流れる。


「えーっと、いや実は昨日は大事な用事があって少し席を外していたというか」

「何をしていた?」

「こう、重要な案件というか人助けを……ね?」

「例え電子通貨でも経費では落とせぬからな」

「えーー!? いいじゃんケチーーー!!」


 酒呑童子が叫んだ。

 そんな酒呑童子を茨木童子がものすごく冷めた目で見る。


「酒呑よ……。今月どれほど購入したと思っているのだ貴様は」

「えーっと、3……4タイトルくらい?」

「11だ。どれだけ積みゲーとやらをする気だ?」


 そんな茨木童子の完全に軽蔑した言葉に、酒呑童子はキランッと瞳を輝かせる。姿勢をただしコホンッと咳払いひとつ。そして静かに口を開いた。


「スチーマーというのは、積みゲーしてこそスチーマーなのです。そして今はサマーセールで安くなってるのです、とてもお買い得でしょう? これを逃してはいつ買うのか。いや、買うべきなのです。それに今回は早期アクセスものがほとんどだから厳密には買っておりません。先行投資というものなのです。これは面白いゲームがさらに面白くなってくれるための必要経費、いわば水であり肥料。肥料がなければ木は育ちません。木が育たなければ実を結ぶことすらないのです。そしてお金というものは、如何なるものに価値を示すための一番簡単であり一番効果的な方法。そしてお金は、使うからこそ価値があるのです」


 業務モードとなり、静かに、しかしてものすごい勢いで反論する酒呑童子。凄まじい圧力であった。他の者が前にしたのならば飲まれてしまうような、そんな圧倒さがあった。


「だが、使うべき場所と者を(たが)えるな」


 しかし茨木童子には全く効かなかった。どれだけ熱く語ろうと、茨木童子の表情は眉一つ動くことはなかった。強大な圧を放っていた酒呑童子は、穴の空いた風船のように次第にしぼんでいく。


「そして、やるべき事を(おろそ)かにするな。……何時間やったのだ?」


 続けて、至極静かに、しかしとてつもない圧とともに茨木童子は告げた。

 完全にバレていた。酒呑童子の顔には冷や汗が滝のように流れ、瞳は完全に泳いでいた。なにか言い訳を探すように口を真一文字に結んでいたが、酒呑童子は観念するとともに、まるですっぱいものを食べたようなものすごく形容し難い渋い顔をした。


「だって……意外と面白くて……」


 怒られた子供のようにしおらしくなる。そんな様子に、茨木童子は盛大にため息をついた。椅子から立ち上がり、即座に(きびす)を返して扉に向かって歩いていく。


「我はもう行くぞ。仕事は手伝わんからな」

「えー!? そんなー!」

「やはり、我を呼んだ目的はそれか。貴様は毎度毎度、我に仕事を任せては遊び呆けているだろう。今回は自業自得だ、自分でやるがいい」


 涙目になる酒呑童子を完全に無視し、茨木童子は執務室を出て行く。

 取り残された酒呑童子は、絶望に染まったような顔で、ただそれを見送ることしかできなかった。


「もーーー、ケチーーーーーーー!」


 静かになった執務室に、酒呑童子の声がただただ虚しく木霊(こだま)木霊するだけだった。

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