非日常と日常
現在の時刻は午後三時を少し過ぎた頃。
時期もゴールデンウィーク。その為、表通りは人で賑わっている。
だが、裏路地には全くと言っていいほど人の気配がなかった。
神凪町は田舎町ではあるが、街の中心部である神凪駅周辺は比較的建物が多く、その為こういった路地裏も存在する。
そんな日も当たらない裏路地に4人の男たちがいた。
いかにもガラが悪そうな青年3人、1人の少年を袋小路に追い詰めていた。
「お、お金なんてもってないですって…」
「んなこと聞いてねぇって。俺らはちょーっと遊ぶお金を貸してほしいだけなんだって」
「そうそう。ちゃんと返すからよぉ」
青年たちはにやにやと下卑た笑みを浮かべながら少年を追い詰める。
青年たちは、この少年が銀行から出てきたのを目敏く見つけ、後をつけて来ていたのだった。
別にお金にはさほど困ってはいないが、こういった行為を彼らは日常的に繰り返していた。理由としては刺激を求めるためと、弱者から奪う愉悦感を味わうためなのが大半。あとは少なからずお金を手に入れることができるからだった。
「俺たちだってさ、困ってるんだよ。人助けだと思ってよ」
「君だって痛い思いとか、したくないだろ?」
「ぎゃはは、優しく言ってんだからよ。さっさとしろよ」
もはや脅しに近くなってきた青年たちの言葉に、少年はただ怯えるばかり。
見た目も華奢であり、多少言い返してくるもその言葉は弱々しい。恰好の獲物だった。
その時だった。
「おまえさん、そこまでにしておきな」
青年たちの後ろから、声がかかった。
青年たちが何事かと振り返ると、そこには少女が一人立っていた。
健康的な褐色肌が目に付く銀髪の少女は、ネコミミの付いたキャスケット帽を深めに被り、ネオングリーンのラインが入った黒色パーカーを着て、ポケットに両手を突っ込んでいる。まるで友人に声をかけるかのように、少女はのんびりとした口調で言った。
「んー、まあ楽しむのは結構だけどさ。その趣味は頂けないなぁ」
その言葉に青年たちは、自分たちの行為は棚に上げて顔をしかめる。
「邪魔すんなよお嬢ちゃん。怪我したくなかったらな」
威嚇するように拳をポキポキと鳴らし睨む。だが、3人相手に少女は怯む様子もなく、ただ涼しい顔で奥に居る少年を見ていた。
完全に青年たちのことは眼中にないようだった。
「気が済んだなら、さっさと帰りな。私も休みの日くらい友達と遊びたいんだけど」
事実、眼中になかった。
大の大人と遜色ない体格の男が3人。対して少女の方は、スポーツマンのように引き締まった筋肉がついており背も少し高め。とはいえ、それでも男たちと比べると細身で小柄な大きさだった。
そんな少女が自分たちのことを完全に無視しているのだ。
青年たちはそのことに気付き、額に青筋を浮かべ――
そこでふと気づいた。
初めから自分たちのことが眼中にないのなら、いったい誰に向かって話しているのか。
声をかけた時もおまえさんであり、おまえさんたちではなかった気もする。
少女は誰に向かって話していたのか。
得体の知れない不気味さを感じるとともに謎の悪寒が体と頭を冷やす。
ゆっくりと、恐る恐るさっきまで脅していた少年を振り返る。
そして、青年たちは自分たちの目を疑った。
先程まで怯えていた少年は、もうそこにはいなかった。
少年だった存在は、ゴキッ、ゴキッ、と気味の悪い音を響かせ、その姿を変貌させている。
体の大きさはどんどん大きくなり、既に2mは超えているであろう大きさまで膨れ上がっていた。
肌は灰褐色に染まり、筋肉は盛り上がり、牙が鋭くなっていく。
頭部には大きな角が2本生えていき、
「小娘がァ、オレサマの食事を邪魔しやがっ――」
もはや少年の声とは似ても似つかないほどの不気味で威圧的な声で言い終わる前に、妖怪の巨体は後方に吹っ飛んだ。
もはやギャグマンガのように吹っ飛んだ妖怪の体は、盛大な音を立てて壁にめり込んだ。
かわりに、元少年だった化物の位置に先ほどの少女が、拳を突き出した形で立っていた。
殴り飛ばしたのだ。
あの巨体を。
小柄な少女が。
もはや何が何だかわからなかった。
これは夢か。
わけがわからない。
何もかもが理解できず、脳が勝手に現実逃避を行いはじめる。
「何してんだぃ人間。さっさと逃げねぇと食われちゃうぜ?」
突然の事態に唖然としていた青年たちは、その言葉に我に返り慌てて逃げ出していく。
逃げ出していく青年たちの足音を聞きながら、銀髪の少女――白銀玄々は、余裕の表情で吹っ飛ばした化物を眺めた。