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雷雲の矛

 禍津神が最初に感じ取ったものは、(ふく)れ上がる強大な『力』だった。

 まるで空気を入れすぎた風船のように際限なく膨れ上がったそれは、次の瞬間、爆ぜた。


 数多の銃弾と業火に曝されながらも、突如現れた脅威に禍津神が即座に反応できたのは、まさに見事だと言えるだろう。

 地面が爆発し、まるで落雷のように飛来する何かに対して、反射的に大剣を構えて防御する。


 だが、次に禍津神が感じたのは耐え難いほどの衝撃だった。

 全てを叩き潰し、時には強固な盾にもなる巨大な剣が、あっさりと折れたのだ。

 驚愕(きょうがく)に目を見開く暇もなく、今度は腹部に激痛が走る。

 打撃音が重なって聞こえるほどの速度で連撃を叩き込まれ、禍津神の巨体は耐え切れずに吹き飛んだ。

 理性というものを持たない禍津神は、理解が追いつかず、地面をガリガリと削りながら踏ん張って耐えるしかなかった。

 混乱する思考の中、自身の肉体に深刻なダメージを刻んだ相手を見る。

 それは、既に眼前にまで迫っていた。

 紫電を帯びた人型のそれは、反応の余地すら許さずに禍津神の頬を殴りつける。

 巨体がぐらつくほどの衝撃が脳を揺さぶり、激痛が駆け巡る。

 それでも、わずかだが、飛来してきたそれの正体を視認することはできた。

 それは、玄々と呼ばれていた鬼の娘だった。

 圧倒的な速度と攻撃力。

 禍津神は混乱していた。

 既に鬼娘には致命的なダメージを与えたはずだった。

 脅威になると本能的に感じていたからだった。

 しかし、奴は再び襲ってきた。

 しかもさらに速度と火力を上げて。

 禍津神は理解できなかったが、それを深く考えるほどの知性は持っていなかった。


 禍津神に望まれたことは、破壊だけ。

 自身に歯向かうものを、全ての生命を、あらゆる文明を、破壊する。

 戦わされ、祀られたその時から、ずっと自身に望まれてきたことだった。

 だからこそ、今現れた脅威も、破壊する。


 崩れそうな体勢を無理やり立て直し、禍津神は、新たに現れた脅威に対して拳を振るう。

 鬼娘は避けようとしていない。

 禍津神は、深く考えずに叩き潰そうと拳を加速させた。

 拳が鬼の眼前にまで迫った瞬間、何十発という銃弾の嵐が、拳の勢いを殺し、軌道を反らせた。

 真横スレスレを通り過ぎていく拳を、鬼は完全に無視していた。

 拳が頬を掠める。

 それでも鬼は怯まず、1歩、踏み込んだ。

 ガラ空きになった禍津神の胴体に、神速のボディブローが何発も打ち込まれた。

 散弾銃(ショットガン)が如く重なった超光速の連撃は、鋭利な槍で貫かれたように深く突き刺さる。

 再び反撃しようと今度は大剣を振るが、鬼と入れ替わるように前に出てきた義経と呼ばれていた化け犬と、天翼と呼ばれていた天狗の、2体の息を合わせた銃撃と妖術によって弾かれる。

 そして、防がれた隙を突いて、(いかづち)を纏った鬼の拳が顔面に突き刺さった。


 再び禍津神の反撃。

 しかし妖獣と天狗に防がれる。

 その隙に鬼の強烈なカウンターが直撃する。


 まさに盾と矛だった。

 禍津神は、既に4つの腕を総動員して反撃しているが、それら全てを妖獣と天狗は完全に防ぎきっていた。

 そして、わずかでも隙ができれば、鬼の鋭い矛のような一撃が叩き込まれる。

 完全に圧倒されていた。

 次第にボロボロになっていく。

 禍津神は内心、混乱していた。

 追い詰められるなど、荒神になって初めての経験だったのだ。

 妖獣と天狗が全力で防御に回り、鬼が攻撃のみに集中する。

 完璧なコンビネーションだった。


 拳を振るった。

 銃撃で軌道をずらされる。

 今度は大剣。

 何重にも張った結界に阻まれる。

 紫電をまとった拳が突き刺さる。

 拳で反撃。

 爆炎が阻む。

 大剣で薙ぎ払う。

 銃撃と体術で軌道がずれる。

 紫電がまた腹部に刺さる。


 どれだけ拳と大剣を振るおうとも、全く押し返せない。

 紫電の一撃を受けるたび、死に近づくような感覚が襲う。

 禍津神は、矜持などは持ち合わせてはいなかったが、それでも死ぬのだけは嫌だった。



 だから、吼えた。



 陰陽隊(おんみょうたい)と呼ばれていた人間たちを吹き飛ばした巨大な咆哮を、再び放ったのだった。

 禍津神を中心にして衝撃波が起き、至近にいた3体を吹き飛ばした。

 とはいえ、衝撃波だけでは大したダメージは与えられない。

 自身から引き離すことに成功した禍津神は、追撃のために間合いを詰めようと前進した。

 体勢は崩した。

 立て直される前に一番の脅威を、潰す。


 鬼は、まだ体勢が崩れている。


 禍津神は、まっすぐ鬼へと突撃し、大剣を振り下ろした。


 必殺の一撃が、迫る。

 鬼は、無理に避ける素振りすら見せず、体勢を立て直しつつ推し量るように見つめていた。


 当たれば、次は命を刈り取るであろうその剣撃は――



 鬼の眼前で停止させられた。



 禍津神が何事かと大剣をみれば、剣身の真ん中辺りと剣を握っていた腕に、真っ白な剛糸が幾重にも巻きついていた。

 その糸が、片腕を完全に拘束していた。

 禍津神は、その糸の先に目線を走らせる。


 既に打ちのめしていたはず大蜘蛛、紫朔と呼ばれていた女だった。

 お団子にしていた髪は既に解け、ボサボサになっており、全身血濡れで、頭部からもボタボタと血を滴らせていた。

 左腕は既に折れているのか、力なくだらりと垂れ下がっている。

 だが、ボロボロの状態(そんなこと)など意に介さず、紫朔は禍津神を拘束していた。


 右腕から大量の剛糸を放出し、さらにその糸に噛み付いて、右腕と顎の力だけで引っ張っている。

 さらに、自分の胴体にも剛糸を巻きつけ、あたりの建物や地面と自分を繋いでアンカー代わりにしていた。

 大剣を止めた際、自身に巻きつけた糸が胴体を圧迫して肋骨が嫌な音を立てていたが、大蜘蛛の女は無視していた。



 その糸を噛んでいた口元が歪む。

 口の両端が釣り上がっていく。



 ――言ったであろう。腕一本は、貰い受けると。



 そんな大蜘蛛の言葉と共に、禍津神はどこかこの光景に既視感を覚えた。

 しかし、それを深く考える余裕も時間もなかった。

 圧迫し、そのまま押し潰さんばかりの威圧感。

 まるで、獣に喉笛を噛みちぎらる寸前のような感覚。

 禍津神が視線を前に戻す。

 そこには、紫電を纏った鬼が、既に禍津神の懐にまで入り込んでいた。


 こちらに背を向けている。


 いや、正確には体を捻っているのだ。

 左足を軸にして、右方向へ体を回転させる。

 右足が地を蹴る。


 その刻、禍津神は初めて(おそ)れを抱いた。

 防御するという考えさえ湧かなかった。

 振り上がった鬼の右足が、雷を纏う神槍に見えた。

 荒神であるはずの、自身の肉体の完全な死を予感した。


 そして、

 その光景を、

 雷に包まれた美しき鬼を、

 ただ見開いた目で見つめるしかなかった。



 至近から放たれる、紫電を纏い全魂魄を収束させた鬼の――白銀玄々の後ろ蹴りが、禍津神の強靭な肉体を貫いた。

 

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